上場企業の経営論点>グローバル
海外進出と現地生産
日本企業の海外工場は、輸出を伸ばすためではなく、輸出を続けられなくなった条件への応答として建てられた。最初の進出先は輸入代替政策で関税障壁を高くした国々だった。豊田自動織機はメキシコ豊田を設立し、東レはタイで合弁2社を設立して、障壁の内側へ回り込んだ。ニクソンショックと変動相場制への移行が輸出採算を崩すと、船井電機は生産を国外へ移し、キッコーマンは米国に醤油工場を建設した。輸出の数量を縛ったのは日米貿易摩擦である。輸出自主規制で台数が頭打ちになると、ホンダは四輪の北米現地生産に踏み切り、トヨタ自動車はGMとの合弁NUMMIを設立、日産自動車は英国サンダーランドに工場を構えた。プラザ合意後の円高は部品・素材にも及び、上村工業は顧客の海外移転に追随して10か国へ拠点を設けた。輸出で稼ぐ会社は、需要地で製造して需要地で販売する会社へ組み替わった。
財務諸表のどこを見るか
「設備の状況」で国内と海外の設備投資額を比べる。現地生産へ切り替えた企業は、国内工場の投資が維持更新の水準に収まり、増産投資が海外へ寄る。次にセグメント情報の所在地別内訳を開き、売上高だけでなく有形固定資産の地域別残高を確かめる。売上が海外でも資産が国内にとどまっていれば、それは輸出であって現地生産ではない。「関係会社の状況」では現地法人の設立年と議決権所有割合を追い、合弁から完全子会社へ持分を引き上げた時期を特定する。
2020年代
豪PointsBet買収 スポーツベッティング事業者の取り込みによる海外市場への本格参入 カリフォルニア新工場投資 蓄積した資金を北米即席麺の増産へ振り向ける能力投資 ベトナムに現地法人設立 中国依存6割の輸入PBを支える調達網の分散と、輸出入子会社の設置 英LYSTの買収 技術ライセンスの提供から、海外のEC・メディアを自ら持つ側への転換 米Decipheraの買収 約24億米ドルを投じ、欧米で自ら薬を売る体を手に入れるという選択 サイエンスSARUの子会社化 アニメ制作会社Toho InternationalによるGKIDSの取得 英Fulham Shoreを買収 現地企業の子会社化を通じた欧州レストラン事業の取得 OCIと合弁でマレーシア再進出 折半出資による半導体用多結晶シリコン生産の再開と、ベトナム子会社の設立 cargo-partnerを買収 オーストリアの物流企業の取り込みによる、欧州・中東欧の事業基盤の獲得 Turtle Island Foods買収 海外買収への資金集中による、乳業の外への収益源の広がり VPBankへ出資 消費者金融FE Creditの49%取得から地場大手銀行15%へ広げたベトナムへの出資 ビルテプソの米国直販開始 国産初のアンチセンス核酸医薬の承認取得と、提携に頼らない自社販売
2010年代
三井物産と海外合弁 商社との合弁による海外メンテナンスの段階展開 豪CUBの1兆2000億円取得 巨額の投資による、豪州ビール市場での事業基盤の一挙獲得 バンクダナモン子会社化 インドネシア大手行の段階取得による94%までの持ち分の引き上げ リンデプラクスエア買収 独大手2社の統合が生んだ欧州産業ガス事業の巨額取得 インテグレーテッド社を子会社化 空調専業としての「熱学」特化とクリーンルーム技術の内製化 豪Programmed社買収 全株式取得によるオセアニア人材サービス市場への本格進出 フルグラの中国再進出 越境ECと現地専用工場を軸にした中国市場の攻め直し SABMiller中東欧買収 約8,883億円を投じたビール事業の取り込みと、欧州の柱化 宝酒造インターナショナル設立 海外日本食材卸事業を成長の主軸に据える戦略転換 中国平安保険との資本提携 第三者割当による外資の筆頭株主化と、業務面まで含めた協業関係の構築 欧州Helios買収 買収を足がかりとした欧州市場への本格参入と地盤の獲得 米PPGのガラス繊維事業取得 欧米3拠点(英国・オランダ・米国)の取り込みによるガラス繊維事業の海外展開 トヨタとの資本業務提携 米アラバマ折半合弁の設立 Peroni・Grolsch取得 欧州プレミアムビール4社の取り込みと、高価格帯ブランドの獲得 米Korosealの買収 壁装材大手の取り込みによる海外進出と、専業卸からの脱却 米エンデュランスの買収 約6,300億円を投じた、最大の米国市場への橋頭堡の確保 ADCO権益を40年確保 アブダビ陸上油田の権益をめぐる異例の長期契約 DuPont事業の譲受 三井物産との共同出資によるクロロプレンゴム事業の取り込みと、米国合弁会社の設立 豪トールを買収 国際物流への進出と、そのつまずきとしての巨額減損 豪州新車ディーラー撤退 マルチブランド展開への参入と、7年で下した全面撤退の判断 