アツギの決断社史:経営の意思決定を振り返る

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決断

問屋が抱えるはずの在庫を、自社の決算へ載せてきた。堀祿助社長は繊維二次製品の弱点を流通段階の複雑さに見ており、1961年5月に全国直販網の確立を目的として厚木ナイロン商事を設立し、自社製品を一括して販売させた。売り先は全国の百貨店と特約小売店で、問屋を通さない直売方式を採る。問屋マージンを排したことで収益力は高まり、1962年11月期の税込利益は5億9,205万円に達した。ところが1968年5月期には創立以来はじめての欠損7,400万円を出して無配へ転落する。主因の一つは、それまで厚木ナイロン商事が持っていた備蓄を親会社が負担した点にあった。1999年10月、本体はその厚木ナイロン商事を吸収合併して商号をアツギへ改め、在庫を持つ主体は完全に本体へ収まった。

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