決断
事業を選ぶ基準より、規模を保つことが先に立った。武藤山治氏は紡績大合同論を掲げ、1899年以降に経営難の中小紡績を買収しては英国製設備へ入れ替え、1933年には全業種で売上首位の日本最大企業となる。天然繊維の地位が崩れると1961年10月にグレーターカネボウ計画で多角化へ転じし、1967年には繊維・化粧品・食品・住宅・薬品を並べるペンタゴン経営へ再編した。30を超える工場と数万人の雇用そのものが誇りとなり、規模の維持を存続の前提とみなす内部論理がここで定着する。1990年代に祖業の繊維が崩落しても縮小へは動かず、「低稼働」と呼ぶ会計処理と押し込み販売が積み上がった。
2007年 花王へ化粧品事業譲渡
花王へ化粧品事業譲渡粉飾決算による債務超過で自力再建を断念した鐘紡に対し、産業再生機構が企業体の存続よりも事業単位での売却による債権者弁済原資の確保を優先し、化粧品事業を花王へ譲渡したうえで会社解散に至った再建方針同じ経営論点に直面した企業 | 事業売却・撤退業績の推移2006 2007 売上高(億円) 1,394 68 営業利益率(%) -0.1 -22.1 2004年3月 産業再生機構に支援要請
業績の推移2003 2004 2007 売上高(億円) 5,183 4,556 68 純利益率(%) 0.1 − 230.9 1961年10月 ペンタゴン経営による多角化
ペンタゴン経営による多角化天然繊維依存からの脱却を迫られた鐘紡が、ナイロン・化粧品・食品への規模先行の多角化に踏み切り、1967年には五本柱のペンタゴン経営へ再編した経営判断同じ経営論点に直面した企業 | 新規事業・多角化業績の推移1960 1961 1966 売上高(億円) 465 538 1,336 純利益率(%) 3.9 4.5 1.1