英アムリンの買収 英保険大手の取り込みによるロイズ市場への本格参入と海外収益基盤の確保 米プロテクティブ生命買収 上場で得た資本力を投じた、米生保大手の完全子会社化 Mercari USへの継続出資 6億米ドルを注ぎ、11年目に営業黒字へ届いた米国事業 「タルト」の株式取得 米メークアップブランドの株式93.5%取得による北米市場への参入 アユタヤ銀行をTOB買収 タイ大手行の取り込みによるアジア商業銀行基盤の獲得 BTPNの子会社化 インドネシア——40%出資から現地二行統合までの6年 米スプリントの買収 大型買収を足がかりとした北米携帯市場への進出と海外展開の本格化 イクシスLNG最終投資決定 総事業費340億米ドルを投じる自社主導の巨大開発 豪ジュリークの買収 化粧品会社の取り込みによる、初の本格的な海外M&Aへの踏み出し 米Goodmanの買収 買収を足がかりにした北米住宅用空調への本格参入 リゾート・海外IRへ投資 遊技機で稼いだ資金を新分野へ振り向けた同時多発の投資 米FCTIの買収 米国のATM運営会社の取り込みによる、初めての海外市場への進出 SUSHIRO KOREA設立 韓国子会社の設立とソウル1号店の開業による海外展開の第一歩 米ngmoco社の買収 開発会社の取り込みによる、世界向けソーシャルゲーム基盤の構築 米カリフォルニア初出店 海外第1号店の開設と、国内で育てたモール業態のそのままの移植
2000年代
米セプラコールの買収 約26億ドルを投じて手に入れた米国市場での自前の販売網 JSWスチールと提携 インド市場への足がかりとしての、地場鉄鋼会社との包括的な協業 豪州乳業1位・2位を買収 現地の乳製品市場を一挙に押さえる巨額M&Aへの経営資源の集中 マレーシア新工場建設 618億円を全額自己資金で賄った海外量産拠点への投資 米ミレニアムの買収 TAP合弁の解消と、北米処方薬事業の自前化への踏み込み 米サイエルをTOBで買収 完全子会社化によって手に入れた初の本格的な米国販売基盤 ラスラファンC発電事業への出資 カタールの発電造水事業を足がかりとした海外電力事業への進出 南通への一貫生産工場建設 中国での一貫生産の立ち上げと、排水パイプライン計画の撤回 力晶半導体との合弁設立 台湾勢との折半出資によるDRAM生産拠点レックスチップの立ち上げ ニューヨーク・ソーホー出店 郊外への多店舗から、一等地の1000坪旗艦店へ切り替えた世界展開 カプロラクタムの量産化 スペイン・タイでの現地生産まで広げたナイロン原料の世界供給網の構築 「ラービグ」への進出 サウジ・アラムコとの折半出資による石油精製と石油化学の一体運営 広州鋼鉄と合弁生産 無名の地場企業と組んだ中国での自動車用鋼板の現地生産と垂直分業 中国に津上精密机床設立 浙江省を拠点にした量産移管と、国内一本の生産体制からの脱却 中国・上海への進出 低価格モデルの海外移植とアジア利益柱への反転 上海現地法人の設立 中国エンジニア育成・供給事業への進出 韓国からアジアへ海外展開 自社で組み上げたSPA型小売モデルを国外へ持ち出す形での市場開拓 上海進出と母乳育児相談室 国家衛生部と組んだ現地での育児支援拠点づくりと、海外売上高比率5割への移行 米ゴートンズ買収 1億7500万ドルで米国首位ブランドを買った前例なき北米進出 AT&T Wirelessへ出資 iモード・W-CDMAの世界展開を狙った海外通信事業者への約1.9兆円出資
1990年代
NTTコミュニケーションズ設立 再編で生まれた新会社を足がかりとする国際通信への進出 中国広東省で海外生産 香港に置いた拠点を軸とした、国内生産から海外への生産移管 フィンランド社スター買収 眼科薬メーカーの取り込みによる欧州拠点の確保 上海合弁で業務用に集中 中国での業務用高価格帯への集中という差別化戦略 ハイフォンに量産拠点設立 開発と量産を国境で分ける国際分業体制の構築 マレーシア第3工場建設 日本証券業協会への株式店頭登録と、増資資金による海外第3工場への増産投資 上海第一八佰伴への出店 食品スーパー1060店構想を掲げ、資金繰り悪化下も崩さなかった中国拡大 アーバイン工場で現地化 米国第3工場を軸とした北米即席麺市場の現地化と、本国が知らぬ米国首位 ベトナムで原油探鉱に進出 南部沖「15-2」鉱区の取得と、自社オペレーターとしての操業への転換 静岡と中国へ二正面の拡大投資 国内外の600億円の市場調達——1000億円超へ膨らんだ有利子負債 インドネシアで自社生産開始 製造物流小売(SPA)への転換と海外自社生産 カタールLNGに参画 インドネシアを含む複数プロジェクトへの参画による、液化天然ガス輸送への進出 オーカ・アメリカへ統合 米国現地法人の設立と1992年の二社統合による北米供給体制の構築 