上場企業の経営論点

上場企業の経営論点>経営体制

社長交代と後継指名

日本企業の社長は社内昇進の到達点にあり、後継の指名は前任者の裁量に属していた。長期雇用のもとで、選抜は入社の日から始まっていた。同期のあいだで配属と昇進に少しずつ差が付き、役員に残る数人まで絞られた。社長交代として外部から見えるのは、その長い過程の最終段階だけであった。

選ぶ主体も社内で完結していた。前任の社長が後継を決め、取締役会がその人事を承認した。取締役は社長の下で昇進した人々であり、指名を覆す立場になかった。株式は取引先どうしが相互に保有し合っており、主力銀行も融資が回収できるかぎり人事へ関与しなかった。基準を外部へ示す必要がないため、基準は明文化されなかった。在任年数や年齢の慣行が、暗黙の目安として働く程度である。

日本的経営として総括された長期雇用と集団での意思決定は、後継の選び方まで含んでいた。経営者を社内で育て、社内で選び、社内で承認する。1977年の山下俊彦氏の序列外抜擢が長く語られるのは、同じ社内の序列を飛び越えただけで例外と見なされたからである。

手続きのないところで、社長交代は責任追及の場面にだけ表面化した。1991年の野村證券の損失補填、1997年の第一勧業銀行の総会屋融資では、不祥事の露呈がそのまま経営陣の総退陣に直結した。誰が次を担うかではなく、誰が辞めるかを決める局面でだけ、交代が外部から見えた。

転機は帝人が2002年に導入した社外委員による後継者選抜である。この制度により、指名は個人の裁量から手続きへ移った。導入の時期は、株式の持ち合いが解けて外国人株主が増加し、日本企業が外部の基準で成績を説明するようになった時期と重なる。資本の使い方を説明する義務が生じれば、その資本を任せる人物の選び方も説明の対象になる。

手続きを欠いたまま長期政権が続いた場合の代償は、その後に露呈した。2015年の東芝の歴代3社長引責では、三代の社長が同じ会計処理を引き継いでいた。2018年のカルロス・ゴーン氏の逮捕では、後継を決めないまま権限が一人に集中していた。2023年、サイバーエージェントはサクセッションプランを公表した。創業者でさえ、在任中に交代の手順を市場へ示したのである。指名が前任者の裁量にとどまるかぎり、交代の理由は交代した後にしか分からない。一方、手続きに載せれば、後継を選ぶ基準は選任の前に開示される。

財務諸表のどこを見るか

「役員の状況」を年ごとに並べ、代表取締役の就任年月日と生年月日から在任期間と就任時の年齢を割り出す。次にコーポレート・ガバナンスの状況で、指名委員会の設置形態、社外取締役の員数、後継者計画の記載を確かめる。交代の理由は有価証券報告書より臨時報告書に出るため、代表取締役の異動の届出と、特別損失や不適切会計の注記を突き合わせる。臨時報告書の議決権行使結果に載る取締役選任議案の賛成率は、交代が株主の信任をどこまで得たかを示す。

