沿革年表 1881〜2025年における重要度別の出来事(合計41件)

年月区分社長/CEO出来事年度売上高純利益
会社設立
服部金太郎が東京で時計商・服部時計店を創業
服部金太郎氏が東京で時計商の服部時計店を開き、輸入時計の販売と修理から事業を始めた。舶来品が高級品だった時代に中古時計の売買と修繕で信用と資金を蓄え、のちの自前製造への足場を築いた。
現在のセイコーグループの原点。商いから始まり製造へ広げる技術志向の出発点である。
1881
1-12月
会社設立新規事業
時計製造工場・精工舎を設立し時計製造を開始
服部時計店の販売機能に加え、製造を担う工場として精工舎を設立し掛時計の製造を始めた。以後、目覚時計や懐中時計へと幅を広げ、輸入品に頼っていた国内需要を自前の量産で置き換えていった。
販売の服部時計店と製造の精工舎という二本立て体制の確立。のちに枝分かれする精密加工技術の土台となった。
1892
1-12月
会社設立
会社組織に改め、資本金500万円の株式会社服部時計店が発足
個人商店から資本を集める株式会社へ転換し、製造設備への投資と事業拡大を支える器を整えた。資本金は500万円である。
個人経営から近代的な株式会社への転換。製造拡大の資本基盤を築いた。
1917
1-12月
設備投資
東京銀座に本社社屋が完成
東京銀座に本社社屋が完成した。屋上に据えられた時計塔は、東京の街の景観に溶け込む象徴になった。
銀座の時計塔が企業の象徴として定着した。
1932
1-12月
組織再編
精工舎のウオッチ部門が分離独立し株式会社第二精工舎となる
精工舎の腕時計製造部門を分離独立させ、腕時計を専門に担う第二精工舎を設けた。この会社が現在のセイコーインスツル株式会社へと連なる。
製造機能を用途ごとに切り出す分社手法の始まり。セイコーインスツルの源流である。
1937
1-12月
組織再編
小売部門を分離し株式会社和光を設立
戦後、小売部門を分離して和光を設立し、銀座の高級時計・宝飾店として販売の顔を独立させた。製造は第二精工舎、小売は和光と、機能ごとに会社を分ける体制が整った。
製造と小売を機能別会社に分ける体制の確立。のちのグループ再編を先取りした。
1947
1-12月
株式上場
東京証券取引所に上場
東京証券取引所に上場し、服部時計店は資本市場から資金を調達できる公開企業になった。
資本市場からの資金調達力を得た公開企業化である。
FY50
1950/3
組織再編
第二精工舎の諏訪工場が分離独立し株式会社諏訪精工舎となる
第二精工舎の諏訪工場を分離独立させて諏訪精工舎とした。これが現在のセイコーエプソン株式会社へと連なる。第二精工舎と諏訪精工舎の二社が腕時計の設計と量産を競う体制が生まれた。
セイコーエプソンの源流。社内に二つの技術系譜が並び立つ構図を生んだ。
FY60
1960/3
東京オリンピックの公式計時を担当
東京オリンピックで公式計時を担当し、競技の記録を電子式の計時装置で計測した。国際大会が求める正確さと信頼性の水準が、社内の時計技術を実戦で鍛える機会になった。以後も数々の五輪で公式計時を務めた。
スポーツ計時で精度を証明する経験の始まり。製品の品質を裏づける実績となった。
FY65
1965/3
海外進出
香港にHATTORI (H.K.) LTD.(現SEIKO Hong Kong Ltd.)を設立
香港に販売会社HATTORI (H.K.) LTD.を設立し、アジア市場への足場を築いた。現在のSEIKO Hong Kong Ltd.である。
海外販売網構築の第一歩。SEIKOブランドの国際展開の出発点である。
FY69
1969/3
研究開発
世界初の水晶発振式(クオーツ)ウオッチを発売
