堀場製作所 の歴史

更新: Author:

創業 1945年
創業者 堀場雅夫
創業地 京都府京都市
創業
1945年、京都帝国大学理学部に在学していた堀場雅夫氏が京都市で堀場無線研究所を開設した。1950年には輸入品が主流だったpH計の国産化に取り組み、国産初のガラス電極式pHメータを完成させる。1953年1月、資本金100万円で株式会社堀場製作所を設立し、本社を京都市中京区に置いた。1957年11月に吉祥院工場を開設して生産の拠点を整え、1959年11月には日立製作所と業務・技術提携を結び、日立-堀場という連名ブランドで売る体制をとる。1965年11月には自動車排ガス測定装置の販売を始めた。1971年3月に大阪証券取引所市場第二部と京都証券取引所へ上場し、1982年9月に東京・大阪両取引所の第一部へ指定替えとなった。
決断
30年かけて5つに分けた事業区分を、2024年に3つへまとめ直した。自社では1950年の国産初のガラス電極式pHメータを完成させた計測器専業への転換、1965年の赤外線分析計を転用した自動車排ガス測定装置の事業化が起点にある。1992年に堀場厚氏が社長へ就任してからは買収で領域を増やし、1996年6月にフランスABX社を取得して医用へ、2005年9月に独シェンク・ペガサスで自動車試験へ、2015年7月にMIRA社の試験事業で自動車開発の受託へ広げた。こうして自動車・プロセス&環境・医用・半導体・科学の5区分が固まる。2024年からの中期経営計画では、これをエネルギー・環境、バイオ・ヘルスケア、先端材料・半導体の3区分へ組み替えた。顧客の産業名で分けていた区分を用途の系統でくくり直したことが、社外向けの区分から自動車という単独の産業名を消し、半導体側の比重を前面へ据えた。
現況
1996年に買収して広げた医用の事業は、現在も営業損失を出している。2025年12月期の連結売上高は3,330億円、営業利益530億円、当期純利益371億円だった。区分別では先端材料・半導体が売上1,565億円・営業利益445億円、エネルギー・環境が1,344億円・94億円、バイオ・ヘルスケアは422億円で8.9億円の営業損失だった。この損失は2024年12月期も同額で、ABX社の取得から30年を経ても採算に達していない。地域別ではアジア795億円、日本767億円、欧州721億円、中国595億円、米国376億円と分かれ、日本は23%にとどまる。半導体向けの計測が営業利益の84%を生んだことが、排ガスと血液の分析で広げてきた会社の業績を、半導体の設備投資の循環へ結び直した。
競合
買収で入った市場では、いずれも先に立つ相手がいた。自社で育てた領域は事情が違い、1979年時点で自動車排ガス測定機器の約8割を占め、子会社の堀場エステックはガス流量を制御するマスフローコントローラで1990年代末に世界首位の32%を持ち、米アプライド・マテリアルズや東京エレクトロンへ納めていた。一方、1996年に取得したABX社は血球計数装置の世界5位で、この分野では機器と専用試薬をセットで売る業態を設計したシスメックスが規模を先に取っている。2005年の自動車試験装置も2015年の開発受託も、欧米の専業がすでに置かれた領域である。分析計測の技術を持ち込める範囲で会社を取得し、その分野の首位までは求めなかったことが、自前で育てた計測が利益を生み、取得した事業が損失を出す現在の構成を作った。
堀場製作所:長期業績の推移(売上高・利益率)売上高(億円純利益率(%)
1996年3月期2025年12月期

創業ストーリー 京都の理化学機器メーカーとしての創業と上場 (1953年〜)

1953年創業──個人創業から株式会社化、自動車排ガス測定への着手

堀場製作所の創業者は1924年生まれの堀場雅夫氏で、京都帝国大学(現京都大学)理学部の在学中に堀場無線研究所を1945年に開設した経歴を持つ。1950年には輸入品が主流だったpH計の国産化に取り組み、国産初のガラス電極式pHメータを完成させた[1]。1953年1月、資本金100万円で株式会社堀場製作所を設立し、本社[2]を京都市中京区に置いた。京都発の理化学機器メーカーとして事業を開始し、設立当初の事業はpHメーター・分析計など基本的な計測機器の製造販売であった。1957年11月には吉祥院工場(現本社工場、京都市南区)を開設[3]して主力生産拠点を整備し、1959年11月には株式会社日立製作所と業務及び技術提携を結ぶことで大手電機との提携を通じた技術基盤の強化に着手した。[4]