2020年代

2026年DeNA南場智子氏が社長就任創業者による15年ぶりの経営復帰と、AIを軸にした事業モデルの変革2026年JT筒井岳彦氏が社長就任JT International S.A.の経営を担った後任への引き継ぎ2026年ガンホー・オンライン・エンターテイメント坂井一也氏が社長就任アクティビストの圧力下で踏み切った森下一喜体制からの刷新2026年エア・ウォーター千歳喜弘氏が社長就任社外取締役の社長起用と現任取締役8名全員の退任2026年太陽HDKKRによる非公開化多角化の主導者を株主が退けた末の、市場からの退出の受け入れ2026年コーセーHDコーセーホールディングスの発足純粋持株会社体制への移行と、創業家以外からの社長選出2026年ニデック岸田光哉氏の社長辞任と戒田理夫氏への継承旧執行体制での財務報告をめぐる言動の確認と、再生委員会副委員長への社長交代2026年トヨタ自動車近健太氏が社長就任就任3年での社長交代と財務出身トップの起用2026年キヤノン小川一登氏が社長就任業務執行の移譲と、御手洗冨士夫氏の会長CEO続投2026年丸紅指名委員会等設置会社へ移行監査役会設置会社からの転換と、社外10名の取締役会・法定3委員会の新設2025年大林組MWH機軸の積極M&A佐藤俊美体制の始動と、北米を軸とした買収攻勢への転換2025年コーエーテクモHD襟川陽一氏の社長退任と鯉沼久史氏への継承襟川夫妻が15年かけて仕込んだ引き継ぎの仕上がり2025年太陽HDオアシスが取締役解任を提案解任議案は否決されながら、筆頭株主の反対で社長の再任が46.09%で覆った総会2025年京セラKDDI株売却と計画撤回中期経営計画の取り下げと、非中核事業の整理2025年丸紅GC2027で10兆円目標時価総額目標を掲げた中期経営戦略の始動と、大本新体制の発足2025年山九中村公一氏の社長退任と中村公大氏への継承創業家6代にわたる同族承継——中村公一氏からCEO交代2025年AZ-COM丸和HD和佐見勝氏の52年社長続投後継者計画を委員会に預けたまま、創業者一人が社長を続ける経営体制2025年ファーストリテイリング塚越大介氏が取締役就任取締役定員の拡大と、創業者の後任を見据えた経営体制の整備2024年石油資源開発山下通郎氏が社長就任通商産業省出身5代からの交代と株主還元方針の見直し2024年ユニチカREVIC支援下の繊維撤退祖業から撤退するための870億円の金融支援と経営陣の総退陣2024年ENEOS HDサクセッションプランの再構築社長が6代続けて3年以内に退いた会社の指名の仕組みの見直し2024年ダイキン竹中直文氏が社長就任前任の井上体制から離れる世代交代と、新たな経営体制への引き継ぎ2024年ニデック岸田光哉氏が社長就任社外から迎えた経営者への交代と、集団指導体制への移行2024年シャープ沖津雅浩氏が社長就任4年に満たない任期で6代が入れ替わり、指名を社外過半の委員会に委ねる体制2024年サンゲツ近藤康正氏が社長就任入社1年4か月の中央化学前社長への交代と、指名報酬委員会主導の後継選定2024年日本航空非航空事業の利益5割目標新体制の発足と、空を運ぶだけの会社から離れる構造改革の始動2023年ネクステージ営業インセンティブ全廃押し売りの芽を断つ商慣行の見直しと創業者の社長復帰2023年メルカリ指名委員会等設置会社へ移行創業CEOが退任したあとの後継の選び方を、先に制度へ預ける機関設計の転換2023年住友ファーマラツーダ特許切れで北米半減総額1,809億円の減損計上と、北米人員半減・パイプライン圧縮による構造改革2023年サイバーエージェントサクセッションプラン公表創業者からの世代交代に向けた後継者の選抜と育成の枠組み2023年ポーラ・オルビスHD横手喜一氏が社長就任創業家3代目からの経営の引き継ぎと、同族による継承の区切り2023年トヨタ自動車佐藤恒治氏が社長就任非創業家の技術者への継承とBEV台数目標の積み増し2023年アイシントヨタ出身トップと指名審議の社外化親会社から4人の社長を迎えた会社での後継選びの仕組みの見直し2023年タムロン特別調査委員会の設置と社長辞任社長の交代と、社外取締役が過半数の取締役会による経費監視2023年T&DHDフォーティチュード投資損計上米金利急変が突いた連邦型の弱点──2期2023年東武鉄道都筑豊氏が社長就任24年続いた社長の座を生え抜きへ渡し、前任が代表権のある会長として残る体制2023年東京ガス笹山晋一氏が社長就任社外が過半を占める指名委員会の審議を経た、5年ぶりの代表執行役社長の交代2022年味の素藤江太郎氏が社長就任同じ現地法人出身の3代目と指名委員会への選定権限の移管2022年富士紡HDCMP研磨材で世界首位井上雅偉体制のROIC経営と、生成AI特需を取り込むニッチトップ戦略の確立2022年ヨネックス米山有沙氏が社長就任社長職の7年ぶりの創業家復帰と、代表権を会長に残した継承2021年DeNA岡村信悟氏が社長就任10年ぶりの社長交代と、費用構造の筋肉質化による収益基盤の立て直し2021年リガクHDカーライルとの共同出資ファンドへの株式譲渡と、創業家持分約20%を残す方式での資本再編2021年三菱ケミカルGジョンマーク・ギルソン氏が社長就任化学素材を海外で率いた経営者の招聘と報酬制度の構築2021年タダノ氏家俊明氏が社長就任創業家以外から初めてトップを迎え入れる方式での経営の引き継ぎ2021年三菱電機長崎製作所の不正と社長辞任長崎製作所の検査不正発覚と、漆間啓体制での3つの改革2021年しまむら「リ・ボーン」でV字回復中期経営計画に掲げた原点回帰と、3期連続減益からの反転2021年みずほFGMINORI障害の頻発度重なるシステム障害と行政処分——経営責任とガバナンス改革への転換2021年西武HD西山隆一郎氏が社長就任コロナ禍の純損失723億円を経た代表取締役2名体制への移行とアセットライトの継承2020年ツルハHDグループシナジー路線へ転換グループ共通のプライベートブランドと商品調達の統合による、事業会社の強みとの両立2020年ドリームインキュベータ原田哲郎氏がCEO就任創業者と2代目社長の同時退任と、原田・三宅・細野による並立体制の発足2020年サンリオ辻信太郎氏の社長退任と辻朋邦氏への継承創業60年で初のトップ交代と、第二の創業を掲げた構造改革2020年三菱UFJFG亀澤宏規氏が社長就任三菱UFJ銀行の頭取を経ないトップの登用と、持株会社と銀行のトップ兼務の解消

