セイコーグループの決断社史:経営の意思決定を振り返る

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決断

自分の優位を先に壊し、壊した先の技術を他社へ開いた。機械式の精度で世界と競っていた1969年12月、諏訪精工舎の開発した世界初のクオーツウオッチ"アストロン"を発売した。機械式の百倍を超える精度を製品にしたうえで関連特許を公開し、クオーツを一社の製品から世界共通の駆動方式へ広げている。対応の遅れたスイス勢は市場の首位から転落した。開いた技術は事業の多極化も呼び、1983年の服部セイコーへの改称以降、水晶振動子・電子部品・半導体・プリンタが時計に次ぐ事業へ育つ。1996年から続けた事業別の分社の総仕上げとして、2001年7月には祖業のウオッチ事業まで切り出し、本体を持株会社へ移行した。祖業まで子会社へ差し出したことが、単一メーカーからグループ経営への切り替えを決めた。

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