BIPROGYケンブリッジ買収とネットマークスTOBによるサービス事業への転換

機器を売る会社から、上流と運用を抱える会社へ——買収で埋めた二つの端

時期 2006年7月
意思決定者(推定) 籾井勝人(社長)・取締役会
論点 ハードウェア販売依存からの脱却とサービス事業の組み立て
概要
2006年7月のケンブリッジ・テクノロジー・パートナーズ買収と、2007年の株式会社ネットマークスに対する公開買付けを軸に、機器の輸入販売と受託開発から、コンサルティング・システム構築・運用保守を通しで担う事業へ主力を移した転換。
背景
2007年3月期の連結売上高は3,074億55百万円で前期比3.2%減。ハードウェア売上が8.6%減と落ち込みが最も大きく、売上総利益も8.3%減った。増益は販売費及び一般管理費を69億50百万円削って確保したものであった。
内容
上流のコンサルティングはケンブリッジの買収で、ネットワーク構築は取得金額93億8百万円・議決権67.13%のネットマークス公開買付けで補った。並行して地域開発会社7社の設立とUSOLホールディングスの設立、日本ユニシス・ソリューションの吸収合併を実施した。
含意
買収したネットマークスは過年度決算に重大な疑義が生じて監査未了のまま連結子会社となり、2012年8月にユニアデックスへ吸収されて社名が消えた。サービス3事業が売上の約75%を占める構造は2022年3月期に到達した。
筆者の見解

端から買い、内側で並べ替える

この転換で先に動いたのは、売る商品ではなく会社の配置であった。上流のコンサルティングはケンブリッジを買って埋め、ネットワーク構築はネットマークスを買って埋め、運用と保守はユニアデックスへ寄せ、地域の開発はUSOLホールディングスの下へ束ねた。日本ユニシス本体に残ったのは、顧客との窓口と、どの機能をどこに置くかを決める役回りであった。機器の販売が細るなかで、売り物より先に組織の輪郭を引き直した点に、この判断の特徴が見える。

買い方には無理もあった。ネットマークスは過年度4期分の決算に重大な疑義を抱え、監査が終わらないまま連結子会社になっている。その社名は2012年8月にユニアデックスへ吸収されて消えた。93億8百万円で買ったネットワークの人と顧客は、社名を残さずグループの内側へ溶けている。アウトソーシング事業の売上が906億円に届いたのは、公開買付けの18年後、2025年3月期であった。

Yutaka Sugiura, 2026年7月

背景

売上の内訳が示していた頭打ち

2007年3月期の連結売上高は3,074億55百万円で、前期に比べ100億31百万円、率にして3.2%減った。内訳はサービス1,931億78百万円(1.2%減)、ソフトウェア479億73百万円(3.0%減)、ハードウェア663億3百万円(8.6%減)で、落ち込みが最も大きいのはハードウェアであった。売上構成比はサービス62.8%、ソフトウェア15.6%、ハードウェア21.6%となり、前期のサービス61.5%・ハードウェア22.9%から比率が入れ替わりつつあった[1]

利益は増えたが、その中身は削減によるものであった。売上総利益は631億96百万円で前期より57億38百万円減り、システム開発における不採算案件のコスト増加が響いた。営業利益62億78百万円(23.9%増)は、退職給付費用22億54百万円と営業支援費37億91百万円の減少を含む販売費及び一般管理費69億50百万円の圧縮で確保している。経常利益66億46百万円、当期純利益34億33百万円という増益の裏で、売る商品の構成そのものは細っていた[2]

上流と運用の両端をどう持つか

会社が描いていた事業の形は、顧客の経営課題を解く上流アプローチから、グループ連携による開発、運用・保守サービスまでをひとつながりで提供するというものであった。営業・開発・保守の三つの機能をグループ会社が「三位一体」で担う体制を掲げ、地域におけるシステムサービス事業を本体へ集約する組織再編にも着手している。ハードウェアからコンサルティング、アウトソーシング、運用管理までの品質を総合的に保証するため、品質保証部も置いた[3]

弱かったのは両端であった。上流のコンサルティングと、システムをつなぐネットワークの構築は、いずれも社内に厚みがない領域にあたる。ネットワーク側では子会社のユニアデックスがKDDIと提携し、通信ネットワークと事業所内LAN構築を一括で提供する企業向けICTソリューションサービスを始めていた。会社はシステムインテグレーションとネットワークインテグレーションの2市場が融合してより大きな市場へ育つとみて、この領域の営業力と提供力を外から取り込む方向へ動いた[4]