2010年代

2019年積水ハウス地面師事件で会長社長交代議長と招集権者の分離による権限集中の解消と経営体制の刷新2019年クックパッド縮小均衡への転換動画レシピの台頭による会員離れと、身の丈に合わせた事業の縮小2019年アスクルヤフーへの提携解消申入れと社長再任否決支配株主の要求の拒絶による独立性の選択と、創業社長・独立社外取締役3名の退任2019年ZOZO前澤友作氏の社長退任と澤田宏太郎氏への継承創業者・前澤友作氏の辞任と、社長を選ぶ手続きの新設2019年ZOZOZホールディングスのTOB受け入れ創業者による保有株の半分の売却と、独立を諦めての傘下入り2019年ロート製薬杉本雅史氏が社長就任創業家が会長として代表権を残し、執行を武田出身の社外人材へ委ねた交代2019年曙ブレーキ工業事業再生ADRの申請560億円の債権放棄を前提とした国内外の生産拠点の縮小2018年タマホーム玉木康裕氏の社長退任と玉木伸弥氏への継承創業者による経営から、生え抜き第二世代への世代交代2018年東芝車谷暢昭氏が会長CEO就任生え抜きによる社長継承の打ち切りと、10年で5人が替わった経営トップ人事2018年日産自動車ゴーン会長の逮捕一人に集まった権力の解体と、指名委員会等設置会社への移行2018年伊藤忠商事会長CEO・社長COO体制への移行8年ぶりの社長交代を、最高経営責任者と最高執行責任者の分離として設計した2016年クックパッド穐田誉輝氏の解任と岩田林平氏への継承創業者に戻った経営権と、取締役9名への入れ替え2016年日本毛織RN130ビジョン策定富田一弥の社長就任と、長期構想のもとでの経営の再構築2016年信越化学工業斉藤恭彦氏が社長就任金川千尋氏からシンテック社長を経ての、二段階での承継2016年電通G「電通労働環境改革本部」の発足と社長交代書類送検を受けた長時間労働の撲滅と2年間の働き方の見直し2016年ベイカレント稼働率回復と採用投資による再建受注制限の撤回と顧客の呼び戻し、単価引き上げによる成長モデル2016年ベイカレントSI案件の受注制限と高付加価値化上場直後の継続案件の受注制限による稼働率の70%台への急落と、3か月での社長辞任2016年ヤマダHD山田昇氏の三度の社長交代創業者が社長を託しては引き取る、9年におよぶ交代と復帰の反復2015年東芝利益水増しの発覚と経営陣退任不正会計(不適切会計)の発覚と歴代3社長の引責辞任2015年壱番屋ハウス食品の子会社化ルウの供給元を親会社に迎え、上場を残して創業家の株を託す決断2015年タカラトミーハロルド・ジョージ・メイ氏が社長就任創業家が執行を外部のプロ経営者へ委ね、2年7か月で引き戻した社長人事2015年任天堂岩田聡氏の急逝と君島達己氏への継承社長不在の2か月を代表取締役2名で凌ぎ、海外販売畑へ託した承継2015年近鉄GHD吉田昌功氏が社長就任純粋持株会社制への移行日の社長交代と小林哲也氏の会長就任2014年武田薬品工業クリストフ・ウェバー氏が社長就任グラクソ・スミスクライン出身者へのCOO職とCEO職の段階的な委譲2014年KADOKAWAドワンゴとの経営統合共同株式移転による持株会社の設立と対等統合の選択2012年神戸物産沼田昭二氏の社長退任と沼田博和氏への継承創業者から次の世代へ、時間をかけて進めた経営の引き渡し2012年LINEヤフー宮坂学氏が社長就任16年続いた井上雅博体制を終え、44歳の宮坂学氏と社外3名を入れた取締役会に経営を託した2012年ベイカレント萩平和巳氏が社長就任創業者・江口新氏の退任と、経営コンサル出身者を迎えた外部登用2012年SOMPOHD損保ジャパンと日本興亜の合併2期連続の赤字を受けたCEO体制の解消と事業会社2社の一体化2011年パルコイオン・森トラストの要求拒否大株主連合による経営支配要求の拒否と、平野秀一社長の退任2010年太陽HD佐藤英志氏が社長就任公認会計士出身のトップ登用と、持株会社制への移行による統治の組み替え2010年セイコーG村野晃一氏の解任と服部真二氏への継承取締役会による創業家出身・服部真二氏の社長登板

