決断
切り離した拠点を買い戻し、再び売却して事業を絞ってきた。1954年12月、不渡り後の会社更生法の申立てが棄却されると和議法へ切り替えて津上退助氏が社長へ復帰し、債務の切捨てと減増資で財務を組み直した。1961年10月には25年前に三井へ残した旧法人の後身・東洋精機を吸収合併して茨城工場とする。ところが1973年の石油危機で経営が傾くと、1975年に社長へ就任した大山梅雄氏はその茨城工場を閉鎖・売却し、得た資金で1978年にCNC複合自動旋盤マーキュリーシリーズを出す。2003年9月には浙江省に津上精密机床を設立して生産を中国へ移管した。取り戻した拠点さえ元手に替えたことが、自動旋盤という一品目への集中を可能にした。
2003年9月 中国に津上精密机床設立
1961年10月 東洋精機を吸収合併
東洋精機を吸収合併高度成長期の受注増に応える関東の生産拠点を、新設ではなく25年前に手放した法人の吸収合併で確保した同じ経営論点に直面した企業 | M&A・買収業績の推移1960 1961 1966 売上高(億円) 16 24 28 純利益率(%) − − 0.5 1954年12月 和議法による再建