リガク・ホールディングスカーライル・グループとの共同出資による株式譲渡と、創業家持分約20%の残置
全部を売るか、一部を残すか——後継者を社内に置かなかった創業家二代目は、従業員の離散をどう避けようとしたか
- 概要
- 2021年1月6日、カーライル・グループが株式会社リガクの全発行済株式を新設持株会社を通じて取得することで合意したと公表した。売り手は全株式を保有していた創業家二代目の志村晶氏で、持株会社への出資はカーライル約80%、志村晶氏約20%の共同出資であった。事業会社への完全売却を選ばず、約20%を残して共同出資者として資本にとどまった事業承継である。
- 背景
- 志村晶氏は1971年、マサチューセッツ工科大学に在学したまま父・志村義博氏の急逝を受けて社長に就き、以来リガクの全株式を保有して経営にあたった。後継者を社内に置いておらず、引き継ぎ方を10年ほど考えていた。感染症の流行で経営の統率を保つことが課題となり、親族での継承は内紛への懸念から外れた。
- 内容
- 2020年12月にカーライルの投資ビークルAtom Investment, L.P.がアトム・ホールディングスを設立し、2021年3月にリガク株式の過半を取得してリガク・ホールディングスへ商号を変え、同年4月に株式交換で完全子会社化した。取得金額は非公表で、買収資金の大部分はLBOローンによった。志村晶氏は2023年2月まで社長にとどまり、後任は川上潤氏である。
- 含意
- 連結売上収益は2022年12月期の627億円から2024年12月期の906億円へ、営業利益は63億円から183億円へ増えた。2024年10月25日に東証プライム市場へ上場したものの、公募のない全額売出しで、初値1,205円は公開価格1,260円を4.4%下回った。従業員の離散を避けるための共同出資は、LBOローンの財務制限条項という制約とともに残った。
売り切らなかったことの意味
志村晶氏が手放さなかったのは、リガクの約20%であった。事業会社へ全部を売れば従業員が散るという判断から出発した以上、買い手を選ぶ基準は価格ではなく従業員の扱いになる。その基準を守らせる立場は、資本に残ることでしか確保できない。約20%は経営を支配する量ではないが、独立した企業集団として維持するという約束の履行を見届けるには足りる。売却額を最大化する道から一歩引いた設計であったとみることができる。
もっとも、この設計に代価がなかったわけではない。買収資金として組んだLBOローンは会社の側に残り、経常利益の二期連続赤字を禁じる条項が承継の翌期から経営を縛った。2024年10月の上場も、公募のない全額売出しで初値が公開価格を4.4%下回り、市場は三年半の成長をそのままの値では引き取らなかった。従業員を守るための選択の勘定は、会社の財務と上場時の評価へ付け替えられていたといえる。
Yutaka Sugiura, 2026年8月
背景
全株式を一人が持ち、後継者は社内にいなかった
承継の設計が難しかったのは、志村晶氏が後継者を会社に入れていなかったためである。事業を誰にどのような形で引き継ぐかを10年ほど考えていたと、後に買い手となったカーライル・グループの日本法人は説明している。社長就任から50年目にあたる2021年、リガクの製品は90か国を超える国へ納入され、X線回折と蛍光X線の分野で国内首位を占めていた。事業の広がりに対して、株主は一人のままであった[3][4]。
感染症下で先送りできなくなった三つの選択肢
2020年に広がった感染症は、この問題を先送りできない位置へ押し出した。志村晶氏が後に挙げた理由の一つは、感染症の流行下で経営の統率を保つことが課題になっていた点である。もう一つは、親族での経営を続ければ内紛を招きかねないという懸念であった。創業家の資本と経営をそのまま次の世代へ渡す道は、この二つの理由から早い段階で外れた[5]。
残る道は、事業会社への売却か、投資ファンドとの取り組みかであった。志村晶氏は、事業会社へ完全に売却すれば従業員が散ってしまうと判断した。買い手選びの基準として挙げたのは値段ではなく、従業員を主役にしてくれることであった。カーライル・グループが示した成長の筋道も、独立した企業集団としての維持を先頭に、アジア高成長市場での拡大、新製品の投入、外部からの経営幹部の招聘、持株会社の数年以内の上場が並んでいた[6][7]。
決断
約20%を残す共同出資という設計