2000年代

2009年ジャストシステムキーエンスへ第三者割当増資45億円の調達と引き換えた、議決権43.96%と経営の主導権の譲渡2009年ソニーストリンガー氏が社長兼務CEOと社長を一人に集約し、エレクトロニクスとゲームを一体で動かす体制への転換2008年SANKYO澤井明彦氏が社長就任創業家・毒島家から生え抜きCEO・COO体制・執行役員制度の導入2008年日本興亜損害保険サウスイースタンの社長再任反対米ファンドの反対のなかでの社長続投と、損保ジャパンとの経営統合2008年TKC髙田順三氏が社長就任創業家2代目から生え抜き2007年さくらインターネットデータセンター投資後の引責辞任債務超過を受けた社長交代と、上場後に増やした子会社の一斉整理2007年ペンタックスHOYAとの合併断念合併の断念と代表取締役の交代、のちに1株770円のTOBへの賛同2007年ブックオフGHD不適切な売上計上と有価証券報告書の訂正役員の近親者が関わる取引の未開示にともなう第13〜15期の訂正と、代表権の一本化2006年神戸物産大阪証券取引所への無借金上場資金を必要としない会社が選んだ2006年の株式公開2006年三菱レイヨンMMA基軸へ経営資源集中初の非繊維出身社長の起用と、繊維以外へ軸足を移す判断2006年オービック野田順弘氏が社長就任大企業向けERPと成果主義の見直しに向けた、創業者の現場復帰2006年ライフコーポレーション岩崎高治氏が社長就任社長職の世襲を退け、自己株式の処分と引き換えに三菱商事から後継を迎えた承継2006年西日本旅客鉄道山崎正夫氏が社長就任定時株主総会を待たない交代が5度続いた、事故後の経営トップ人事2005年トレンドマイクロエバ・チェン氏が社長就任創業者チャン・ミンジャンからの社長兼CEO職の引き継ぎ2004年S Foodsムラチクの完全子会社化株式交換で全株を取り込んだうえでの、本体への吸収合併2004年センコーGHD福田泰久氏が社長就任センコーの新社長が掲げた「陸運業界ビッグ5入り」宣言2003年日本マクドナルド藤田商店との提携解消創業者の退場を経た、米本社による直接統治体制への移行2003年富士通ファナック株売却と代行返上による再建保有資産の利益で北米再編の損失を吸収した、2期連続赤字後の黒字化2002年帝人経営諮問委員会で長島徹選出社外委員が社長候補を審査する後継者選抜システムの構築と長島徹社長の選出2002年任天堂山内溥氏の社長退任と岩田聡氏への継承山内溥氏から次世代への経営権の移譲2002年ファーストリテイリング玉塚元一氏が社長就任柳井正氏の社長退任と経営の世代交代2001年大塚商会大塚實氏の社長退任と大塚裕司氏への継承創業者・大塚實から長男への世代交代と、データで判断する営業への移行2001年日本軽金属HD横串チームと商品化戦略室横串チームの設置と、事業部の縦割りからグループ横断の開発体制への転換2001年ユニ・チャーム高原慶一朗氏の社長退任と高原豪久氏への継承創業家二代目への引き継ぎと、指示待ちの組織風土からの脱却2000年壱番屋宗次徳二氏の会長退任と浜島俊哉氏への継承店頭公開を経た創業者夫妻の経営からの退出と、生え抜き社長への承継2000年SGHD栗和田榮一氏が経営権掌握創業家を担いだ反対派の解任動議を退け、代表権を社長1人へ集約

