決断
実験・研究用の機器をやめ、環境試験の専用機に絞った。1950年代後半にテレビが普及すると、電機メーカーは部品や製品の信頼性を確かめる試験を求め、米軍調達品の試験規格を借りて試験を始めた。研究用の機器を転用すると試験に合わない点が次々に出たため、田葉井製作所は1960年ごろから研究用機器の生産を一時止め、専用機の開発に人と資金を寄せた。1961年1月には恒温恒湿器の製造・販売を開始し、国内で初めてこの分野に参入した。1974年8月に京都府福知山市へ工場を建設し、標準化した製品の生産をそこへ集めた。