上場企業の経営論点>ガバナンス・経営体制
社長交代と後継指名
社長交代は長く責任追及の手段であり、後継指名が制度になったのは2000年代に入ってからだ。1977年の山下俊彦氏の序列外抜擢は例外で、1991年の野村證券の損失補填、1997年の第一勧業銀行の総会屋融資では、不祥事の露呈がそのまま経営陣の総退陣に直結した。転機は帝人が2002年に敷いた社外委員による後継者選抜で、指名を個人の裁量から手続へ移している。2015年の東芝の歴代3社長引責と2018年のカルロス・ゴーン氏の逮捕は、後継計画を欠いた長期政権の代償を露呈させた。2023年にサイバーエージェントが公表したサクセッションプランのように、創業者でさえ交代の道筋を市場へ約束するようになった。
財務諸表のどこを見るか
「役員の状況」を年ごとに並べ、代表取締役の就任年月日と生年月日から在任期間と就任時の年齢を割り出す。次にコーポレート・ガバナンスの状況で、指名委員会の設置形態、社外取締役の員数、後継者計画の記載を確かめる。交代の理由は有価証券報告書より臨時報告書に出るため、代表取締役の異動の届出と、特別損失や不適切会計の注記を突き合わせる。臨時報告書の議決権行使結果に載る取締役選任議案の賛成率は、交代が株主の信任をどこまで得たかを示す。
2020年代
南場智子の社長復帰 創業者による15年ぶりの経営復帰と、AIを軸にした事業モデルの変革 坂井一也氏への社長交代 アクティビストの圧力下で踏み切った森下一喜体制からの刷新 KKRによる非公開化 多角化の主導者を株主が退けた末の、市場からの退出の受け入れ 澁澤宏一登用と持株会社化 純粋持株会社体制への移行と、創業家以外からの社長選出 近健太氏の社長就任 就任3年での社長交代と財務出身トップの起用 御手洗会長との並走体制 3度目の社長交代と、会長職を据え置いたままの新経営体制 鯉沼久史氏への社長交代 襟川夫妻が15年かけて仕込んだ引き継ぎの仕上がり KDDI株売却と計画撤回 中期経営計画の取り下げと、非中核事業の整理 Switch2の投入 主力ハードの世代交代と、次の商戦を担う後継機への切り替え GC2027で10兆円目標 時価総額目標を掲げた中期経営戦略の始動と、大本新体制の発足 中村公大氏への社長交代 創業家6代にわたる同族承継——中村公一氏からCEO交代 和佐見勝の52年社長続投 後継計画が示されないまま創業者一人に依存し続ける経営体制 塚越大介氏の登用 取締役定員の拡大と、創業者の後任を見据えた経営体制の整備 山下通郎氏が生え抜き社長就任 通産省OB社長からの交代と創業以来初の生え抜き社長の起用、下限配当引き上げによる株主還元方針の見直し 上埜修司退陣と繊維撤退 祖業を畳むための870億円の金融支援と経営陣の総退陣 竹中直文への社長交代 前任の井上体制から離れる世代交代と、新たな経営体制への引き継ぎ 岸田光哉氏の社長就任 社外から迎えた経営者への交代と、集団指導体制への移行 三菱商事出身へ社長交代 近藤康正の招聘による、生え抜き中心の経営からの外部開放 鳥取三津子の非航空5割転換 新体制の発足と、空を運ぶだけの会社から離れる構造改革の始動 営業インセンティブ全廃 押し売りの芽を断つ商慣行の見直しと創業者の社長復帰 ラツーダ特許切れで北米半減 総額1,809億円の減損計上と、北米人員半減・パイプライン圧縮による構造改革 サクセッションプラン公表 創業者からの世代交代を公の約束として示した後継体制の枠組み 横手喜一への社長交代 創業家3代目からの経営の引き継ぎと、同族による継承の区切り 佐藤恒治氏への社長交代 14年続いた豊田章男氏体制を非創業家の技術者へ渡し、BEVの台数目標を積み上げる 桜庭省吾体制での再建 歴代2社長の経費私的流用の発覚と引責辞任、ガバナンスの立て直し フォーティチュード投資損計上 米金利急変が突いた連邦型の弱点──2期 CMP研磨材で世界首位 井上雅偉体制のROIC経営と、生成AI特需を取り込むニッチトップ戦略の確立 池田英一郎氏への承継 21年続いた長期政権の終幕と、次の世代への経営の引き渡し 