鐘紡の決断社史:経営の意思決定を振り返る

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決断

事業を選ぶ基準より、規模を保つことが先に立った。武藤山治氏は紡績大合同論を掲げ、1899年以降に経営難の中小紡績を買収しては英国製設備へ入れ替え、1933年には全業種で売上首位の日本最大企業となる。天然繊維の地位が崩れると1961年10月にグレーターカネボウ計画で多角化へ転じし、1967年には繊維・化粧品・食品・住宅・薬品を並べるペンタゴン経営へ再編した。30を超える工場と数万人の雇用そのものが誇りとなり、規模の維持を存続の前提とみなす内部論理がここで定着する。1990年代に祖業の繊維が崩落しても縮小へは動かず、「低稼働」と呼ぶ会計処理と押し込み販売が積み上がった。

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