東レ 米ゾルテックを買収 買収を通じた産業用炭素繊維という新たな市場への進出

更新:

時期 2013年9月
当時の社長 日覺昭廣
論点 炭素繊維事業の用途拡大とM&A
何をなぜ決めたか
概要

炭素繊維で世界首位の東レが、技術を自前で育てる路線を転換し、初めての大型買収で米ゾルテックを子会社化した経営判断。取得の対価は584百万米ドルで、現金を対価に議決権の100%を取得した。狙いは、東レが品揃えを持たなかったラージトウ炭素繊維への参入である。

風力発電翼用途の需要は想定どおりには伸びず、2024年3月期にのれん15,128百万円を含む19,178百万円の減損損失を計上し、ゾルテックに配分したのれんは帳簿から消えた。

背景

東レの炭素繊維複合材料事業は、高機能・高品質のレギュラートウ炭素繊維に経営資源を集中し、航空機や圧縮天然ガスタンクなどの先端分野で展開してきた。風力発電の翼や自動車の構造体が使うのは、繊維の束が太く量産と低コストに向くラージトウで、東レはそこに製品を持たない。

2013年3月期の炭素繊維複合材料事業は売上高776億円・セグメント利益73億円で、全社売上高1兆5,922億円の5%に届かない規模だった。量産市場を自前で立ち上げれば、立ち上がりに時間がかかる。

内容

2013年9月27日にゾルテックとの間で全株式を取得する契約を締結し、2014年2月28日に株式取得の手続きを完了した。企業結合日に受け入れた資産は363百万米ドル、引き受けた負債は46百万米ドルで、差額を超える取得原価から275百万米ドルののれんが生じ、10年の均等償却とした。

のれんは翌期に取得原価の配分が確定して221百万米ドルへ54百万米ドル減った。同じ2014年2月28日には韓国Woongjin Chemicalの議決権56.35%も取得しており、2014年3月期の子会社株式の取得による支出は2社で913億円に達した。

含意

航空機用途で通用した認証の壁という参入障壁は、産業用途では価格競争力と需要の読みに置き換わる。買収後の炭素繊維複合材料事業の売上高は2014年3月期の1,133億円から2016年3月期の1,861億円へ伸び、セグメント利益も361億円まで拡大した。

風力発電翼用途の需要低迷はその後の収益を削り、ゾルテックに配分したのれんは全額が消えた。2024年3月末に残る炭素繊維複合材料事業ののれんは、2018年に買収したTenCate系の824億円である。

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筆者の見解
筆者の見解

技術で勝つ会社が、量産市場の需要を読む

この買収の核心は、技術を自前で育てて世界首位を確立した東レが、その成功体験の延長にある自前主義を手放し、初めての大型買収で性格の異なる量産市場へ参入した点にある。航空機向けの炭素繊維は認証の壁が高く、いったん採用されれば長く使われる。その参入障壁の高さが東レの強みだった。だが産業用途では、強みの中身は技術の壁から価格競争力と需要の読みへと入れ替わる。584百万米ドルという値付けは、ゾルテックの量産技術を取り込めば風力発電翼用途の拡大を取り込めるという前提の上に立っていた。

もっとも、事業の規模は確かに変わった。炭素繊維複合材料事業の売上高は買収前の776億円から2016年3月期には1,861億円へ、セグメント資産は2,330億円から4,295億円へ膨らんだ。伸びたのは規模であって、風力発電翼用途の需要は想定どおりには戻らず、10年かけて償却するはずだったのれんは帳簿から消えた。技術で競争優位に立ってきた会社が量産市場の需要をどこまで読めるか——ゾルテックの買収と減損は、その難しさが東レ自身の帳簿に残った事例だといえる。

