重要な意思決定
新薬「ベニロン」を発売
背景
繊維収益悪化と新規事業整理の同時進行
1970年代後半、帝人の繊維事業は需要低迷と価格競争の影響を受け、売上成長が利益率の改善につながりにくい状態が続いていた。合成繊維では参入企業が増え、生産能力の増強が販売競争を招き、投下資本に見合う収益を確保しにくくなっていた。 同時期、未来事業本部が主導した多数の新規事業は、分野が広がり過ぎたことで管理負荷が増し、業績貢献が小さい案件の整理が論点となっていた。帝人は事業ポートフォリオを見直し、研究開発費と人員をどこに集中させるかを再設定する局面に入っていた。
決断
医薬品を中心に据えた研究開発投資の集中
1980年前後、帝人は未来事業の展開方針を見直し、医療・医薬分野を中心に据える方針を固めた。当時の社長であった徳末智夫氏は、未来事業の進め方について重点主義を掲げ、研究開発中心で進める考えを示していた。 医薬品は研究着手から長期間を要し、研究開発費と販売網整備で資金負担が増える分野であるため、同社は「あれもこれも」とせず医薬品に投下資本を寄せる判断を採った。必要に応じて海外技術も導入し、自社技術との組み合わせを試す方針も併記された。
結果
ベニロン発売による医薬品事業の事業化
1980年2月、帝人は新薬「ベニロン」を発売した。医薬品研究は約10年に及んでおり、ベニロンは研究開発投資が販売に結びついた案件となった。繊維中心だった収益源に対し、医薬品という別の収益機会が追加されることになった。 一方で、医薬品は上市後も追加の研究開発と販売体制整備が必要で、短期の売上だけで投下資本を回収しにくい事業である。結果として帝人は、未来事業の整理を進めながら、医薬品を中核の投資領域として扱う方向へ移っていった。