シチズン時計 の歴代社長

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2002年2010年2020年2026年

梅原誠退任

2002年社長就任

代表取締役社長

金森充行退任

2008年社長就任

代表取締役社長

戸倉敏夫退任

2012年社長就任

2004年入社2007年取締役代表取締役社長

佐藤敏彦退任

2019年社長就任

2015年取締役代表取締役社長

大治良高現任

2025年社長就任

2016年執行役員2017年取締役
創業社長の関係
創業

貴金属商の山崎亀吉氏が1906年に本郷で尚工舎を興し、1918年に角筈へ工場を移して時計機械そのものの製造へ入ったのが源流である。国産時計に私財を注いだ末に行き詰まり、担保に取られて閉鎖された工場が1930年に資本金20万円で再発足した。創業者の家から社長が出たことはない。

社長登用の傾向
登用

社長は本社の部長・事業部長から取締役へ上がった内部登用がほぼ占める。ただし戦後を作った山田栄一氏は三井生命保険から1937年に移った転職組で、戸倉敏夫氏は1973年にシチズン商事へ入り2004年に本体へ来ている。時計・精機・情報機器と、担当した事業は代ごとに違う。

社長任期の傾向
任期

1946年3月から1981年6月まで35年務めた山田栄一氏が突出する。終戦で工員が約500名へ減った工場をミシンや農具ではなく時計へ戻し、1976年のムーブメント外販まで通した長さである。直近3代は戸倉敏夫氏の7年、佐藤敏彦氏の6年、2025年4月就任の大治良高氏と続く。

いまの体制への含意
含意

35年の一極から、6、7年で回す形へ移った。後任は利益率の高い事業の担当から選ばれる傾向があり、2025年は営業利益率12.7%の時計を率いた大治良高氏だった。グループ会社を経て本体へ戻る道も開き、直近2代はシチズン商事の取締役、シチズンファインデバイスの社長を務めている。

氏名 社長在任期間 退任年は推定 在任年数 推定状況出自役職在任中の決断施策
中島与三郎1930〜1945年1930年就任15年退任取締役社長
中島進次1945〜1946年1945年就任1年退任取締役社長
山田栄一(1946年就任)1946〜1981年1946年就任35年退任生え抜き代表取締役社長決断1946年腕時計専業への復帰1976年ムーブメントの外販開始
山崎六哉(1981年就任)1981〜1986年1981年就任5年退任生え抜き代表取締役社長
中島迪男(1986年就任)1986〜1995年1986年就任9年退任取締役社長
春田博1995〜2002年1995年就任7年退任取締役社長
梅原誠(2002年就任)2002〜2008年2002年就任6年退任生え抜き代表取締役社長決断2007年電子デバイス事業から撤退
金森充行(2008年就任)2008〜2012年2008年就任4年退任生え抜き代表取締役社長
戸倉敏夫(2012年就任)2012〜2019年2012年就任7年退任代表取締役社長
佐藤敏彦(2019年就任)2019〜2025年2019年就任6年退任生え抜き代表取締役社長
大治良高(2025年就任)2025年〜現任2025年就任2年現任生え抜き代表取締役社長
歴代社長の在任期間 全11代
1930年1940年1950年1960年1970年1980年1990年2000年2010年2020年2026年

中島与三郎退任

1930年社長就任

取締役社長

中島進次退任

1945年社長就任

山田栄一退任

1946年社長就任

1937年入社1941年取締役代表取締役社長

山崎六哉退任

1981年社長就任

1945年入社1962年取締役代表取締役社長

中島迪男退任

1986年社長就任

取締役社長

春田博退任

1995年社長就任

取締役社長

梅原誠退任

2002年社長就任

1962年入社1993年取締役代表取締役社長

金森充行退任

2008年社長就任

1966年入社1998年取締役

戸倉敏夫退任

2012年社長就任

2004年入社2007年取締役代表取締役社長

佐藤敏彦退任

2019年社長就任

1981年入社2015年取締役代表取締役社長

大治良高現任

2025年社長就任

1986年入社2016年執行役員2017年取締役

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