Yutaka Sugiura, 2026年7月

業績の推移
買収の条件

買収の条件

科目 概要 備考
被取得企業 Zoltek Companies, Inc. 事業の内容はラージトウ炭素繊維複合材料の製造・販売
契約の締結 2013年9月27日 同社の全株式を取得する旨の契約。2014年2月28日に全ての手続きを完了した
企業結合日 2014年2月28日 みなし取得日は2014年1月1日。被取得企業の決算日は9月30日で、12月31日の仮決算を使用
企業結合の法的形式 現金を対価とした株式の取得
取得した議決権比率 100%
取得の対価 584百万米ドル
取得に直接要した費用 859百万円
受け入れた資産 363百万米ドル 流動資産154百万米ドル、固定資産209百万米ドル
引き受けた負債 46百万米ドル 流動負債22百万米ドル、固定負債24百万米ドル
のれん 275百万米ドル 取得時は暫定値。翌期に取得原価の配分が確定し221百万米ドル(23,253百万円)へ
のれんの償却方法 10年間にわたる均等償却
取得原価の配分確定によるのれんの修正 △5,720百万円 無形固定資産△7,156、繰延税金資産△2,898、流動負債1,415、繰延税金負債2,898ほか
連結損益への影響 記載を省略(影響は軽微) みなし取得日が2014年1月1日のため、被取得企業の業績は連結損益計算書に含まれない
のれんの減損(2024年3月期) 15,128百万円 顧客関連資産1,859、その他2,191を含む減損損失の合計は19,178百万円

出所:東レ 有価証券報告書 第133期(2014年3月期)【経営上の重要な契約等】【企業結合等関係】・第134期(2015年3月期)【企業結合等関係】・第143期(2024年3月期)【減損損失】

のれんと無形固定資産の推移

東レ:のれんと無形固定資産の推移

(百万円) のれん無形固定資産合計 備考
2009年3月期 −10,519 のれんは連結貸借対照表に区分表示されていない
2010年3月期 −10,361
2011年3月期 −9,282
2012年3月期 31,86242,620
2013年3月期 29,76742,620
2014年3月期 72,300100,084 ゾルテックとWoongjin Chemicalの2社を子会社化。ゾルテック分は28,973
2015年3月期 63,36998,506 取得原価の配分が確定し、ゾルテック分ののれんは23,253に修正
2016年3月期 54,29987,159
2017年3月期 45,77977,295
2018年3月期 40,14668,647
2019年3月期 85,712171,249 TenCate Advanced Compositesの買収でのれんが増加
のれんと無形固定資産
のれん(百万円)のれん以外の無形固定資産(百万円)

出所:東レ 有価証券報告書 第128〜138期(連結貸借対照表)

炭素繊維複合材料事業の推移

東レ:炭素繊維複合材料事業の推移

(百万円) 売上高セグメント利益セグメント資産 備考
2009年3月期 70,3908,398227,328
2010年3月期 50,676△6,157198,387 金融危機後の需要減で営業損失
2011年3月期 67,0183,285186,491
2012年3月期 69,8147,471192,996
2013年3月期 77,6207,299233,085
2014年3月期 113,34216,927341,762 ゾルテックの業績は含まない。みなし取得日は2014年1月1日
2015年3月期 158,36526,228436,761 ゾルテックの通期寄与が始まった最初の期
2016年3月期 186,19636,115429,503
2017年3月期 161,60823,963460,968
2018年3月期 177,94920,764463,640
2019年3月期 215,91311,542640,161
炭素繊維複合材料事業の売上高と利益率
売上高(百万円)セグメント利益率(%)

出所:東レ 有価証券報告書 第128〜138期(セグメント情報・事業の種類別セグメント情報)

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参考文献
出典・参考
  • 東レ 有価証券報告書(2010年3月期)事業の種類別セグメント情報
  • 東レ 有価証券報告書「第133期(2014年3月期)【経営上の重要な契約等】【企業結合等関係】」
  • 東レ 有価証券報告書「第134期(2015年3月期)【企業結合等関係】」
  • 東レ 有価証券報告書「第143期(2024年3月期)【のれんの減損テスト】【減損損失】」
  • 東レ 決算説明会質疑応答「2026年3月期 第2四半期決算説明会 質疑応答」

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