伊藤淳二
鐘紡・元代表取締役社長 兼 会長代行
(敬称略)- 出自
- 1922年に長野県で生まれ、1948年3月に慶應義塾大学経済学部を卒業して同年4月に鐘紡へ入社した。入社から13年後の1961年12月に取締役、1964年11月に常務取締役、1966年6月に専務取締役、1968年5月に取締役副社長へ進み、同年6月に代表取締役社長へ就いた。要覧の職歴に工場長・事業部長の記載はなく、生産現場を率いる持ち場を経ずに20年で社長へ届いた。
- 抜擢
- 前任の武藤絲治氏は1965年の不況でグレーターカネボウ計画が挫折し、多角経営の失敗を問われて社長を追われた。この交代は当時クーデターとも騒がれ、伊藤氏の社長就任は城山三郎氏の小説『役員室午後三時』の題材になった。就任時に副社長だった久留島和太氏は1936年入社から取締役まで28年、専務の関口孫六郎氏も1938年入社から26年を要しており、13年で取締役に届いた伊藤氏は同席する役員のなかで突出して早い。
- 施策
- 1967年に繊維・化粧品・食品・薬品・住宅環境の5分野を柱とするペンタゴン経営を掲げた。1967年10月に化粧品販売部門を分離してカネボウ化粧品販売を設立し、1971年12月には商号を鐘淵紡績から鐘紡へ改めた。年間売上は1969年4月期の綿・毛・絹862億円、合繊・化繊503億円、化粧品162億円から、1978年4月期には合繊・化繊2,077億円が綿・毛・絹732億円を逆転し、化粧品も585億円へ伸びた。1977年6月には天然繊維部門を子会社へ分離した。
- 評価
- 執筆予定
就任前(FY67)1,523億円
退任時(FY02)5,184億円
変化(35カ年)+240%
就任前-
退任時-
変化-
参考文献経歴・学歴・出身地の裏づけに当たった資料
- 日本企業要覧 1972年版 経歴・学歴・出身地・生年・出自
- 日本企業要覧 1977年版 経歴