台数依存からの脱却——「質で稼ぐ」構造への転換と売上10兆円商社化

トヨタの新車台数が売上を決めた商社は、いかにして台数に頼らず稼ぐ体へ移ったか

更新:

時期 2024年3月
意思決定者 貸谷伊知郎 社長
論点 収益構造の転換と非自動車・非資源化
概要
2016年3月期の赤字から2024年3月期の売上10兆円到達までの間に、豊田通商が台数依存の収益構造を「質で稼ぐ」体へ組み替えた面的な転換。貸谷伊知郎社長のもとで、トヨタの新車販売台数と自社利益の連動を薄め、非自動車・非資源の付加価値事業で利益を積み上げた。
背景
販売金融から出発した豊田通商は、長くトヨタの生産・輸出量が売上を決める単線的な依存構造を抱えた。2016年3月期には資源価格の急落で特別損失927億円・親会社株主に帰属する当期純損失437億円を計上し、台数と資源市況の両方に振られる体質が赤字として表に出た。
内容
加商・トーメンの合併で得た非自動車部門、CFAO(アフリカ流通)やユーラス(再エネ)、電池材料など過去20年の投資を並行して稼ぎへつなぎ、車種構成の変化・デバイス部品の増量・金属加工業への進出で一台あたり利益を高めた。岩本秀之副社長CFOは「新車販売が伸びない中でも利益を取れる筋肉質な体制」と表現した。
含意
2022年3月期以降、売上・利益とも過去最高を連続更新し、2024年3月期に売上収益10兆1889億円・当期利益3314億円へ達した。台数に連動しない収益構造は、2025年の新中期経営計画が掲げる時価総額向上と資本政策の転換へ引き継がれた。
筆者の見解

単線から複線へ、そして次の問い

台数依存からの脱却は、ある一日の決断ではなく、二十年ぶんの投資が同時に効いた結果とみることができる。加商とトーメンで非自動車を、CFAOでアフリカを、ユーラスで再エネを、そして電池材料で川上を——豊田通商は時期をずらして仕込んだ事業を、資源高と自動車生産の回復という追い風のなかで一斉に稼ぎへ変えた。個々の投資は別々の判断であっても、それらが束になって「台数が伸びなくても稼ぐ」体を作った点に、この転換の意味がうかがえる。単線の依存を、複数の事業と地域に分散した複線の構造へ組み替えた歩みといえる。

もっとも、台数に頼らない体になったことは、トヨタグループの商社であることをやめたわけではない。豊田通商の稼ぎには依然としてトヨタの自動車事業が広く関わり、資本の面ではグループ内の株式持ち合いも残る。質で稼ぐ商社への転換をどこまで進め、親会社との距離をどう取り直すのか——次の中期経営計画が掲げた時価総額向上と持ち合いの解消は、その問いの延長にある。台数という一本の目盛りから解き放たれた商社が、こんどは資本市場の目盛りとどう向き合うのかが、これからの豊田通商を見る鍵になるとみられる。

Yutaka Sugiura, 2026年7月

背景

トヨタの生産量が売上を決めた単線構造

豊田通商の源流は、トヨタの車を国内で売るための販売金融にある。1936年のトヨタ金融に始まり、戦後は日新通商として紡織機や鉄鋼、燃料の内外取引を広げたが、事業の背骨はトヨタの生産と輸出であり続けた。トヨタが車を多く作り、多く運び、多く売れば商社の取扱高も伸びる。顧客であるトヨタの成長率が、そのまま自社の成長率を決める単線的な依存が、長く豊田通商の収益構造を形づくった。総合商社の一角というより、トヨタ向けの調達・物流商社という色が濃かった[1]

その単線構造の弱さが数字に出たのが、2016年3月期であった。総合商社が資源価格の急落に見舞われたこの期、豊田通商も特別損失927億円を計上し、親会社株主に帰属する当期純損失437億円を記録した。資源とアフリカの減損が利益を押し下げ、トヨタの台数と資源市況の両方に振られる体質が赤字として表に出た。資源高が去れば沈み、台数が伸びなければ伸びない——外部の相場と親会社の生産に業績を握られた構造を、豊田通商はこの一期で突きつけられた[2]