1990年代

1999年大和ハウス工業石橋伸康氏の引責辞任と東郷武氏への継承石橋伸康社長の退任と創業家による路線修正1999年DMG森精機森幸男氏の社長退任と森雅彦氏への継承予定を3年前倒しにした社長交代1999年NEC1万5,000人削減と社長交代過去最大の連結赤字の公表と、金子尚志社長の退任1998年ファミリーマート伊藤忠商事グループ入り大株主の異動による、西友から伊藤忠商事グループへの筆頭株主の交代1997年三菱石油泉井事件で会長辞任山田菊男会長の引責と泉谷良彦社長の続投という責任の分担1997年リクルートHD河野栄子氏が社長就任3代目トップへの交代と、経営陣の世代の入れ替え1997年三菱自動車総会屋事件で中村院政終焉利益供与の発覚が長期支配体制を断ち切り、経営陣の刷新に至った局面1997年松坂屋利益供与事件での引責退陣総会屋への利益供与事件を受けた経営陣の退任と、不採算店舗の閉鎖・人員削減1997年第一勧業銀行総会屋融資の隠蔽発覚取締役21人の辞任と相談役の一掃、外部の目を入れた業務監査体制への移行1997年野村HD総会屋事件とリーガル・スーパーバイザー設置取締役20人の退任と、社外の弁護士が加わる内部管理役員会の新設1996年ローランド檀克義氏が社長就任技術先行の会社を営業出身のプロ経営者に託す第3代への交代1995年トヨタ自動車国内シェア40%の死守販売網の刷新より販促費と海外生産の拡大に資金を配った4年1994年三菱電機構造改革と社長の引責辞任長く3位にとどまった地位からの脱却を掲げた改革と、半導体投資の誤算1993年横浜ゴム萩原晴二氏が社長就任冨永靖雄氏へと受け継がれた、危機感に発するコスト削減と構造改革の10年1993年マルハ中部家三代の同族経営終幕社名の変更と、日本興業銀行出身者への社長職の委譲1992年ミノルタハネウェルとの特許和解陪審評決を受けて控訴を見送り、1億2,750万ドルを支払う決着1992年ヤマハ川上家支配の終わり解任動議と創業家出身社長の退任宣言1992年SGHD東京佐川急便事件で退場創業者・佐川清氏の経営からの退場と、創業者支配の終わり1991年野村HD田淵義久氏の引責辞任と酒巻英雄氏への継承社長・会長の退任と、創業時の精神への回帰を掲げた組織の見直し1990年信越化学工業シンテック方式の全社展開「フル生産、全量販売」を掲げた全社運営の切り替え