水晶振動子で時を刻むクオーツウオッチを世界で初めて発売した。機械式に比べ桁違いの精度を持ち、時計を工芸品から量産可能な電子製品へと変えた。スイス時計業界に打撃を与え、のちに「クオーツショック」と呼ばれた。
世界の時計産業の勢力図を塗り替えた技術革新。日本メーカーが世界標準を先導した象徴である。
FY70
1970/3
海外進出
アメリカにSEIKO TIME CORPORATIONを設立
アメリカにSEIKO TIME CORPORATIONを設立し、北米市場へSEIKOブランドを送り出した。現在のGrand Seiko Corporation of AmericaおよびSeiko Watch of America LLCへと連なる。
最大の海外市場である北米への進出。クオーツ技術を世界へ運ぶ販売網の中核となった。
FY71
1971/3
組織再編
工場精工舎を分離し株式会社精工舎を設立
工場精工舎を分離して株式会社精工舎を設立し、腕時計以外のクロックや電子部品の製造を担わせた。
腕時計とそれ以外の製造機能を分ける事業分化が進んだ。
海外進出
イギリスにSEIKO TIME (U.K.) LTD.を設立
イギリスにSEIKO TIME (U.K.) LTD.を設立し、欧州市場へ販売拠点を置いた。現在のSEIKO U.K. Limitedである。
精密機械の本場である欧州への進出。米州・欧州・アジアの三極の販売網が整った。
FY72
1972/3
札幌オリンピックの公式計時を担当
冬季の札幌オリンピックで公式計時を担当した。夏冬双方の国際大会で計時技術を証明する経験を重ねた。
社名を株式会社服部セイコーとする
社名を株式会社服部セイコーへ改め、創業者の家名を冠した商号のもとで事業の幅を広げた。腕時計で培った微細加工技術が、電子部品や半導体、プリンタへと枝分かれしていった。
単一製品の会社から精密技術の複合企業へ姿を変える転機である。
FY84
1984/3
研究開発
自動巻発電クオーツウオッチ(現KINETIC)を発売
自動巻きの動きで発電するクオーツウオッチを発売し、電池交換のいらない駆動方式を実用化した。現在のKINETICである。
独自駆動方式の開発で高付加価値の製品づくりを進めた。
FY89
1989/3
海外進出
タイにSEIKOSHA (THAILAND) CO.,LTD.を設立
タイにSEIKOSHA (THAILAND) CO.,LTD.を設立した。現在のSEIKO PRECISION (Thailand) Co.,Ltd.であり、東南アジアにおける生産・供給の拠点となった。
販売に続く海外生産拠点の展開。アジアでの製造網を広げた。
バルセロナオリンピックの公式計時を担当
FY93
1993/3
リレハンメルオリンピックの公式計時を担当
FY94
1994/3
組織再編
セイコークロック(現セイコータイムクリエーション)・セイコープレシジョンを設立し、同年3月に精工舎から営業譲受
セイコークロックとセイコープレシジョンを設立し、同年3月にそれぞれ株式会社精工舎から営業を譲り受けた。事業ごとに専門会社を切り出す分社化の一環である。セイコークロックは現在のセイコータイムクリエーション株式会社。
事業別の専門会社への再編。持株会社化への助走となった。
FY96
1996/3
組織再編
株式会社セイコーオプティカルプロダクツを設立し眼鏡事業を分社
眼鏡事業を分社してセイコーオプティカルプロダクツを設立した。多角化した事業群を機能ごとに独立採算の会社へ束ね直す作業の一つである。
眼鏡事業の分社化。事業別再編の一環である。
組織再編
セイコージュエリー株式会社を設立しジュエリー事業を分社
