志村義博
リガク・ホールディングス・元代表取締役社長
社長就任 1951年
生年月日 —
学歴 —
出自 —
社長就任までの出自
出自
志村義博氏は1951年12月に設立された理学電機の初代社長である。設立は何も無いところからの創業ではなく、戦前からあった旧理学電機を整理したうえでの再出発だった。経営者でありながら研究者の側に身を置き、自ら大学の研究室へ足を運んで研究動向を聞いて回った。1960年12月には東京大学から工学博士の学位を受け、論文の題は「連続自動記録高低温X線回折装置の研究とその冶金学的応用」で、自社が売る装置そのものが研究対象だった。
社長に選ばれた経緯
抜擢
初代社長であり、前任はいない。設立の時点で日本にX線装置が無かったわけではなく、島津製作所は1950年にX線回折装置SX-50形を出している。足りなかったのは自動で記録する装置のほうで、1949年に輸入品として現れた自動記録式X線回折装置に国産品はまだ無かった。理学電機が分析機器年表に最初に載るのは1952年の回転対陰極形X線発生装置ロータフレックスである。就任の経緯を伝える資料は無い。
在任中の主な施策
施策
1954年、理学電機は国産初の自動記録式X線回折装置ガイガーフレックスを製品化した。設計には東京大学の高良和武氏が関わり、回転軸を水平に置くフィリップスに対して理学電機は垂直軸を選んだ。1960年2月には東京都昭島市松原町へ拝島工場を新設している。1965年には計算機を組み込んだ単結晶自動X線回折装置を製品化し、1967年にNHK放送科学基礎研究所の千川純一氏から世界最大級の回転対陰極X線源を受注して、翌1968年に60キロボルト・500ミリアンペアの回転対陰極X線発生装置を発表した。
在任の評価
評価
執筆予定
経歴 1951〜1971年
在任中の業績
就任前-
退任時-
変化-
就任前-
退任時-
変化-
参考文献 4件
- リガクジャーナル 43巻2号(2012年10月)高良和武「現代結晶学100年にあたって」
- 理学電機ジャーナル 29巻1号(1998年4月)星埜禎男「回折装置の思い出 ―理学電機との関わりを中心として―」
- 理学電機ジャーナル 28巻1号(1997年4月)千川純一「飛んで火に入る夏の虫」
- 国立国会図書館サーチ 書誌(NDLビブID 000008568244、請求記号 UT51-48-D1554)