化粧品事業を花王に売却
困窮打開のための唯一の高収益事業の売却という選択肢
鐘紡は繊維事業を起点に事業領域を拡張し、化粧品事業では国内有数の売上規模とブランド力を形成してきた。しかし1990年代後半以降、繊維事業の収益低下に加え過去の投資負担が重なり、財務状況は悪化の一途をたどった。2003年には粉飾決算の露呈を契機に630億円の債務超過に転落し、自力での再建は不可能な状態に陥った。金融機関と産業再生機構の関与を前提とした再建が避けられない局面であった。
化粧品事業は当時も安定した利益を生んでいたが、グループ全体の過剰債務を解消する規模には達していなかった。鐘紡は単独での資金調達や段階的な事業再編による再建を試みる余地を失い、企業としての存続形態そのものが問われる段階に入った。事業群を束ねたまま再生する選択肢は後退し、どの事業を切り離して換金するかが現実的な論点として浮上していた。
化粧品事業の花王への譲渡と単独企業としての存続断念
再建プロセスのなかで鐘紡は、化粧品事業を中核に据えた独立企業としての存続を選ばなかった。産業再生機構の枠組みのもとで債務整理の原資として化粧品事業の売却方針が確定した。2004年1月に花王が化粧品事業の買収を表明し、以後2年にわたる譲渡交渉が進められた。化粧品事業の売却は鐘紡が総合メーカーとしての歴史に自ら終止符を打つ判断であった。
2006年2月、鐘紡は化粧品事業を花王へ約4100億円で譲渡した。この売却額は40年以上にわたり育てた販売網とブランド資産の対価であった。しかし利益を生む事業を手放すことは、鐘紡が単独企業として事業群を維持する選択肢を最終的に放棄したことを意味した。化粧品事業は「強化すべき中核事業」ではなく「再建のための換金資産」として処分された。
事業解体の完遂と120年にわたる鐘紡の歴史への終止符
化粧品事業の売却益により過剰債務の整理が進められ、再建計画は実行段階に移行した。繊維事業はセーレンに売却され残存する不採算工場は閉鎖された。食品、日用品、薬品の各事業はクラシエホールディングスに営業譲渡され、投資ファンドのもとで運営されることとなった。鐘紡は120年にわたり束ねてきた事業群を一つずつ切り離し、単独企業としての実体を段階的に失っていった。
2005年6月に東証一部の上場が廃止され、2007年2月の株主総会で会社解散が決議された。商号は「海岸ベルマネジメント株式会社」に変更され、清算業務を経て鐘紡は法人としても消滅した。1933年に全業種の売上高で日本一に立った名門企業は事業ごとに解体されるかたちで歴史に幕を下ろした。強い事業を生み出す力とその事業に経営資源を集中させる仕組みが別物であったことが、鐘紡の結末を規定した本質的な要因であった。