ジュエリー事業を分社してセイコージュエリーを設立した。1990年代後半に相次いだ事業別分社化の流れに沿うものである。
ジュエリー事業の分社化。持株会社体制への布石となった。
FY98
1998/3
社名をセイコー株式会社とする
社名をセイコー株式会社へ改め、世界で通用するブランド名と会社名を一致させた。
ブランドと社名の一致。SEIKOブランドを前面に押し出した。
長野オリンピックの公式計時を担当
世界初のクオーツウオッチのムーブメントのレプリカがスミソニアン博物館に展示される
米国ワシントンDCのスミソニアン博物館に、世界初のクオーツウオッチ「セイコークオーツアストロン」のムーブメントのレプリカが展示された。
1969年のクオーツ革命が国際的に認められた証である。
FY00
2000/3
研究開発
機械式とクオーツを融合した世界初の駆動機構(スプリングドライブ)ウオッチを発売
機械式とクオーツの長所を融合したスプリングドライブを実用化し、電子制御でぜんまいの回転を精密に調速する新方式を世界で初めて製品化した。
他社が持たない独自駆動方式の確立。高付加価値路線を象徴する技術である。
組織再編
セイコーエスヤード株式会社を設立しスポーツ・トイレタリー事業を分社
スポーツ・トイレタリー事業を分社してセイコーエスヤードを設立した。1996年以降続いた事業別分社化の締めくくりにあたる。
分社化の総仕上げ。翌年の持株会社移行の前提を整えた。
FY01
2001/3
重要事項組織再編
セイコーウオッチ株式会社を設立してウオッチ事業を分社し、持株会社となる
祖業のウオッチ事業をセイコーウオッチ株式会社として分社し、セイコー本体は事業を営む会社から傘下会社を統括する持株会社へと姿を変えた。
グループ経営への転換を決定づけた再編。祖業の時計事業まで子会社へ切り出した決断である。
経営判断をよむ →
FY02
2002/3
ソルトレークオリンピックの公式計時を担当
村野晃一
世界初のクオーツウオッチがIEEEマイルストーン賞を受賞
世界初のクオーツウオッチ「セイコークオーツアストロン」が、電気・電子分野の学術団体IEEEのマイルストーン賞を受賞した。
1969年の技術革新が歴史的達成として学術的評価を得た。
FY05
2005/3
村野晃一
FY06
2006/3
売上高
2,137億円
親会社株主に帰属する当期純利益
92億円
村野晃一
FY07
2007/3
売上高
2,092億円
親会社株主に帰属する当期純利益
99億円
村野晃一
社名をセイコーホールディングス株式会社とする
社名をセイコーホールディングス株式会社へ改め、傘下事業を統括する持株会社であることを社名に明示した。ウオッチ事業と電子デバイス事業を並立させる体制が整った。
持株会社であることを社名で示し、グループの司令塔としての位置づけを明確化した。
FY08
2008/3
売上高
2,140億円
親会社株主に帰属する当期純利益
32億円
服部真二
FY09
2009/3
売上高
1,740億円
親会社株主に帰属する当期純利益
-58億円
組織再編
服部真二
セイコーインスツル株式会社を経営統合
世界金融危機で2009年3月期に最終赤字58億円を計上した逆境のなか、腕時計部品の名門セイコーインスツルを経営統合し、部品から完成品までを一つのグループに束ねた。
ウオッチ完成品と部品・電子デバイスを垂直に束ねた再編である。
FY10
2010/3
売上高
2,308億円
親会社株主に帰属する当期純利益
-36億円
重要事項経営体制
服部真二
取締役会が村野晃一会長兼社長を解任し、服部真二氏が社長に就任
経営判断をよむ →
FY11
2011/3
売上高
3,139億円
親会社株主に帰属する当期純利益
22億円
中村吉伸
FY12
2012/3