1980年代

1970年代

1960年代

1950年代

1940年代

1930年代

1900年代

掛け合わせで見る

創業家からの事業承継41事例

2026年コーセーHDコーセーホールディングスの発足純粋持株会社体制への移行と、創業家以外からの社長選出2025年コーエーテクモHD襟川陽一氏の社長退任と鯉沼久史氏への継承襟川夫妻が15年かけて仕込んだ引き継ぎの仕上がり2025年山九中村公一氏の社長退任と中村公大氏への継承創業家6代にわたる同族承継——中村公一氏からCEO交代2023年ポーラ・オルビスHD横手喜一氏が社長就任創業家3代目からの経営の引き継ぎと、同族による継承の区切り2023年東武鉄道都筑豊氏が社長就任24年続いた社長の座を生え抜きへ渡し、前任が代表権のある会長として残る体制2022年ヨネックス米山有沙氏が社長就任社長職の7年ぶりの創業家復帰と、代表権を会長に残した継承2021年リガクHDカーライルとの共同出資ファンドへの株式譲渡と、創業家持分約20%を残す方式での資本再編2021年タダノ氏家俊明氏が社長就任創業家以外から初めてトップを迎え入れる方式での経営の引き継ぎ2020年ツルハHDグループシナジー路線へ転換グループ共通のプライベートブランドと商品調達の統合による、事業会社の強みとの両立2020年サンリオ辻信太郎氏の社長退任と辻朋邦氏への継承創業60年で初のトップ交代と、第二の創業を掲げた構造改革2019年ロート製薬杉本雅史氏が社長就任創業家が会長として代表権を残し、執行を武田出身の社外人材へ委ねた交代2018年タマホーム玉木康裕氏の社長退任と玉木伸弥氏への継承創業者による経営から、生え抜き第二世代への世代交代2016年ヤマダHD山田昇氏の三度の社長交代創業者が社長を託しては引き取る、9年におよぶ交代と復帰の反復2015年壱番屋ハウス食品の子会社化ルウの供給元を親会社に迎え、上場を残して創業家の株を託す決断2012年神戸物産沼田昭二氏の社長退任と沼田博和氏への継承創業者から次の世代へ、時間をかけて進めた経営の引き渡し2010年セイコーG村野晃一氏の解任と服部真二氏への継承取締役会による創業家出身・服部真二氏の社長登板2008年SANKYO澤井明彦氏が社長就任創業家・毒島家から生え抜きCEO・COO体制・執行役員制度の導入2008年TKC髙田順三氏が社長就任創業家2代目から生え抜き2006年神戸物産大阪証券取引所への無借金上場資金を必要としない会社が選んだ2006年の株式公開2006年オービック野田順弘氏が社長就任大企業向けERPと成果主義の見直しに向けた、創業者の現場復帰2006年ライフコーポレーション岩崎高治氏が社長就任社長職の世襲を退け、自己株式の処分と引き換えに三菱商事から後継を迎えた承継2003年日本マクドナルド藤田商店との提携解消創業者の退場を経た、米本社による直接統治体制への移行2002年任天堂山内溥氏の社長退任と岩田聡氏への継承山内溥氏から次世代への経営権の移譲2001年大塚商会大塚實氏の社長退任と大塚裕司氏への継承創業者・大塚實から長男への世代交代と、データで判断する営業への移行2000年壱番屋宗次徳二氏の会長退任と浜島俊哉氏への継承店頭公開を経た創業者夫妻の経営からの退出と、生え抜き社長への承継2000年SGHD栗和田榮一氏が経営権掌握創業家を担いだ反対派の解任動議を退け、代表権を社長1人へ集約1999年大和ハウス工業石橋伸康氏の引責辞任と東郷武氏への継承石橋伸康社長の退任と創業家による路線修正1999年DMG森精機森幸男氏の社長退任と森雅彦氏への継承予定を3年前倒しにした社長交代1997年松坂屋利益供与事件での引責退陣総会屋への利益供与事件を受けた経営陣の退任と、不採算店舗の閉鎖・人員削減1995年トヨタ自動車国内シェア40%の死守販売網の刷新より販促費と海外生産の拡大に資金を配った4年1993年マルハ中部家三代の同族経営終幕社名の変更と、日本興業銀行出身者への社長職の委譲1992年ヤマハ川上家支配の終わり解任動議と創業家出身社長の退任宣言1989年大林組大林芳郎氏の社長退任と津室隆夫氏への継承大林家による45年の同族支配から非同族経営への転換1988年ライフコーポレーション清水三夫氏の解任と清水信次氏への継承実弟の更迭と引き換えの本業回帰1986年山九中村公三氏の急逝と中村公一氏への継承親会社の経営破綻を受けた35歳・中村公一氏への経営の引き継ぎ1983年ヤマハマッキンゼー助言の事業部制導入事業部制導入と社長直結の指揮系統1982年パイオニア石塚庸三氏の急逝と松本誠也氏への継承トップの突然の不在を埋めるための緊急の経営体制の引き継ぎ1973年ホンダ本田宗一郎氏の社長退任と河島喜好氏への継承創業者2人の同時引退と、本田家の外の生え抜き専務への経営の委譲1961年岡三証券G日本橋江戸橋へ本店移転創業者急逝後の32歳での承継と投資信託部門の分離1949年ファーストリテイリングメンズショップ小郡商事の開業会社組織を持たない個人営業での、宇部市の紳士服小売の開始1947年日本セメント浅野一族が役員退任財閥解体に伴う創業家の経営からの退場と、社名を変更した新体制への移行