  • おもしろおかしく25年(堀場製作所, 1978年1月)
    • [1]1950年(昭和25年3月)国産初のガラス電極式pHメータを完成(堀場無線研究所時代)
  • 堀場製作所 有価証券報告書【沿革】
    • [2]1953年1月 資本金100万円で株式会社堀場製作所を設立、本社は京都市中京区
    • [3]1957年11月 吉祥院工場(現本社工場、京都市南区)を開設
    • [4]1959年11月 株式会社日立製作所と業務及び技術提携

1965年9月に本社を京都市南区(現在地)へ移転[5]して本社機能を統合し、1965年11月には自動車排ガス測定装置の販売を開始した[6]。自動車排ガス測定装置の取り扱いは[7]、後に堀場製作所の主力事業の一つとなる自動車計測分野の起点であり、1960年代の日本のモータリゼーション本格化と並走する形で新規領域への参入が始まった。1970年3月には株式の額面を50円に変更[8]する目的で旧日本藺製品株式会社との形式合併(株式会社堀場製作所への商号変更)を実施し、上場準備のための株主整理にあたる組織再編を完了した。

  • 堀場製作所 有価証券報告書【沿革】
    • [5]1965年9月 本社を京都市南区(現在地)に移転
    • [6]1965年11月 自動車排ガス測定装置の販売を開始
    • [7]自動車排ガス測定装置は後の主力事業(自動車計測)の起点
    • [8]1970年3月 株式額面を50円に変更するため株式会社堀場製作所(旧日本藺製品株式会社)と形式合併
  • おもしろおかしく25年(堀場製作所, 1978年1月)
    • [1]1950年(昭和25年3月)国産初のガラス電極式pHメータを完成(堀場無線研究所時代)
  • 堀場製作所 有価証券報告書【沿革】
    • [2]1953年1月 資本金100万円で株式会社堀場製作所を設立、本社は京都市中京区
    • [3]1957年11月 吉祥院工場(現本社工場、京都市南区)を開設
    • [4]1959年11月 株式会社日立製作所と業務及び技術提携
    • [5]1965年9月 本社を京都市南区(現在地)に移転
    • [6]1965年11月 自動車排ガス測定装置の販売を開始
    • [7]自動車排ガス測定装置は後の主力事業(自動車計測)の起点
    • [8]1970年3月 株式額面を50円に変更するため株式会社堀場製作所(旧日本藺製品株式会社)と形式合併

1971年大証2部上場と東証一部指定──公開市場参入とビジネス基盤拡張

1971年3月、堀場製作所は大阪証券取引所市場第二部・京都証券取引所に株式を上場し、創業から18[9]年で公開市場への参入を果たした。同年9月には日製産業株式会社との販売提携を開始し[10]、販売チャネルの強化に着手した。1972年6月には欧州事務所(ドイツ)を発展的に閉鎖して現地法人ホリバGmbH(現 ホリバ・ヨーロッパ社)を設立[11]、1973年4月にはアメリカに現地法人ホリバ・インスツルメンツ社(アメリカ)を設立[12]、1977年10月にはイギリスに現地法人ホリバ・インスツルメンツ社(現 ホリバ・UK社)を設立[13]と、1970年代に欧州・米州・英国の3地域で現地法人を連続的に設置した。

  • 堀場製作所 有価証券報告書【沿革】
    • [9]1971年3月 大阪証券取引所市場第二部・京都証券取引所に株式上場(1953年1月設立から18年=本文の「創業から18年」と整合)
    • [10]1971年9月 日製産業株式会社と販売提携
    • [11]1972年6月 欧州事務所(ドイツ)を発展的に閉鎖し現地法人ホリバGmbH(現 ホリバ・ヨーロッパ社)を設立
    • [12]1973年4月 アメリカに現地法人ホリバ・インスツルメンツ社を設立
    • [13]1977年10月 イギリスに現地法人ホリバ・インスツルメンツ社(現 ホリバ・UK社)を設立

1974年3月には東京証券取引所市場第二部に株式を上場し[14]、東京市場への参入を果たした。1982年9月には東京、大阪両証券取引所市場第一部銘柄に指定され、大証2部上場から11年で[15]大企業としての位置付けを得た。1984年9月には結晶工場(京都市南区)を新設して光学結晶の量産体制を整え[16]、光学技術の生産能力を国内に持った。1988年12月には韓国に現地法人ホリバ・コリア社を設立[17]し、アジア市場進出への足がかりを築いた。1970年代の欧米進出から1980年代のアジア進出へと地域別の海外展開が広がり、京都発の理化学機器メーカーが国際的な事業ネットワークを持つ基盤が形成された。

