栗和田榮一氏が選び取ったのは、対立した相手を制度の内側で排除し、代表権を自らに集めるという統治のかたちであった。創業家の出身でありながら実父とあえて距離を置き、会社の存続を最優先に据えてきた栗和田榮一氏のそれまでの選択の延長線上に、この一連の対応があっただろう。
もっとも、代表権を1人に集めるという選択は、経営体制の集中を意味すると同時に、その後の後継問題を長く栗和田榮一氏個人へ結びつける構造も残した。2021年に栗和田榮一氏が社長職へ復帰した経緯は、20年前のこの派閥一掃が創業家中心の統治から容易に離れられない構図を後々まで残したことを示しているといえる。