米山有沙氏への社長交代 非創業家社長の登用と、創業家3代目 岡村信悟へ社長交代 10年ぶりの社長交代と、費用構造の筋肉質化による収益基盤の立て直し カーライルとの共同出資 ファンドへの株式譲渡と、創業家持分約20%を残す形での資本再編 丸紅出身者への社長交代 創業家以外から初めてトップを迎え入れる形での経営の引き継ぎ 杉山武史社長の引責辞任 鉄道車両用空調の架空検査発覚と、漆間啓体制での品質風土改革 「リ・ボーン」でV字回復 中期経営計画に掲げた原点回帰と、3期連続減益からの反転 MINORI障害の頻発 度重なるシステム障害と行政処分——経営責任とガバナンス改革への転換 西山隆一郎への社長交代 新型コロナ禍の純損失723億円を機とした社長交代と「保有と運営の分離」の始動 グループシナジー路線へ転換 傘下企業の自主性に任せてきた連邦型の運営を改めた、新社長のもとでの路線切り替え 堀紘一の退任と3代表制 創業者と2代目社長の同時退任と、原田・三宅・細野による並立体制の発足 辻信太郎から辻朋邦へ承継 創業60年で初のトップ交代と、第二の創業を掲げた構造改革
2010年代
地面師事件で会長社長交代 分譲マンション用地取引で被った詐欺の引責による経営トップの刷新 縮小均衡への転換 動画レシピの台頭による会員離れと、身の丈に合わせた事業の畳み込み ヤフーとの提携解消と社長解任 独立性防衛と創業社長・岩田彰一郎氏の解任 澤田宏太郎氏へ経営交代 創業者・前澤友作氏の辞任と、社長を選ぶ手続きの新設 ZホールディングスのTOB受け入れ 創業者が保有株の半分を手放し、独立を諦めて傘下に入る 杉本雅史氏を社外招聘 創業家が会長として代表権を残し、執行を武田出身の社外人材へ委ねた交代 事業再生ADRの申請 560億円の債権放棄を前提とした国内外の生産拠点の縮小 玉木伸弥氏へ承継 創業者による経営から、生え抜き第二世代への世代交代 ゴーン会長の逮捕 長く君臨した経営者の解職と、一人に集まった権力の解体 杉江俊彦氏が社長昇格 大西洋社長の電撃辞任を受けた社内からの後任のトップ選出 穐田誉輝社長を更迭 創業者の手に戻された経営権と、経営体制の入れ替え RN130ビジョン策定 富田一弥の社長就任と、長期構想のもとでの経営の作り替え 鈴木敏文退任と井阪隆一昇格 カリスマ会長の退任にともなう、社内昇格による新体制への移行 森俊三氏への社長交代 シンテック社長を経た斉藤恭彦氏への、二段階での承継 高橋まつりさんの死と社長交代 新入社員の過労自殺を機とした働き方改革と社長交代 田中久雄氏の引責辞任 不正会計(不適切会計)の発覚と歴代3社長の引責辞任 ハウス食品の子会社化 創業家保有株23.17%の譲渡による独立経営の手放し 外国人CEOウェバー氏招聘 トップの外部登用に踏み切ったグローバル経営体制への転換 ドワンゴとの経営統合 共同株式移転による持株会社の設立と対等統合の選択 沼田博和氏への事業承継 創業者から次の世代へ、時間をかけて進めた経営の引き渡し 医薬品と食品の併売店へ転換 創業家によらない外部プロ経営者への継承と、店舗の型の作り替え 「爆速」を掲げた社長交代 16年続いた井上雅博体制を終え、44歳の宮坂学氏と社外3名を入れた取締役会に賭けた 萩平和巳への社長承継 創業者・江口新氏の退任と、経営コンサル出身者を迎えた外部登用 櫻田謙悟氏の社長就任と損保2社合併 2期連続の赤字を受けて発足時のCEO体制を解き、事業会社2社を並存させる建付けを捨てて合併と一体化運営へ踏み込んだ選択 イオン・森トラストの要求拒否 大株主連合による経営支配要求の拒否と、平野秀一社長の退任 佐藤英志氏を社長起用 公認会計士出身のトップ登用と、持株会社制への移行による統治の組み替え 現職トップの解任 取締役会による創業家出身・服部真二氏の社長登板
2000年代
