機器と試薬をセットで売る「計数結果を売る会社」への業態設計

装置を売り切るか、使われ続ける限り稼ぐか——血液検査の収益モデルをどう定めたか

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時期 1985
意思決定者 中谷太郎(創業者)・橋本禮造 社長
論点 事業モデルの定義(売り切りかリカーリングか)
概要
血球計数器を国産化した東亞医用電子(現シスメックス)が、機器を売り切るのではなく、機器(ハード)と専用試薬(消耗品)をセットで売り、据え置き後も検査のたびに試薬が継続して売れる「計数結果を売る会社」へと業態を設計した判断。今日の高収益・リカーリングモデルの型である。
背景
血球計数という検査は、装置だけでは成り立たず、血液を希釈・溶血させる専用試薬が要る。国産化で国内首位に立っても、機器を一度売れば終わりの売り切りでは、4〜5年ごとの買い替えと価格競争に業績が左右された。
内容
希釈液・溶血剤・洗浄剤などの試薬や検体容器を自前で商品化し、機器と消耗品をひと組で販売。一県一代理店制でメーカーが保守と試薬供給に直接あたり、試薬の専用工場を構えて装置と消耗品の双方を内製した。自社ブランドSysmexで押し通した。
含意
装置を売る会社ではなく、その装置が生む「計数結果」を継続して売る会社と自らを定義した。据え置き後7〜8年は試薬が売れる収益の型が、神戸の中堅を世界首位級の高収益企業に育てる基盤となった。
筆者の見解

装置ではなく、結果を売る

この判断の芯は、自社を何を売る会社と定義したかにある。血球計数器のメーカーであれば、より速く正確な装置を作って売ることに向かうのが自然である。だが東亞医用電子は、装置そのものより、その装置が生む「計数結果」を売る会社だと自らを定義した。機器を入口に、試薬という消耗品で継続して稼ぐこの型は、装置単体の性能競争から一歩引いた場所に事業の重みを置く選択であったとみることができる。

消耗品で継続課金する仕組みは、今日ではサブスクリプションの名で広く知られる。だが血液検査という、装置と専用試薬が分かちがたい領域で、創業まもない中堅がこの型を早くから徹したことの意味は小さくない。売り切りの規模を追うより、使われ続ける関係から稼ぐ——シスメックスが世界で選ばれ続ける利益体質の原点は、この地味な業態の選びにあったといえる。

Yutaka Sugiura, 2026年7月

背景

機器だけでは完結しない検査

血球計数という検査は、機械を据えるだけでは成り立たない。血液を希釈し溶血させる専用の試薬を使って、はじめて赤血球や白血球の数が測れる。1964年に阪大医学部の協力で自動血球計数器を国産化した東亞医用電子は、装置そのものだけでなく、希釈液・溶血剤・洗浄剤といった試薬や検体容器まで自前で商品化した。機器という装置と、検査のたびに要る試薬という消耗品を、ひと組で扱う会社として出発した[1]

国産化で国内首位に立ったとはいえ、機器を一度売れば終わりでは、業績は買い替えの波に左右される。血球計数器はおよそ4〜5年で買い替えられる装置で、台数の勝負に持ち込めば、米コールター社や三菱化成・日本テクニコンといった内外のメーカーがひしめく市場で価格競争に巻き込まれる。装置を据えたあとも継続して稼げる仕組みがなければ、神戸の中堅が世界の大手と伍していくのは難しかった[2]

決断

「計数結果を売る会社」という定義

東亞医用電子が選んだのは、装置を売る会社ではなく「計数結果を売る会社」になることであった。機器というハードと試薬というソフトをセットで売り、一県一代理店制でメーカーが保守と試薬供給に直接あたる。装置を据え置いたあとも、検査のたびに試薬が継続して売れる収益の型をこしらえた。1978年には試薬の専用工場を兵庫県夢前町に新設し、機器を担う加古川工場と合わせて、装置と消耗品の双方を内製する体制をそろえた[3][4]

同社はこの型を、自社ブランドで押し通した。輸入商社が海外機を扱う市場で、メーカーとして親身の保守を提供し、製品ブランド「Sysmex」を掲げて自主独立の道を選んだ。1983年の秋には全自動の血球計数装置「Eシリーズ」を1台1,850万円から3,750万円まで4タイプ一度に投入し、小さな診療所から大病院まで検査量の異なる需要へ品揃えで応えた。機器の性能を上げることと試薬を継続して売ることが、収益を押し上げる両輪となった[5][6]

結果

据え置いた後に長く稼ぐ収益構造

このリカーリング型は、装置を据え置いたあとに長く稼ぐ構造を会社に与えた。機器を納めれば7〜8年は専用試薬の供給が続き、検査の件数に応じて安定した収益が入る。後に社長・会長を務めた家次恒氏は、売上で最も大きな比重を占めるのが試薬であり、次に機器、サービスと続くと語っている。装置の売り切りではなく、使われ続ける限り課金される仕組みが、業績の底を支えた[7]

創業期に固めたこの型は、今日のシスメックスの高収益の芯となった。血球計数を軸に血液凝固や尿沈渣へ検査の領域を広げても、機器と試薬をセットで売る仕組みは変わらず、2025年3月期には連結売上高が5,000億円を超えた。神戸の中堅が体外診断で世界首位級に立てた背景には、装置ではなく「結果」を継続して売るこの収益の型があった[8]

出典・参考
  • 毎日新聞大阪本社経済部編『シェア第一位 小さなガリバー』(毎日新聞社・1985年)
  • 日刊工業新聞神戸支局編『Key persons Kobe 神戸の経営者群像』(日刊工業新聞社・1991年)
  • 矢野経済研究所『注目ME機器の企業戦略と医療環境の徹底分析』(1982年)
  • 日本能率協会「シスメックス株式会社 家次恒氏 講演録」(2024年7月19日)
  • シスメックス 有価証券報告書【沿革・2025年3月期(連結・IFRS)】