売上高
2,969億円
親会社株主に帰属する当期純利益
-110億円
研究開発
中村吉伸
世界初のGPSソーラーウオッチを発売
太陽光で発電し、GPS衛星の電波で時刻を取得する世界初のGPSソーラーウオッチを発売した。
クオーツ・スプリングドライブに続く独自技術の系譜を継いだ製品である。
FY13
2013/3
売上高
2,838億円
親会社株主に帰属する当期純利益
55億円
中村吉伸
FY14
2014/3
売上高
3,083億円
親会社株主に帰属する当期純利益
74億円
中村吉伸
FY15
2015/3
売上高
2,935億円
親会社株主に帰属する当期純利益
218億円
中村吉伸
FY16
2016/3
売上高
2,967億円
親会社株主に帰属する当期純利益
121億円
重要事項ブランド戦略
中村吉伸
グランドセイコーをSEIKOブランドから独立させ、日本発のラグジュアリーブランドとする
量産の「SEIKO」から最高級ラインを切り離し、感性価値を軸に据えた転換である。
経営判断をよむ →
FY17
2017/3
売上高
2,571億円
親会社株主に帰属する当期純利益
54億円
中村吉伸
FY18
2018/3
売上高
2,685億円
親会社株主に帰属する当期純利益
115億円
中村吉伸
FY19
2019/3
売上高
2,473億円
親会社株主に帰属する当期純利益
92億円
高橋修司
FY20
2020/3
売上高
2,392億円
親会社株主に帰属する当期純利益
34億円
設備投資
高橋修司
盛岡セイコー工業内に「グランドセイコースタジオ 雫石」を新設
グランドセイコーの60周年に合わせ、盛岡セイコー工業の敷地内に機械式時計の専門工房グランドセイコースタジオ雫石を新設し、最高級機の生産体制を整えた。
感性価値を軸とする高付加価値路線を生産面から支える拠点である。
FY21
2021/3
売上高
2,027億円
親会社株主に帰属する当期純利益
35億円
組織再編
高橋修司
セイコークロックとセイコータイムシステムが合併しセイコータイムクリエーション株式会社となる
セイコークロック株式会社とセイコータイムシステム株式会社が合併し、セイコータイムクリエーション株式会社となった。
クロック関連事業の統合による効率化である。
FY22
2022/3
売上高
2,374億円
親会社株主に帰属する当期純利益
64億円
株式上場
高橋修司
東証の市場区分見直しにより市場第一部からプライム市場へ移行
東京証券取引所の市場区分の見直しにより、市場第一部からプライム市場へ移行した。
新市場区分での上場を継続した。
FY23
2023/3
売上高
2,605億円
親会社株主に帰属する当期純利益
50億円
社名をセイコーグループ株式会社とする
社名をセイコーグループ株式会社へ改め、時計会社の枠を超えたグループであることを商号で示した。同年策定の第8次中期経営計画「SMILE145」は、感動をもたらすソリューションカンパニーを掲げた。
時計メーカーからソリューションカンパニーへの自己規定の転換を、商号で示した。
高橋修司
FY24
2024/3
売上高
2,768億円
親会社株主に帰属する当期純利益
101億円
組織再編
高橋修司
セイコーウオッチがセイコータイムクリエーションからクロック販売事業を承継
セイコーウオッチ株式会社が、セイコータイムクリエーション株式会社からクロック販売事業を承継した。ウオッチとクロックの販売機能を集約する再編である。
時計販売機能の集約による効率化である。
FY25
2025/3
売上高
3,047億円
親会社株主に帰属する当期純利益
133億円
  1. 会社設立
    服部金太郎が東京で時計商・服部時計店を創業