キーエンスへ第三者割当増資 45億円の払い込みと引き換えに議決権の4割を明け渡す資本提携 サウスイースタンの反対 筆頭株主による社長再任反対と、経営統合をめぐるOB株主の反対 高田順三氏への社長交代 創業家2代目から生え抜き 笹田亮氏の引責辞任 債務超過を受けた社長交代と、上場後に広げた子会社の一斉整理 澤井明彦への社長交代 創業家・毒島家から生え抜きCEO・COO体制・執行役員制度の導入 HOYAとの合併撤回 白紙化に伴う社長の解職と、最後に受け入れることになったTOB 創業者リベート受領問題 創業者による不明朗な資金受領の発覚と、それを受けた経営体制の刷新 沼田昭二の無借金株式公開 資金を必要としない会社が選んだ2006年の株式公開 MMA基軸へ経営資源集中 初の非繊維出身社長の起用と、繊維以外へ軸足を移す判断 野田順弘氏の社長復帰 大企業向けERPと成果主義の見直しに向けた、創業者の現場復帰 三菱商事から後継者招聘 社長職の世襲を退け、自己株式の処分と引き換えに三菱商事から後継を迎えた承継 エバ・チェンへ社長承継 創業者スティーブ・チャンからの社長兼CEO職の引き継ぎ ムラチクの完全子会社化 株式交換で全株を取り込んだうえでの、本体への吸収合併 福田泰久氏の社長就任 センコーの新社長が掲げた「陸運業界ビッグ5入り」宣言 藤田田氏の退場 創業者の退場を経た、米本社による直接統治体制への移行 黒川博昭氏の構造改革 連結最終赤字3,825億円からの再建 経営諮問委員会で長島徹選出 社外委員が社長候補を審査する後継者選抜システムの構築と長島徹社長の選出 岩田聡氏への社長交代 山内溥氏から次世代への経営権の移譲 玉塚元一氏の登用 柳井正氏の社長退任と経営の世代交代 大塚裕司氏へ社長交代 創業者・大塚實から長男への世代交代と、データで判断する営業への移行 佐藤薫郷の横串チーム設置 横串チームの設置と、事業部の縦割りからグループ横断の開発体制への転換 高原豪久への親子承継 創業家二代目への引き継ぎと、指示待ちの組織風土からの脱却 浜島俊哉への社長承継 株式の店頭公開と創業者夫妻の引退、生え抜き社長への経営承継 栗和田榮一氏が経営権掌握 創業者派閥によるクーデター未遂を経た経営権の掌握
1990年代
石橋伸康氏退任、東郷武氏就任 石橋伸康社長の退任と創業家による路線修正 森雅彦氏が早期就任 予定を3年前倒しにした社長交代 西垣新社長への交代 過去最大の連結赤字の公表と、金子尚志社長の退任 cdmaOneへの転換 DDIセルラーグループとの「au」へのブランド統一と、通信方式の一本化 伊藤忠商事グループ入り 西友による1,350億円での保有株譲渡と、親会社の交代 泉井事件で会長辞任 山田菊男会長の引責と泉谷良彦社長の続投という責任の分け方 河野栄子氏が社長就任 3代目トップへの交代と、経営陣の世代の入れ替え 総会屋事件で中村院政終焉 利益供与の発覚が長期支配体制を断ち切り、経営陣の刷新に至った局面 利益供与事件で岡田邦彦体制へ交代 総会屋への利益供与事件を受けた経営陣の退任と、不採算店舗の閉鎖・人員削減 総会屋融資の隠蔽発覚 大蔵省検査を機に迫られた経営陣の総退陣と、総務部そのものの廃止 総会屋事件で酒巻英雄辞任 再発と、氏家純一氏社長による二度目の企業統治改革 檀克義氏の社長就任 技術先行の会社を営業出身のプロ経営者に託す第3代への交代 奥田碩体制の拡大改革 販売網の刷新より販促費と海外生産の拡大に資金を配った4年 御手洗冨士夫氏の社長就任 連結経営への移行と、外部依存を排する自前主義への転換 北岡改革と社長引責辞任 長く3位にとどまった地位からの脱却を掲げた改革と、半導体投資の誤算 萩原晴二への社長交代 冨永靖雄氏へと受け継がれた、危機感に発するコスト削減と構造改革の10年 中部家三代の同族経営終幕 三代続いた家業体制の幕引きと、それに合わせた社名の一新 ハネウェルとの特許和解 陪審評決を受けて控訴を見送り、1億2,750万ドルを支払う決着 川上家支配の終わり 解任動議と創業家出身社長の退任宣言 東京佐川急便事件で退場 創業者・佐川清氏の経営からの退場と、創業者支配の終わり 田淵義久社長の引責辞任 損失補填の証券不祥事を受けた「新生・野村」への機構改革 金川千尋氏が社長就任 「フル生産、全量販売」を旗印に据えた全社運営の切り替え