  • 堀場製作所 有価証券報告書【沿革】
    • [14]1974年3月 東京証券取引所市場第二部に株式上場
    • [15]1982年9月 東京・大阪両証券取引所市場第一部銘柄に指定(1971年3月の大証2部上場から11年=本文と整合)
    • [16]1984年9月 結晶工場(京都市南区)を新設し光学結晶の量産体制を確立
    • [17]1988年12月 韓国に現地法人ホリバ・コリア社を設立
  • 堀場製作所 有価証券報告書【沿革】
    • [9]1971年3月 大阪証券取引所市場第二部・京都証券取引所に株式上場(1953年1月設立から18年=本文の「創業から18年」と整合)
    • [10]1971年9月 日製産業株式会社と販売提携
    • [11]1972年6月 欧州事務所(ドイツ)を発展的に閉鎖し現地法人ホリバGmbH(現 ホリバ・ヨーロッパ社)を設立
    • [12]1973年4月 アメリカに現地法人ホリバ・インスツルメンツ社を設立
    • [13]1977年10月 イギリスに現地法人ホリバ・インスツルメンツ社(現 ホリバ・UK社)を設立
    • [14]1974年3月 東京証券取引所市場第二部に株式上場
    • [15]1982年9月 東京・大阪両証券取引所市場第一部銘柄に指定(1971年3月の大証2部上場から11年=本文と整合)
    • [16]1984年9月 結晶工場(京都市南区)を新設し光学結晶の量産体制を確立
    • [17]1988年12月 韓国に現地法人ホリバ・コリア社を設立

API for AI Agents — 認証不要、URLをGETするだけで機械可読なJSONをトークン消費を抑えつつ取得できます。

堀場製作所の沿革1953〜2025年における主な出来事を抜粋

時代年月社長・CEO出来事重要度
1953〜1991年京都の理化学機器メーカーとしての創業と上場堀場無線研究所の創業と株式会社堀場製作所への法人化

1945年、京都大学理学部在学中の堀場雅夫氏が私設の堀場無線研究所を開き、1953年1月に生産設備を引き継いで資本金100万円の株式会社堀場製作所へ法人化した判断。大学発の技術者が自前の研究所を企業へ育てた、学生ベンチャーの草分けにあたる。

詳細を読む
★★★
吉祥院工場を新設
国産初のガラス電極式pHメータ完成と計測器専業への転換

1950年、堀場無線研究所が国産初のガラス電極式pHメータを完成させ、輸入品に頼っていた酸・アルカリ度の測定器を国産で供給する道を開いた判断。断念した電解コンデンサ事業に代わる主力製品を得て、以後の計測器専業への転換点となった。

詳細を読む
★★★
本社を移転
自動車排ガス測定装置の事業化

1965年、堀場製作所が自動車排ガス測定装置の販売を始め、pHメータや赤外線ガス分析計で培った分析計測技術を自動車という新市場へ向けた判断。この装置は後の主力事業となる自動車計測分野の始まりにあたり、堀場を世界的な分析機器メーカーへ押し上げる代表的な製品となった。

詳細を読む
★★★
堀場製作所と合併
大阪証券取引所市場第二部・京都証券取引所に上場
日製産業と販売提携
ホリバGmbHを設立
ホリバ・インスツルメンツ社を設立
東京証券取引所・大阪証券取引所一部銘柄に指定
結晶工場で光学結晶量産体制を確立
子会社(ホリバ・コリア)を設立
1992〜2017年堀場厚社長在任中のグローバル化とM&A連続──5セグメント体制の確立堀場厚中国・北京事務所を開設
堀場厚ABX社を買収★★
堀場厚子会社設立
堀場厚インスツルメンツ社を買収
堀場厚愛宕物産(堀場ジョバンイボン)を買収★★
堀場厚子会社を設立
堀場厚シェンク・ペガサス(独・米・韓・日)を買収(自動車テスト事業を取得)★★
堀場厚子会社(ホリバ・インド)を設立
堀場厚ホリバ・ヨーロッパ・HD(仏)を設立
堀場厚びわこ工場を新設、大型製品の量産体制確立
堀場厚キャメロンより計測事業部門を買収
堀場厚MIRAより自動車開発エンジニアリング事業を買収★★
堀場厚びわこ工場を増設、ガス計測部門の生産・開発を強化
堀場厚水質・液体分析機器事業を堀場アドバンスドテクノに承継
2018〜2025年足立正之社長在任中の「MLMAP2023」達成と「MLMAP2028」始動足立正之ロームより微量血液検査システム事業を買収
足立正之MedTest Holdingsを買収
足立正之MIRA UGV社を設立
足立正之Process Instruments社を買収
足立正之EtaMaxを買収
出典・参考
  • 堀場製作所 有価証券報告書【沿革】
  • おもしろおかしく25年(堀場製作所, 1978年1月)

免責事項およびポリシー