    服部金太郎氏が東京で時計商の服部時計店を開き、輸入時計の販売と修理から事業を始めた。舶来品が高級品だった時代に中古時計の売買と修繕で信用と資金を蓄え、のちの自前製造への足場を築いた。

    現在のセイコーグループの原点。商いから始まり製造へ広げる技術志向の出発点である。
  2. 会社設立新規事業
    時計製造工場・精工舎を設立し時計製造を開始

    服部時計店の販売機能に加え、製造を担う工場として精工舎を設立し掛時計の製造を始めた。以後、目覚時計や懐中時計へと幅を広げ、輸入品に頼っていた国内需要を自前の量産で置き換えていった。

    販売の服部時計店と製造の精工舎という二本立て体制の確立。のちに枝分かれする精密加工技術の土台となった。
  3. 会社設立
    会社組織に改め、資本金500万円の株式会社服部時計店が発足

    個人商店から資本を集める株式会社へ転換し、製造設備への投資と事業拡大を支える器を整えた。資本金は500万円である。

    個人経営から近代的な株式会社への転換。製造拡大の資本基盤を築いた。
  4. 設備投資
    東京銀座に本社社屋が完成

    東京銀座に本社社屋が完成した。屋上に据えられた時計塔は、東京の街の景観に溶け込む象徴になった。

    銀座の時計塔が企業の象徴として定着した。
  5. 組織再編
    精工舎のウオッチ部門が分離独立し株式会社第二精工舎となる

    精工舎の腕時計製造部門を分離独立させ、腕時計を専門に担う第二精工舎を設けた。この会社が現在のセイコーインスツル株式会社へと連なる。

    製造機能を用途ごとに切り出す分社手法の始まり。セイコーインスツルの源流である。
  6. 組織再編
    小売部門を分離し株式会社和光を設立

    戦後、小売部門を分離して和光を設立し、銀座の高級時計・宝飾店として販売の顔を独立させた。製造は第二精工舎、小売は和光と、機能ごとに会社を分ける体制が整った。

    製造と小売を機能別会社に分ける体制の確立。のちのグループ再編を先取りした。
  7. 株式上場
    東京証券取引所に上場

    東京証券取引所に上場し、服部時計店は資本市場から資金を調達できる公開企業になった。

    資本市場からの資金調達力を得た公開企業化である。
  8. 組織再編
    第二精工舎の諏訪工場が分離独立し株式会社諏訪精工舎となる

    第二精工舎の諏訪工場を分離独立させて諏訪精工舎とした。これが現在のセイコーエプソン株式会社へと連なる。第二精工舎と諏訪精工舎の二社が腕時計の設計と量産を競う体制が生まれた。

    セイコーエプソンの源流。社内に二つの技術系譜が並び立つ構図を生んだ。
  9. 東京オリンピックの公式計時を担当

    東京オリンピックで公式計時を担当し、競技の記録を電子式の計時装置で計測した。国際大会が求める正確さと信頼性の水準が、社内の時計技術を実戦で鍛える機会になった。以後も数々の五輪で公式計時を務めた。

    スポーツ計時で精度を証明する経験の始まり。製品の品質を裏づける実績となった。
  10. 海外進出
    香港にHATTORI (H.K.) LTD.(現SEIKO Hong Kong Ltd.)を設立

    香港に販売会社HATTORI (H.K.) LTD.を設立し、アジア市場への足場を築いた。現在のSEIKO Hong Kong Ltd.である。

    海外販売網構築の第一歩。SEIKOブランドの国際展開の出発点である。
  11. 研究開発
    世界初の水晶発振式(クオーツ)ウオッチを発売

    水晶振動子で時を刻むクオーツウオッチを世界で初めて発売した。機械式に比べ桁違いの精度を持ち、時計を工芸品から量産可能な電子製品へと変えた。スイス時計業界に打撃を与え、のちに「クオーツショック」と呼ばれた。

    世界の時計産業の勢力図を塗り替えた技術革新。日本メーカーが世界標準を先導した象徴である。
  12. 海外進出
    アメリカにSEIKO TIME CORPORATIONを設立

    アメリカにSEIKO TIME CORPORATIONを設立し、北米市場へSEIKOブランドを送り出した。現在のGrand Seiko Corporation of AmericaおよびSeiko Watch of America LLCへと連なる。