取締役会による後継指名28事例

2026年JT筒井岳彦氏が社長就任JT International S.A.の経営を担った後任への引き継ぎ2026年エア・ウォーター千歳喜弘氏が社長就任社外取締役の社長起用と現任取締役8名全員の退任2026年ニデック岸田光哉氏の社長辞任と戒田理夫氏への継承旧執行体制での財務報告をめぐる言動の確認と、再生委員会副委員長への社長交代2026年丸紅指名委員会等設置会社へ移行監査役会設置会社からの転換と、社外10名の取締役会・法定3委員会の新設2025年太陽HDオアシスが取締役解任を提案解任議案は否決されながら、筆頭株主の反対で社長の再任が46.09%で覆った総会2024年ENEOS HDサクセッションプランの再構築社長が6代続けて3年以内に退いた会社の指名の仕組みの見直し2024年ニデック岸田光哉氏が社長就任社外から迎えた経営者への交代と、集団指導体制への移行2024年シャープ沖津雅浩氏が社長就任4年に満たない任期で6代が入れ替わり、指名を社外過半の委員会に委ねる体制2023年メルカリ指名委員会等設置会社へ移行創業CEOが退任したあとの後継の選び方を、先に制度へ預ける機関設計の転換2023年サイバーエージェントサクセッションプラン公表創業者からの世代交代に向けた後継者の選抜と育成の枠組み2023年アイシントヨタ出身トップと指名審議の社外化親会社から4人の社長を迎えた会社での後継選びの仕組みの見直し2023年タムロン特別調査委員会の設置と社長辞任社長の交代と、社外取締役が過半数の取締役会による経費監視2023年東京ガス笹山晋一氏が社長就任社外が過半を占める指名委員会の審議を経た、5年ぶりの代表執行役社長の交代2022年味の素藤江太郎氏が社長就任同じ現地法人出身の3代目と指名委員会への選定権限の移管2021年三菱ケミカルGジョンマーク・ギルソン氏が社長就任化学素材を海外で率いた経営者の招聘と報酬制度の構築2021年みずほFGMINORI障害の頻発度重なるシステム障害と行政処分——経営責任とガバナンス改革への転換2020年ドリームインキュベータ原田哲郎氏がCEO就任創業者と2代目社長の同時退任と、原田・三宅・細野による並立体制の発足2019年アスクルヤフーへの提携解消申入れと社長再任否決支配株主の要求の拒絶による独立性の選択と、創業社長・独立社外取締役3名の退任2018年東芝車谷暢昭氏が会長CEO就任生え抜きによる社長継承の打ち切りと、10年で5人が替わった経営トップ人事2018年伊藤忠商事会長CEO・社長COO体制への移行8年ぶりの社長交代を、最高経営責任者と最高執行責任者の分離として設計した2015年任天堂岩田聡氏の急逝と君島達己氏への継承社長不在の2か月を代表取締役2名で凌ぎ、海外販売畑へ託した承継2008年SANKYO澤井明彦氏が社長就任創業家・毒島家から生え抜きCEO・COO体制・執行役員制度の導入2002年帝人経営諮問委員会で長島徹選出社外委員が社長候補を審査する後継者選抜システムの構築と長島徹社長の選出1997年第一勧業銀行総会屋融資の隠蔽発覚取締役21人の辞任と相談役の一掃、外部の目を入れた業務監査体制への移行1997年野村HD総会屋事件とリーガル・スーパーバイザー設置取締役20人の退任と、社外の弁護士が加わる内部管理役員会の新設1978年オークマ経営情報の開示で再建大隈孝一社長の引責退陣と、大隈武雄社長への交代1973年ホンダ本田宗一郎氏の社長退任と河島喜好氏への継承創業者2人の同時引退と、本田家の外の生え抜き専務への経営の委譲1909年大日本製糖日糖疑獄事件が発覚関税還付の期限延長を狙った代議士買収と粉飾の露見、全重役の辞職と藤山雷太氏の招聘