2020年12月、カーライルの投資ビークルであるAtom Investment, L.P.が、東京都千代田区丸の内にアトム・ホールディングスを設立した。カーライル・グループが株式会社リガクの全発行済株式を新設持株会社を通じて取得することで合意したと公表したのは、2021年1月6日である。投資に使われたのは日本向けバイアウトの第4号ファンドであった。取得金額は当事者のいずれも公表しておらず、1000億円規模という数字は日本経済新聞の報道による[8][9]。
10年かけた買い手選びと、二年続いた社長職
買い手との関係は、この取引のために結ばれたものではない。カーライル・ジャパンの日本代表とはマサチューセッツ工科大学の同窓という縁があり、接点は約10年前にさかのぼる。2019年には東京でカーライルの共同創業者ビル・コンウェイ氏と会談し、話が具体化した。志村晶氏自身も、カーライルとは過去10年にわたって信頼関係を築いてきたとコメントしている[12][13]。
結果
傘下三年半で伸びた売上と利益
カーライル傘下のリガクは、売上と利益をそろえて伸ばした。連結売上収益は2022年12月期の627億円から2023年12月期798億円、2024年12月期906億円へ増え、営業利益は同じ三期で63億円、152億円、183億円と推移した。従業員は2022年12月期末の1,575人から2024年12月期末の1,867人へ増えた。会社は2021年3月期から2024年12月期までの3.75年間の売上収益の年平均成長率を21%と開示している[16][17]。
伸びの中身には、買収時に掲げた筋道がそのまま現れている。2021年8月、株式会社リガクはオランダのMILabs B.V.を買収し、前臨床向けイメージング装置を通じてライフサイエンス領域へ本格的に入った。2022年から2024年にかけては英国・フランス・インド・ブラジルへ販売会社を置き、米国の5社をRigaku Americas Holding, Inc.へ吸収合併して北米の運営を一本化した。海外売上収益比率は2024年12月期で73%に達した[18][19]。
LBOローンの重みと、公募のない上場
共同出資の裏側には、買収資金として組んだLBOローンがあった。契約には、連結の経常利益が二期連続で赤字になる状態を生じさせないこと、連結の純資産を前期実績の75%以上に維持することという二つの財務制限条項が付き、抵触すれば期限の利益を失って一括返済を求められる。借入金は2025年12月末でも555億円あり、資本合計の62.8%に相当する[20][21]。
2022年9月末、リガク・ホールディングスはLBOローンの借換えを実施した。財務制限条項は残ったものの、その他の条件は一般のコーポレート・ローンと同水準へ改まった。上場は2024年10月25日、東京証券取引所プライム市場である。公募はなく全額が売出しで、公開価格1,260円に対する初値は1,205円と4.4%下回った。2024年12月末の持分はカーライル側が42.23%、志村晶氏が11.32%で、双方が売出しに応じている[22][23][24]。
- カーライル・グループ プレスリリース 2021年1月6日「カーライル、X線分析・測定・検査機器大手の株式会社リガクの株式を取得」
- 日本経済新聞(2021年1月6日)「カーライル、リガクへの投資を発表 1000億円規模」
- 日刊工業新聞 2021年1月25日「X線分析装置世界大手の中小企業、米カーライルの出資を受け入れ」
- MARR 2021年5月号「X線分析・測定・検査機器のトップメーカー『リガク』がカーライルと組んで描く成長戦略」(2021年4月15日)
- 株式会社リガク プレスリリース 2021年8月3日「リガク、ライフサイエンス向けイメージング機器メーカーのMILabsを買収」
- 株式会社リガク プレスリリース 2023年1月25日「リガク代表に川上潤氏が就任」
- リガク・ホールディングス「コーポレート・ガバナンスに関する報告書」2024年9月20日
- Bloomberg(2024年10月24日)「X線分析のリガクHD、初値は公開価格割れ-東京メトロに続けず」
- リガク・ホールディングス「中期経営計画ハイライト(2025年2月開示版)」2025年3月19日
- リガク・ホールディングス 有価証券報告書(2024年12月期)
- リガク・ホールディングス 有価証券報告書(2025年12月期)
- 日本プライベート・エクイティ協会「2024年度JPEAアウォード 受賞案件インタビュー(エグジット賞)」2026年2月17日