    最大の海外市場である北米への進出。クオーツ技術を世界へ運ぶ販売網の中核となった。
  13. 組織再編
    工場精工舎を分離し株式会社精工舎を設立

    工場精工舎を分離して株式会社精工舎を設立し、腕時計以外のクロックや電子部品の製造を担わせた。

    腕時計とそれ以外の製造機能を分ける事業分化が進んだ。
  14. 海外進出
    イギリスにSEIKO TIME (U.K.) LTD.を設立

    イギリスにSEIKO TIME (U.K.) LTD.を設立し、欧州市場へ販売拠点を置いた。現在のSEIKO U.K. Limitedである。

    精密機械の本場である欧州への進出。米州・欧州・アジアの三極の販売網が整った。
  15. 札幌オリンピックの公式計時を担当

    冬季の札幌オリンピックで公式計時を担当した。夏冬双方の国際大会で計時技術を証明する経験を重ねた。

  16. 社名を株式会社服部セイコーとする

    社名を株式会社服部セイコーへ改め、創業者の家名を冠した商号のもとで事業の幅を広げた。腕時計で培った微細加工技術が、電子部品や半導体、プリンタへと枝分かれしていった。

    単一製品の会社から精密技術の複合企業へ姿を変える転機である。
  17. 研究開発
    自動巻発電クオーツウオッチ(現KINETIC)を発売

    自動巻きの動きで発電するクオーツウオッチを発売し、電池交換のいらない駆動方式を実用化した。現在のKINETICである。

    独自駆動方式の開発で高付加価値の製品づくりを進めた。
  18. 海外進出
    タイにSEIKOSHA (THAILAND) CO.,LTD.を設立

    タイにSEIKOSHA (THAILAND) CO.,LTD.を設立した。現在のSEIKO PRECISION (Thailand) Co.,Ltd.であり、東南アジアにおける生産・供給の拠点となった。

    販売に続く海外生産拠点の展開。アジアでの製造網を広げた。
  19. バルセロナオリンピックの公式計時を担当
  20. リレハンメルオリンピックの公式計時を担当
  21. 組織再編
    セイコークロック(現セイコータイムクリエーション)・セイコープレシジョンを設立し、同年3月に精工舎から営業譲受

    セイコークロックとセイコープレシジョンを設立し、同年3月にそれぞれ株式会社精工舎から営業を譲り受けた。事業ごとに専門会社を切り出す分社化の一環である。セイコークロックは現在のセイコータイムクリエーション株式会社。

    事業別の専門会社への再編。持株会社化への助走となった。
  22. 組織再編
    株式会社セイコーオプティカルプロダクツを設立し眼鏡事業を分社

    眼鏡事業を分社してセイコーオプティカルプロダクツを設立した。多角化した事業群を機能ごとに独立採算の会社へ束ね直す作業の一つである。

    眼鏡事業の分社化。事業別再編の一環である。
  23. 組織再編
    セイコージュエリー株式会社を設立しジュエリー事業を分社

    ジュエリー事業を分社してセイコージュエリーを設立した。1990年代後半に相次いだ事業別分社化の流れに沿うものである。

    ジュエリー事業の分社化。持株会社体制への布石となった。
  24. 社名をセイコー株式会社とする

    社名をセイコー株式会社へ改め、世界で通用するブランド名と会社名を一致させた。

    ブランドと社名の一致。SEIKOブランドを前面に押し出した。
  25. 長野オリンピックの公式計時を担当
  26. 世界初のクオーツウオッチのムーブメントのレプリカがスミソニアン博物館に展示される

    米国ワシントンDCのスミソニアン博物館に、世界初のクオーツウオッチ「セイコークオーツアストロン」のムーブメントのレプリカが展示された。

    1969年のクオーツ革命が国際的に認められた証である。
  27. 研究開発
    機械式とクオーツを融合した世界初の駆動機構(スプリングドライブ)ウオッチを発売

