重要な意思決定
1962

化粧品事業に新規参入

背景

繊維収益の変動と企業規模維持のための事業多角化構想

1950年代後半以降、鐘紡は繊維事業の収益変動を背景に事業構成の再設計を模索していた。朝鮮特需の反動を経て、天然繊維は数量拡大のみで利益を確保することが難しくなり、市況変動への依存度が高まっていた。工場閉鎖が相次ぐなかで、繊維に代わる安定収益源の確保は経営上の喫緊の課題となっていた。グレーター・カネボウ構想のもと、繊維を中核としつつ周辺分野を取り込み企業集団としての総合力を高める発想が検討されていた。

化粧品事業への参入は、こうした多角化構想を具体的な収益事業として実装する試みの一つであった。鐘紡の多角化においては、ゼロからの事業立ち上げではなく既存事業の取得を通じた参入が手法として採用される傾向にあった。戦前の紡績大合同以来、企業買収によって事業基盤を拡張するのは鐘紡の伝統的な成長手法であり、化粧品分野への参入もこの延長線上に位置づけられた。

決断

カネカからの化粧品事業取得と販売組織への集中投資

1962年、鐘紡は鐘淵化学(カネカ)から化粧品事業を買収し本格的に化粧品市場へ参入した。取得後、鐘紡は製造設備への投資よりも販売体制の整備を優先した。全国各地に販売会社を設立し、営業人員の拡充と流通網の構築を進めた。販売組織への累計投資額は約100億円に達し、化粧品事業はグループ内でも突出した投資対象となった。化粧品が製品力よりも販売接点の密度で競争する事業であるとの認識に基づく判断であった。

販売会社の株式は100%鐘紡が保有する体制とし、実質的な直営形態に移行した。チェーン店方式の販売組織を徹底的に強化することで、全国規模の販売網を短期間で構築した。「鐘紡の化粧品」というブランドイメージが消費者に受容されたことも販売の追い風となった。その結果、1964年9月時点で半期売上高は65億円に達し、取得からわずか3年間で売上高はおよそ10倍に拡大した。

結果

化粧品事業の急成長とグループ収益構造への長期的影響

化粧品事業は鐘紡グループ内で最も高い利益率を誇る事業へと成長した。繊維事業が構造不況のもとで収益を落とし続けるなかで、化粧品が全社の利益の過半を支える構造が形成されていった。後に提唱されるペンタゴン経営においても化粧品は五事業の中核として位置づけられ、グループ全体の収益を下支えする役割を担った。化粧品事業の成功は鐘紡の多角化戦略における最大の成果であった。

しかし皮肉にも、化粧品の高収益は全社の構造改革を遅らせる要因ともなった。化粧品が稼ぐほど繊維をはじめとする不採算事業を維持する資金的余裕が生まれ、撤退や縮小の判断は先送りされた。化粧品事業は「強化すべき中核事業」としてではなく「全社を支える安定装置」として消費される構造に陥っていった。高収益事業の存在が構造改革圧力を弱めるという逆説は、鐘紡の長期的な衰退を規定する構造的要因の一つとなった。