宗次徳二氏の会長退任と浜島俊哉氏への継承(2000年・壱番屋の決断)

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論点創業者夫妻の後を誰に託すか
壱番屋:業績の推移
売上高(億円)経常利益率(%)
店頭公開を経た創業者夫妻の経営からの退出と、生え抜き社長への承継

何をなぜ決めたか:店頭公開を経た創業者夫妻の経営からの退出と、生え抜き社長への承継

概要

2000年2月10日、壱番屋は日本証券業協会に株式を店頭登録した。ブックビルディング方式で150万株を1株1,300円で公募し、資本金は14億85百万円となった。その2年後の2002年5月31日、創業者の宗次徳二氏が代表取締役会長を退任し、6月1日に副社長の浜島俊哉氏が代表取締役社長に就任した。社長だった宗次直美氏は、代表権を持たない取締役会長へ移った。

承継は段階を踏んで進んだ。宗次徳二氏は1998年6月に社長を妻の宗次直美氏へ譲り、自らは会長に就任していた。店頭登録から4か月後の2000年6月には、浜島俊哉氏が代表取締役副社長に就任している。上場、後継候補の副社長への選任、社長交代と創業者の退任という順で、創業者夫妻は経営の一線から退いた。

背景

壱番屋は、宗次徳二氏と宗次直美氏の夫妻が1974年10月に開いた喫茶店から始まった。夫妻は1978年1月にカレーハウスCoCo壱番屋を創業し、1982年7月に株式会社壱番屋を設立した。1998年1月に500店舗を達成し、2000年5月期の単体の売上高は252億86百万円と、4期前の1996年5月期の112億24百万円から2倍余りに増えた。

一方、会社の所有と運営は創業者夫妻に集まっていた。2000年5月末の大株主は宗次徳二氏29.0%、宗次直美氏17.6%、夫妻と同じ住所の有限会社ベストライフ15.1%で、上位3者で6割を超えた。店に置いたアンケートはがきは1日に1,000通以上届き、その仕分けに宗次徳二会長が毎日早朝の数時間を充てていた。

内容

宗次徳二氏は『個人の思いで企業の経営を続けていくのは弊害が多い、継続して栄えなければ企業とはいえない。役員にバトンタッチしていこう』と考え、社長の座を役員へ渡す準備を進めた。一人息子の長男に継がせる考えは持っていなかった。2002年4月5日、取締役会は6月に新たな中期経営計画が始まるのに合わせて経営体制を改め、浜島俊哉副社長を社長とすることを決議した。浜島俊哉氏は1980年2月にCoCo壱番屋で働き始め、1982年7月に入社した創業期からの社員である。宗次徳二氏は経営を新社長へ託すことを明確にするため取締役を退き、創業者特別顧問となった。

持ち株も減らした。2001年3月、宗次徳二氏の持ち株のうち114万8千株が有限会社ベストライフへ移り、同社が22.31%の筆頭株主となった。2002年1月には宗次徳二氏が170万株、宗次直美氏が115万株を取引先へ売却し、親族を含む創業家個人の持ち株比率は43.85%から24.35%へ下がった。

含意

承継は、既存店の売上高が減少した時期と重なった。2002年1月の中期経営計画は、2001年5月期の既存店売上高が前年比96.8%だったことを踏まえ、2004年12月末までの1,000店舗達成を目標に掲げた。浜島俊哉社長のもとで、壱番屋は2004年12月に1,000店舗を達成し、2004年3月に東京証券取引所と名古屋証券取引所の市場第二部へ、2005年5月に両市場の第一部へ移った。

業績も伸びた。社長交代の直前の2002年5月期に289億26百万円だった単体の売上高は、2005年5月期に334億89百万円となり、経常利益は23億78百万円から30億36百万円へ増えた。創業者夫妻は経営に戻らず、2002年7月には残る持ち株を安定株主として長期保有する予定を示した。

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考察:上場を先に済ませた創業者の退き方
考察

考察:上場を先に済ませた創業者の退き方

なぜ宗次徳二氏は、53歳で経営から退いたのか。業績は伸びており、退く理由は経営の不振ではなかった。長男に継がせる考えがない以上、後継者は社内の役員から選ぶほかない。そこで先に株式を公開し、社長の選び方も持ち株の行方も株主の目にさらされる会社にしたのだと思われる。上場、副社長の選任、社長交代という順序は、創業者夫妻が去っても会社が続く体制を、先に整えるための手順だった。