二十年かけて仕込んだ非自動車・非資源の事業

台数依存を薄めるための素材は、2016年より前の二十年で仕込まれていた。豊田通商は2000年に加商、2006年に経営再建中のトーメンを合併し、鉄鋼・化学品・食料・繊維といった非自動車の事業部門をまとめて抱えた。トヨタ系の物流商社から、扱う商材の幅で総合商社に近づく再編であった。この連続合併で得た非自動車ドメインが、のちに台数と切り離して稼ぐための土台になった。個々の合併の経緯には立ち入らず、ここでは全体の転換を追う[3]

非自動車に続いて、非資源の長期事業も2012年前後に束ねられた。同年、豊田通商は再生可能エネルギーのユーラスエナジー、電子材料のエレマテック、アフリカ流通のCFAOという三件の投資を相次いで決めた。西アフリカを中心に自動車販売・医薬品流通・消費財卸の網を持つCFAOは、資源とインフラに寄る他商社にはない差異化の材料になった。のちに電池材料の川上へ踏み込む投資も加わり、台数にも資源市況にも直結しない稼ぎの束が、時間をかけて厚みを増した[4]

決断

台数が伸びなくても稼ぐ体へ

仕込んだ事業をどう使うか。貸谷伊知郎社長は、総合商社の横並びを避け、尖った領域を抱え続ける方針を掲げた。総合商社がカバーできる領域を無難にこなす「オール3」の会社にはならない——2022年の日本経済新聞のインタビューで、貸谷社長はそう語っている。全方位で平均点を取る商社ではなく、アフリカや再エネ、電池材料といった不揃いな強みで存在価値を出す。台数に頼らない収益を、他社が持たない事業から取りにいく方針であった[5]

その方針は、決算の場での説明にも表れた。副社長CFOの岩本秀之は、豊田通商が「新車販売が伸びない中でも利益を取れる筋肉質な体制になってきた」と述べている。トヨタの新車販売台数と自社の利益が連動しない体への転換を、経営の言葉で認めた発言であった。実際、扱う車種構成の変化、一台あたりのデバイス部品の増量、金属加工業への進出が、一台あたりで取れる利益を押し上げた。同じ台数でもより多く稼ぐ——量ではなく質で利益を積む収益構造へ、豊田通商は移った[6]

上場子会社を取り込み、稼ぎを親会社へ

質で稼ぐ体を仕上げる過程で、豊田通商はグループ内の上場子会社を親会社へ取り込んだ。2022年8月に風力最大手のユーラスエナジーを完全子会社化して再生可能エネルギー事業を連結に収め、2025年1月には電子材料のエレマテックも完全子会社化した。親子上場に伴うガバナンスの論点に応えつつ、再エネと電子材料の利益を自社の連結へ寄せる再編であった。外から買って束ねた事業を、こんどは資本の面でも自社の内側へ引き込む動きが続いた[7]

非自動車・非資源の稼ぎは、数字の上でも積み上がった。豊田通商の統合レポートで岩本秀之副社長CFOは、商品群と地域の縦横のポートフォリオがかみ合ってきたと説明し、アフリカ本部の当期利益が2025年3月期に795億円へ達したことを挙げている。個人投資家向けの説明会でも、新車販売に依存せず、加工・物流・リサイクルまで一台の車に何重にも関わって利益を伸ばしたと説明された。台数という単一の目盛りから、事業の幅と地域の広がりへ、利益の源が移り替わった[8][9]

結果

売上10兆円・利益3000億円台の商社へ

量から質への移行は、過去最高益の連続という結果に表れた。2022年3月期に売上収益8兆280億円・当期利益2222億円を記録したのち、2023年3月期、2024年3月期と売上・利益をともに更新し、2024年3月期には売上収益10兆1889億円・当期利益3314億円へ達した。売上10兆円は、トヨタ向け物流商社と見られてきた豊田通商が総合商社の上位群に並ぶ規模である。翌2025年3月期も売上収益10兆3095億円・当期利益3625億円と、最高益の更新が続いた[10][11]

台数に頼らない収益構造は、次の経営計画へ引き継がれた。2025年、貸谷社長から社長を継いだ今井斗志光社長は、岩本秀之副社長CFOらとともに新中期経営計画を示し、2028年3月期の当期利益4500億円とROE15%以上、総還元性向40%以上を掲げた。稼ぐ力の転換の先に、稼いだ利益をどう株主へ返し、時価総額をどう高めるかという資本政策の課題が置かれた。その資本政策への転換は別稿に譲る。ここで確かめられるのは、台数依存の商社が質で稼ぐ商社へ移り、10兆円の規模に届いたという事実である[12]

出典・参考