松本徹氏の再建組織委員会 再建組織委員会の設置と、人員削減によらない全社コストダウン、カメラ生産の海外移管 豪州での食肉垂直統合 牛肉輸入の自由化に備えた、放牧から加工までの一貫した自前化 ウォシュレットで米国参入 国内市場への依存からの脱却——米国市場への本格参入と1兆円企業構想 アイルランドへの生産拠点設置 欧州の生産販売網の自前構築 韓国生産委託でSPA化 ライセンス取得を足がかりにしたカジュアルシューズの企画から販売までの一貫化 コートルズ・グラフィル買収 炭素繊維での成形品重視の川下路線と、米プリプレグ・原糸2社の買収 英UPIの全株式取得 現地最大の軸受メーカーの取り込みと、中国・ポーランドへの生産拠点の設置 米Wiltron社を買収 米国拠点の取り込みによる計測器事業のグローバル化への踏み出し グループ本部の香港移転 国内の出店規制に見切りをつけた海外雄飛
1980年代
海外調達50%へ転換 円高危機で傷んだ収益の立て直しを狙った仕入れ先の組み替え FREMONT BEEF設立 丸紅らとの合弁による、米ネブラスカ州への現地拠点の設置 英BPケミカルズ特殊ゴム買収 米社の同事業取得と併せた日米欧3極生産体制の構築 米ファーマバイトの取得 経営権の取得による健康食品ブランド「ネイチャーメイド」の獲得 エバラコーポレーション設立 米国法人の設立と外食チェーンへの進出、そして二つの撤退 ディーア・フィアットと提携 欧米2社と組んで築いた日米欧3極の供給体制 香港経由の直接調達 製造小売業(SPA)の原型づくり 米ニューコアとの合弁 現地合弁会社の設立を通じた北米H形鋼事業への進出 久米体制での文化刷新 構造的な業績不振からの脱却をめざした企業文化の刷新と欧州現地生産 いすゞとの北米合弁SIA 系列の垣根を越えた他社との組み合わせによる現地生産拠点の確保 Tomatinを設立 焼酎が健在なうちに進めた海外酒類ブランドの取得 印Nerolac子会社化 子会社化を起点とした、新興国を軸に据える成長路線への転換 ケンタッキー工場の建設 合弁に頼らず北米で単独現地生産へ踏み出す決断 GM合弁アムブレーキ設立 ベンディックスとの技術提携を解いての米国生産への踏み出し プラザ合意後の10か国展開 顧客の海外移転に追随した10か国への拠点設置と、地域完結型の営業体制の構築 英国サンダーランド進出 決断——石原俊氏と労連会長・塩路一郎氏の攻防 GMとの提携でNUMMI設立 世界最大手と手を組むことで得た米国現地生産への足がかり Daifuku U.S.A.設立 現地法人を構えることによる北米市場への初めての自力進出 米国現地法人設立 北米を第一歩とする海外拠点網の構築による、国内中心の事業体制からの転換 香港・米国へ現地法人設立 バイヤー依存の輸出から海外現地法人の直接進出への転換
1970年代
米国現地法人の設立 円高下でも引き揚げなかった北米残留 ヤンマーOEMから直販転換 OEM供給依存から竹内ブランドでの直接販売への転換 HAMによる北米現地生産 日本メーカーとして初めての四輪現地生産への踏み切り ベルギーの碍子メーカー買収 欧州生産拠点NGKボドゥールの発足による現地生産体制の獲得 豪州・英国・米国に工場設置 販売会社中心の海外展開から現地生産体制へ切り替える方針の転換 クタイ・ティンバー設立 インドネシアでの合板現地生産に踏み切る海外生産拠点の設立 米ウォーイック社を買収 買収した拠点を足がかりとする、輸出から北米現地生産への切り替え ブルネイLNGの導入 全供給エリアの天然ガス転換 米ウィスコンシンで工場建設 輸出頼みから現地生産への切り替えと、海外での醤油づくりの開始 ニクソンショック後の生産移転 変動相場制移行を機とした海外工場建設と生産の国外移転 クボタトラクターCorp.設立 水田向け小型トラクタを武器とした北米・欧州市場への進出 マキタUSAの設立 欧州・オセアニア各国への販売子会社網の構築
1960年代
ブルネイLNG開発参画 資源開発への参画を通じた、商いから事業投資への転換 フィリップスと特許契約 カセットテープ参入とSDカセットによる自社ブランドの世界展開 American Kawasaki設立 二輪車の米国販売会社の設立と、中・大型車に絞った北米市場への傾斜 タイで合弁2社設立 現地資本と組んで踏み出した、日本国外での生産という初めての選択 新素材の紙で北米進出 新素材にかけた海外展開の挫折と、成長会社からの転落 シンガポール合弁で再進出 出資を30%にとどめた少数持分方式によるアジア市場への再進出 越後正一の非繊維部門拡充 非繊維部門の拡充——繊維専業商社から 特許公開で千鳥町工場生産へ 特許の公開と引き換えに国内生産の認可を得た三者合意