もっとも、創業者が去れば、創業者が自ら担ってきた仕事の担い手も替わる。1日1,000通を超えるはがきを会長が毎朝仕分ける経営は、後任がそのまま引き継げるものではない。しかも承継の時期は、既存店の売上高が減少した時期と重なった。2001年5月期の既存店売上高は前年比96.8%にとどまり、単体の経常利益も、2000年5月期から2002年5月期までほぼ横ばいだった。退くには悪い時期だったともいえる。

決断から20年以上がたち、この承継は成功だったと判断できる。浜島俊哉社長のもとで、壱番屋は中期経営計画の目標どおり2004年12月に1,000店舗を達成した。単体の経常利益は、交代前の2002年5月期の23億78百万円から、2005年5月期には30億36百万円へ増えた。2005年5月には東証一部へ移った。創業者夫妻は持ち株を残しつつ経営には戻らず、生え抜きの社長に任せた形を崩さなかった。

Yutaka Sugiura, 2026年7月
数字で見る1表

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図と表

壱番屋:売上高と経常利益の推移(単体)

売上高(百万円)経常利益率(%)

経常利益は社長交代後の3期で23億円台から30億円台へ増加

壱番屋:売上高と経常利益の推移(単体)
(百万円)売上高経常利益備考
1996年5月期11,224927第14・15期は監査法人の監査を受けていない
1997年5月期15,8691,298
1998年5月期20,2701,140
1999年5月期23,5982,6531998年6月に宗次直美氏が社長に就任した期
2000年5月期25,2862,2892000年2月10日に株式を店頭登録
2001年5月期27,6342,292
2002年5月期28,9262,3785月31日に宗次徳二氏が会長を退任
2003年5月期30,2502,7496月1日に浜島俊哉氏が社長に就任した期
2004年5月期32,2482,6792004年3月に東証・名証の市場第二部に上場
2005年5月期33,4893,0362004年12月に1,000店舗を達成
出所:壱番屋 有価証券報告書 第18期(2000年5月期)【主要な経営指標等の推移】 / 壱番屋 決算短信 平成14年5月期 個別財務諸表の概要(2002年7月23日) / 壱番屋 有価証券報告書 第24期(2006年5月期)【主要な経営指標等の推移】
出所:壱番屋 有価証券報告書 第18期(2000年5月期)【主要な経営指標等の推移】 / 壱番屋 決算短信 平成14年5月期 個別財務諸表の概要(2002年7月23日) / 壱番屋 有価証券報告書 第24期(2006年5月期)【主要な経営指標等の推移】
参考文献

参考文献

参考
  • 壱番屋 有価証券報告書 第18期(2000年5月期)【発行済株式総数、資本金等の推移】【沿革】
  • 壱番屋 有価証券報告書 第18期(2000年5月期)【役員の状況】
  • 壱番屋 有価証券報告書 第18期(2000年5月期)【沿革】
  • 壱番屋 有価証券報告書 第18期(2000年5月期)【主要な経営指標等の推移】
  • 壱番屋 有価証券報告書 第18期(2000年5月期)【大株主の状況】
  • 証券アナリストジャーナル 2000年3月号 別冊付録
  • 2020 AIM 187号(2000年12月)「カレーハウス「CoCo壱番屋」のユニークなビジネス・デザイン創造」桑原聡子
  • 壱番屋 有価証券報告書 第24期(2006年5月期)【沿革】
  • 壱番屋 有価証券報告書 第24期(2006年5月期)【主要な経営指標等の推移】
  • 壱番屋 有価証券報告書 第18期(2000年5月期)【発行済株式総数、資本金等の推移】
  • 壱番屋 適時開示「主要株主である筆頭株主の異動について」
  • 壱番屋 適時開示「中期経営計画について」
  • 壱番屋 適時開示「主要株主の異動について」
  • 壱番屋 適時開示「代表取締役の異動に関するお知らせ」
  • 壱番屋 適時開示「主要株主ならびに筆頭株主の異動に関するお知らせ」
  • 壱番屋 決算短信「平成14年5月期 個別財務諸表の概要」
  • 壱番屋 有価証券報告書「第18期(2000年5月期)【主要な経営指標等の推移】【沿革】【発行済株式総数、資本金等の推移】【大株主の状況】【役員の状況】」
  • 壱番屋 有価証券報告書「第24期(2006年5月期)【主要な経営指標等の推移】【沿革】」

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