不祥事による経営陣の退任17事例

2023年ネクステージ営業インセンティブ全廃押し売りの芽を断つ商慣行の見直しと創業者の社長復帰2023年タムロン特別調査委員会の設置と社長辞任社長の交代と、社外取締役が過半数の取締役会による経費監視2021年三菱電機長崎製作所の不正と社長辞任長崎製作所の検査不正発覚と、漆間啓体制での3つの改革2021年みずほFGMINORI障害の頻発度重なるシステム障害と行政処分——経営責任とガバナンス改革への転換2019年積水ハウス地面師事件で会長社長交代議長と招集権者の分離による権限集中の解消と経営体制の刷新2018年日産自動車ゴーン会長の逮捕一人に集まった権力の解体と、指名委員会等設置会社への移行2016年電通G「電通労働環境改革本部」の発足と社長交代書類送検を受けた長時間労働の撲滅と2年間の働き方の見直し2015年東芝利益水増しの発覚と経営陣退任不正会計(不適切会計)の発覚と歴代3社長の引責辞任2007年ブックオフGHD不適切な売上計上と有価証券報告書の訂正役員の近親者が関わる取引の未開示にともなう第13〜15期の訂正と、代表権の一本化1997年三菱石油泉井事件で会長辞任山田菊男会長の引責と泉谷良彦社長の続投という責任の分担1997年三菱自動車総会屋事件で中村院政終焉利益供与の発覚が長期支配体制を断ち切り、経営陣の刷新に至った局面1997年松坂屋利益供与事件での引責退陣総会屋への利益供与事件を受けた経営陣の退任と、不採算店舗の閉鎖・人員削減1997年第一勧業銀行総会屋融資の隠蔽発覚取締役21人の辞任と相談役の一掃、外部の目を入れた業務監査体制への移行1997年野村HD総会屋事件とリーガル・スーパーバイザー設置取締役20人の退任と、社外の弁護士が加わる内部管理役員会の新設1992年SGHD東京佐川急便事件で退場創業者・佐川清氏の経営からの退場と、創業者支配の終わり1991年野村HD田淵義久氏の引責辞任と酒巻英雄氏への継承社長・会長の退任と、創業時の精神への回帰を掲げた組織の見直し1909年大日本製糖日糖疑獄事件が発覚関税還付の期限延長を狙った代議士買収と粉飾の露見、全重役の辞職と藤山雷太氏の招聘

経営体制のほかの論点

問いの一覧へ戻る