米セプラコールの約26億ドルでの買収による米国販売網の獲得

中堅メーカーが単剤ルラシドンを自ら売り切るため、多田正世社長は約26億ドルをどこへ投じたか

更新:

時期 2009年9月
意思決定者 多田正世 大日本住友製薬 社長
論点 ルラシドンの米国販売網の確保と北米市場への本格進出
概要
2009年9月3日、大日本住友製薬が、米国マサチューセッツ州の製薬会社セプラコール(Sepracor Inc.)を1株23ドル・総額約26億ドルで買収することで合意したと発表した経営判断。米国子会社を通じた現金の株式公開買付(TOB)で全株を取得し、同年10月に完全子会社化した。多田正世社長のもとで下した、中堅メーカーとして異例の大型買収であった。
背景
2005年に大日本製薬と住友製薬が合併して発足した同社は、住友化学グループの財務的な後ろ盾を得て北米市場への本格進出を掲げていた。中枢神経領域の新薬候補ルラシドンが米国の第3相試験で有望な結果を示す一方、単剤を米国で自ら売り切るための販売網を持っていなかった。
内容
セプラコールは中枢神経・呼吸器領域に特化し、睡眠導入剤ルネスタなどを開業医から専門医まで幅広く売る営業組織を米国に持っていた。買付価格は1株23ドル(買付予定額約26億ドル)で、TOBは2009年9月15日に開始、10月13日に終えて約78.2%の応募を得た。米国の持株子会社を通じて完全子会社化した。
含意
米国の精神科領域に自前の販路を持つこと自体が、当時の日本の中堅メーカーとしては異例の規模の賭けであった。2010年にラツーダ(ルラシドン)が米国で承認・発売されると、セプラコール改めサノビオンの営業組織がそのまま新薬の上市装置となった一方、単剤に依存する収益構造の芽も同時に育ちはじめた。
筆者の見解

単剤に賭けるという構造

この決断の核にあるのは、有望な新薬を一つ抱えた中堅メーカーが、それを大手の販路に委ねず自ら米国で売り切ろうとした選択である。現地に営業組織を持つ会社ごと買うという判断は、単剤ルラシドンの価値を最大化する道筋としては筋が通っていたとみることができる。武田のミレニアム買収や第一三共のランバクシー買収と時期を同じくするこの案件で、同社は上位グループとは異なる、単独品を軸にした賭け方で規模の拡張を選んだ。

もっとも、販路を先に押さえて単剤を流し込む構図は、その新薬への依存と表裏であった。ラツーダの成功が北米での連続買収を後から正当化するあいだ、収益をひとつの製品に頼る構造は静かに深まっていった。米国独占販売の期限が近づくにつれ、その依存は次の重い課題として立ち上がることになる。米国に自前の販路を得た2009年の判断は、規模拡大の最初の一手であると同時に、後年の集中リスクの兆しでもあったとみることができる。

Yutaka Sugiura, 2026年7月

背景

合併新会社が背負った北米進出という命題

大日本住友製薬は、2005年10月に大日本製薬と住友化学グループの住友製薬が合併して発足した会社であった。合併の眼目は、合成医薬を中心としていた大日本製薬と、中枢神経・循環器領域で有望な開発品を抱えていた住友製薬の補完性、そして住友化学グループの財務的な後ろ盾を得て北米市場への本格進出を加速できることにあった。単独では難しかった研究開発投資を、グループ傘下で実行可能にするための枠組みであった[1]

合併後の同社が中期戦略の中心に据えたのが、住友製薬由来の非定型抗精神病薬ルラシドンであった。この開発品は米国での第3相試験で有望な結果を示しており、単一の新薬をどう育て、どう海外で売り切るかが新会社の命題となった。中堅メーカーにとって、単一品で数千億円規模の市場を取りにいく機会はめったに巡ってこない。ルラシドンは住友化学の後ろ盾を得た新会社の試金石の位置にあった[2]

自前の販路を欠くという構造的な弱さ

2009年3月期の連結売上高は2,640億円、営業利益は312億円で、住友化学グループにおける医薬中核という位置づけは数字のうえでも形になりつつあった。ただ、その規模は武田・第一三共・アステラスといった上位グループとの体力格差を埋めるには足りず、有望な新薬を抱えても、それを米国で自ら販売する組織を同社は持っていなかった。海外で売り切るための販路の欠如が、単剤ルラシドンを目前に控えた同社の構造的な弱さであった[3]

決断

セプラコールという標的

2009年9月3日、大日本住友製薬は米国の製薬会社セプラコール(Sepracor Inc.、マサチューセッツ州)を買収することで合意したと発表した。セプラコールは中枢神経や呼吸器の領域に特化し、睡眠導入剤ルネスタなどを米国で開業医から専門医まで幅広く販売する営業組織を持っていた。ルラシドンの主戦場と重なるこの販売網こそが、同社が求めていたものであった。買付価格は1株23ドル、買付予定額は約26億ドルであった[4]

買収は、米国で新たに設けた子会社を通じてセプラコールの全株式をTOB(株式公開買付)で取得し、後続の合併で残る株式も同じ価格で取得する二段階の枠組みで組まれた。合成医薬と国内販路を軸としてきた中堅メーカーにとって、総額約26億ドルという規模は前例のない大きさであった。単剤の海外展開のために現地の営業組織そのものを買うという、販路先行の判断がそこに表れていた[5]

TOBの完了と完全子会社化

TOBは2009年9月15日に開始され、10月13日をもって終えた。応募は発行済株式のおよそ78.2%に達し、買付は成立した。これによりセプラコールは、大日本住友製薬が米国に設けた持株子会社の完全子会社となり、本拠のマサチューセッツ州マールボローとカナダでの事業をそのまま継続した。合意の発表からおよそ1カ月半で、同社は米国に自前の販売基盤を手に入れた[6]

買収の効果は、翌年度以降の連結数字にも表れた。セプラコールを連結に取り込んだ2010年3月期の従業員数は7,407人へと前年度の4,787人から急増し、連結売上高も2,962億円へ拡大した。国内の合成医薬を主戦場としてきた会社の姿は、この買収を境に、米国に大きな販売組織を抱える会社へと変わりつつあった[7]

結果

ラツーダの上市装置となったサノビオン

買収したセプラコールは、2010年10月にサノビオン(Sunovion Pharmaceuticals)へと社名を改めた。そして2011年2月にルラシドンがラツーダとして米国で承認・発売されると、サノビオンが米国で築いていた精神科向けの営業組織は、そのまま新薬の上市装置として機能した。販路を先に確保し、そこへ自社新薬を流し込むという当初の狙いは、時間差をおいて形になった[8]

規模の拡張はその後も続いた。同社は2012年にがん領域のボストン・バイオメディカル、2019年にはロイバント傘下の新薬開発子会社群を相次いで買収し、北米でのM&Aを積み上げた。ラツーダの成功が後続の買収を正当化する循環がいったんは成り立ち、2021年3月期の連結売上高は合併時の2倍を超える5,600億円へ達した。セプラコール買収は、その後20年におよぶ規模拡大の最初の一手にあたる判断であった[9]

出典・参考
  • M&A Online(2009年9月3日)「大日本住友製薬<4506>、米製薬会社のセプラコールを買収」 https://maonline.jp/news/20090903a
  • U.S. Securities and Exchange Commission, Sepracor Inc. Form 8-K(2009年9月3日・2009年10月14日)
  • 大日本住友製薬 有価証券報告書(2005年3月期・2008年3月期・2009年3月期・2010年3月期・2011年3月期・2021年3月期)

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