TKCの決断社史:経営の意思決定を振り返る

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決断

事業領域を会計事務所と地方公共団体の二つに定め、60年動かしていない。1968年に富士通のコンピューターを時間で賃借して計算受託を始めたが、利用料は1分1,000円、1社に36分を要して赤字が積み上がった。処理能力を埋めるには会計事務所をまとめて顧客にするほかなく、1971年8月に非営利団体「TKC全国会」を結成する。飯塚事件の直後で評判は悪く、案内を1,000件送って来場者が1名の集客難が続いたが、講演会を重ねて会員は増えた。1970年代に相次いだ業種別のソフト受託開発の依頼は、業種ごとの勉強が効率を落とすとして断り続けた。1987年7月の東証2部上場に際しても多角化も機器の売り切りもしないと定め、資金は新事業でなく既存の二領域へ充当された。2008年12月に創業家2代目から生え抜きの高田順三氏へ社長を交代したあとも、定款が定めた顧客の範囲は動いていない。

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