決断
顧客のところへ売りに行かず、伊勢原へ呼び寄せてきた。1960年4月に営業部門をエーエム商事として分離し、1964年2月に本体へ吸収合併したうえで、1965年から代理店を通さない直接販売網の構築に着手した。代理店へ払う15〜20%のマージンより、顧客を全国から呼ぶ交通費と宿泊費のほうが安いという計算に立っていた。1974年には無料のアマダスクールを設け、展示場での商談は売上高の8割を占めるに至る。1990年には展示場を加工ノウハウの収集の場へ読み替え、販売済みの6万件を大型コンピューターに蓄えた。呼び寄せた顧客から集めた加工条件が、機械が同質化したあとの商品になった。
2025年1月 エイチアンドエフとビアメカニクス買収
のれんと無形資産2024 2025 2026 のれん(百万円) 6,781 6,748 31,104 無形資産(百万円) 12,610 12,270 24,184 1974年 園池製作所の株式取得
園池製作所の株式取得受注急増で生産能力の限界に達したアマダが、新工場建設を避け、不振同業の買収と生産特化によって規模拡大と再建を同時に進めた経営判断同じ経営論点に直面した企業 | M&A・買収業績の推移1973 1974 1979 売上高(億円) 184 283 607 純利益率(%) 13.7 13.8 7.4