決断

2006年7月、上流をケンブリッジで補う

2006年7月31日、日本ユニシスはケンブリッジ・テクノロジー・パートナーズ株式会社を買収した。業務改革の要件を顧客と一緒に決める上流工程を担う会社で、機器と開発工数を売ってきた会社が持たない機能にあたる。同じ月の7月1日にはユニアデックスが日本ユニシス情報システムを吸収合併しており、運用・保守側の集約と上流の取り込みが同時に進んだ。米国本社が株式を手放した2006年3月から、4カ月後の動きであった[5]

買収は単独の一手ではなく、先行する組み替えの延長にあった。2003年7月1日にシステムサービス事業を日本ユニシス・ソフトウェアへ、ソフトウェア・サポートサービス事業をユニアデックスへ営業譲渡し、2004年10月1日には日本ユニシス・ソフトウェアが地域ソフトウェア開発会社6社を吸収合併して日本ユニシス・ソリューションへ商号を変更している。機能ごとに会社を割り当てる作業が数年かけて進んでおり、買収はその配置の空いた場所へ外の会社を差し込む形をとった[6]

2007年、ネットマークスへの公開買付け

2007年2月28日の取締役会決議に基づき、日本ユニシスは3月5日から5月31日まで、ネットマークスの株式および新株予約権に対して公開買付けを行った。取得株式数は115,909株、取得後の議決権比率は子会社ユニアデックス保有分を含めて67.13%、取得金額は93億8百万円で、資金は自己資金と借入金を充てた。買付の目的は、幅広い業種の顧客に対する営業力とネットワークソリューション提供力を持つ同社をグループへ迎え、戦略を共有して事業を営むことに置かれた[7][8]

買った相手の状態は良くなかった。ネットマークスの2007年3月期は売上高519億59百万円に対し経常損失23億20百万円・当期純損失42億74百万円で、純資産は25億10百万円まで細っていた。しかも2004年3月期から2007年3月期までの決算について重大な疑義が生じて数値を見直し中で、会計監査人による監査は有価証券報告書の提出日時点で終わっていなかった。数字が確定していない会社に93億円を投じる判断であり、ネットワーク領域を自前で育てる時間を金額で買い取った取引にあたる[9]

結果

5年かけてたたみ直したグループ

買収の前後で、グループの箱も動いた。2007年3月1日に日本ユニシス・ソリューションの子会社として地域開発会社7社を設立し、4月1日に同社のシステムサービス事業を7社へ譲渡した。翌4月2日にはUSOLホールディングスを設立して7社の全株式を移し、9月1日には日本ユニシス・ソリューション自体を本体へ吸収合併している。ネットマークスの議決権比率は2008年3月末に78.4%まで上がった[10][11]

買った会社の輪郭は、そのあと消えていった。2010年8月にユニアデックスがネットマークスを株式交換で完全子会社化し、2012年8月には同社を吸収合併した。同じ2012年8月、地域開発会社7社も日本ユニシス本体へ吸収合併されている。買収と分社で一度広げた箱を、5年でユニアデックスと本体の2社へ寄せ直した計算になる。機能を外から買い、内側で並べ替える作業が続いた[12]

「サービスインテグレータ」という言葉が指したもの

2010年12月、籾井勝人氏(社長)は日経クロステックの取材に「『サービスインテグレータ』を目指す」と述べた。買収で埋めた上流と運用の両端を、構築から運用までを通しで引き受ける事業の呼び名でまとめた言い方であった。ただし収益はすぐには追いつかなかった。2012年3月期の連結業績は売上高2,551億22百万円に対し、親会社株主に帰属する当期純損失124億98百万円を計上している[13][14]

数字に表れたのは10年以上あとであった。2022年3月期の連結営業利益は274億円、営業利益率は8.6%で、アウトソーシング・サポートサービス・システムサービスの3事業が売上の約75%を占めた。2025年3月期は売上収益4,040億円・営業利益391億円(営業利益率9.7%)となり、アウトソーシング事業の売上は906億円と前期比18.3%増を記録している。2007年に買い足した両端は、この構成比の内側に収まった[15][16]

出典・参考

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