筆者の見解
分散の代償と、残った芽への集中
未来事業本部の顛末は、多角化の意欲そのものより、それを一人の判断に委ねた体制の限界を映している。技術と経験の及ぶ範囲で資本効率の高い事業をという大屋晋三社長の号令は明快だったが、撤退基準を欠いたまま50を超える領域へ広げた結果、経営資源は薄く分散し、石油開発の躓きが業績の差となって表れた。日常は分権的でありながら新規事業だけは独走するという経営の型が、危険を引き受ける組織文化の裏側で、選別の遅れを招いたと思われる。
それでも、この賭けが無駄に終わったとは言い切れない。50超の試行のなかから残った医薬品は、後に帝人が繊維から事業構造を組み替える際の重点領域になった。数多くを試して大半を畳み、わずかに残った芽を次の柱に育てるという道筋は、失敗の記録であると同時に、絞り込みの出発点でもあった。挑戦の量と選別の規律をどう両立させるか——未来事業本部が投げかけたこの問いは、多角化を志すすべての企業に今も残っているといえる。
Yutaka Sugiura, 2026年7月