    機械式とクオーツの長所を融合したスプリングドライブを実用化し、電子制御でぜんまいの回転を精密に調速する新方式を世界で初めて製品化した。

    他社が持たない独自駆動方式の確立。高付加価値路線を象徴する技術である。
  28. 組織再編
    セイコーエスヤード株式会社を設立しスポーツ・トイレタリー事業を分社

    スポーツ・トイレタリー事業を分社してセイコーエスヤードを設立した。1996年以降続いた事業別分社化の締めくくりにあたる。

    分社化の総仕上げ。翌年の持株会社移行の前提を整えた。
  29. ソルトレークオリンピックの公式計時を担当
  30. 世界初のクオーツウオッチがIEEEマイルストーン賞を受賞

    世界初のクオーツウオッチ「セイコークオーツアストロン」が、電気・電子分野の学術団体IEEEのマイルストーン賞を受賞した。

    1969年の技術革新が歴史的達成として学術的評価を得た。
  31. 社名をセイコーホールディングス株式会社とする

    社名をセイコーホールディングス株式会社へ改め、傘下事業を統括する持株会社であることを社名に明示した。ウオッチ事業と電子デバイス事業を並立させる体制が整った。

    持株会社であることを社名で示し、グループの司令塔としての位置づけを明確化した。
  32. 組織再編
    セイコーインスツル株式会社を経営統合

    世界金融危機で2009年3月期に最終赤字58億円を計上した逆境のなか、腕時計部品の名門セイコーインスツルを経営統合し、部品から完成品までを一つのグループに束ねた。

    ウオッチ完成品と部品・電子デバイスを垂直に束ねた再編である。
  33. 研究開発
    世界初のGPSソーラーウオッチを発売

    太陽光で発電し、GPS衛星の電波で時刻を取得する世界初のGPSソーラーウオッチを発売した。

    クオーツ・スプリングドライブに続く独自技術の系譜を継いだ製品である。
  34. 設備投資
    盛岡セイコー工業内に「グランドセイコースタジオ 雫石」を新設

    グランドセイコーの60周年に合わせ、盛岡セイコー工業の敷地内に機械式時計の専門工房グランドセイコースタジオ雫石を新設し、最高級機の生産体制を整えた。

    感性価値を軸とする高付加価値路線を生産面から支える拠点である。
  35. 組織再編
    セイコークロックとセイコータイムシステムが合併しセイコータイムクリエーション株式会社となる

    セイコークロック株式会社とセイコータイムシステム株式会社が合併し、セイコータイムクリエーション株式会社となった。

    クロック関連事業の統合による効率化である。
  36. 株式上場
    東証の市場区分見直しにより市場第一部からプライム市場へ移行

    東京証券取引所の市場区分の見直しにより、市場第一部からプライム市場へ移行した。

    新市場区分での上場を継続した。
  37. 社名をセイコーグループ株式会社とする

    社名をセイコーグループ株式会社へ改め、時計会社の枠を超えたグループであることを商号で示した。同年策定の第8次中期経営計画「SMILE145」は、感動をもたらすソリューションカンパニーを掲げた。

    時計メーカーからソリューションカンパニーへの自己規定の転換を、商号で示した。
  38. 組織再編
    セイコーウオッチがセイコータイムクリエーションからクロック販売事業を承継

    セイコーウオッチ株式会社が、セイコータイムクリエーション株式会社からクロック販売事業を承継した。ウオッチとクロックの販売機能を集約する再編である。

    時計販売機能の集約による効率化である。

参考文献・出所

有価証券報告書
セイコーホールディングス 決算説明会資料(2016年3月期) FY16
セイコーホールディングス 決算説明会資料(2018年3月期) FY18
セイコーグループ統合報告書2022
ダイヤモンド・オンライン 2010/7/26
日経ビジネス電子版 2022/7/1
日経クロストレンド 2019/1/11
日本経済新聞 2010/4/30
日本経済新聞 2016/9