米エンデュランス・スペシャルティを約6,300億円で買収し、最大の米国市場に橋頭堡を築く

海外展開で出遅れたSOMPOは、どこに収益源の分散を求めたか——「英保険王」を迎える乾坤一擲の買収

更新:

時期 2016年10月
意思決定者 櫻田謙悟 グループCEO・社長
論点 海外事業の出遅れ挽回と収益源の分散
概要
2016年10月5日、SOMPOホールディングスが、傘下の損害保険ジャパン日本興亜を通じて、米系スペシャルティ保険大手エンデュランス・スペシャルティ・ホールディングスを約63億ドル(約6,394億円)で買収すると発表した経営判断。櫻田謙悟グループCEOの主導により、メガ損保3社のなかで海外展開に出遅れていたSOMPOが、最大の米国市場に足場を築いた。
背景
国内は人口減で自動車・火災保険の先細りが懸念され、投資家からは収益性の高い海外展開と事業リスクの分散を促す声が強まっていた。首位の東京海上が米HCCを、2位のMS&ADが英アムリンを相次いで買収するなか、SOMPOは2014年のキャノピアス買収にとどまり、両社に水をあけられていた。
内容
エンデュランスは2001年創業の新興損保で、農作物の収穫減・価格下落を補償する農業保険で全米5位、サイバー・賠償責任など専門性の高い保険に強みを持つ。買収でグループの海外保険利益の割合を12%から27%へ引き上げるとともに、CEOのジョン・チャーマン氏ら経営陣の獲得を狙った。
含意
買収は2017年3月に完了し、バミューダを拠点とするSompo Internationalが発足、チャーマン氏が会長兼CEOに就いた。国内損保の一本足から脱し、米国スペシャルティ市場を軸にした海外プラットフォームは、その後の大型買収の受け皿となった。
筆者の見解

出遅れを一手で埋めた買収の意味

この判断の中心にあるのは、主力を国内損保という成熟事業に置いたままでは、投資家が求めるROEの水準にも、世界の損保大型化の潮流にも追いつけないという危機感であった。東京海上に独り勝ちを許し、MS&ADにも先を越されるなかで、SOMPOは最大の米国市場という空白を、6,300億円規模の買収で一気に埋めにいった。規模の大きな市場に足場を持つこと自体が収益の分散につながるという櫻田CEOの読みは、少なくとも海外事業の比重を高めるという点では、その後の事業構成に確かな変化をもたらしたといえる。

もっとも、海外の保険引き受けを取り込むことは、日本の台風や風水害に加えて、米欧の巨大災害の振れも自らの収益に映るようになる。買収で得た経営者に事業の変革を託し、優秀な人材を5年契約でつなぎ止めた設計は、事業そのものと同じくらい「人」を買った買収であったことをうかがわせる。米国スペシャルティ保険を足がかりに海外プラットフォームを広げていく道筋が、災害リスクの集中や統合の難しさとどう折り合っていくのか——2016年の橋頭堡が長期の果実を生むかは、なおその運用の巧拙にかかっているとみられる。

Yutaka Sugiura, 2026年7月

背景

国内損保の頭打ちと海外買収競争での出遅れ

SOMPOホールディングスが海外買収に踏み切った背景には、国内損保事業の先行きの見通しづらさがあった。人口減少によって柱である自動車・火災保険が先細る懸念があり、投資家からは収益性・成長性の高い海外展開の強化と、事業リスクの分散を促す声が強まっていた。日本のメガ損保はROE(自己資本利益率)が首位の東京海上でも7%台にとどまり、グローバルトップクラスの10%台に届いていなかった。政策保有株の売却を進め、得た資金を高収益の事業へ投じよという市場の要請が、海外の優良損保への買収意欲を押し上げていた[1][2]

メガ損保3社のなかで、SOMPOの海外展開は明らかに出遅れていた。首位の東京海上ホールディングスは2015年6月に米HCCを約9,413億円で買収し、2位のMS&ADインシュアランスグループも同年、英ロイズ市場2位のアムリンを買収した。これに対しSOMPOは、世界中の複雑なリスクを扱う英ロイズ市場でトップ10に入るキャノピアスを2014年に約1,000億円で傘下に収めたにとどまり、両社に水をあけられていた。海外事業で独り勝ちを続ける東京海上への対抗心が、SOMPOとMS&ADの買収競争を過熱させていた[3]

最大の米国市場という空白

櫻田謙悟グループCEOが照準を定めたのは、規模の大きさゆえに収益への効き方が違う米国市場であった。全世界の損害保険市場は当時約420兆円で、2025年には約720兆円へと1.7倍に伸びると推計されていた。新興国の伸び率のほうが高いとはいえ、2025年になっても先進国が全体の約7割を占め、そのうちの4割を米国が占める見込みであった。新興国で首位を取っても利益に効く割合は限られる——櫻田CEOはそう見て、最大の米国に足場を築くことに戦略的な意味を見いだしていた[4]

標的としたスペシャルティ保険市場は、一般の保険ではカバーされない特殊なリスクを対象とする専門性の高い領域で、厳しい環境下でも相対的に高い収益性を保つ優良プレーヤーが残る貴重な市場であった。SOMPOはキャノピアスでロイズ市場に足場を得ていたものの、最大の米国市場は依然として空白のままであった。国内損保に依存する一本足からの脱却と、台風や風水害に偏る保険引き受けの分散を進めるうえで、米国のスペシャルティ保険会社の獲得は理にかなった一手であった[5]

決断

約6,300億円の買収という乾坤一擲

2016年10月5日、SOMPOホールディングスは、傘下の損害保険ジャパン日本興亜を通じて、米国を中心に企業向け保険を展開するエンデュランス・スペシャルティ・ホールディングスを買収すると発表した。買収額は63億ドル(約6,394億円)で、国内保険の海外買収としては、2015年6月に東京海上が公表した米HCC買収(約9,413億円)に次ぐ規模であった。対象のエンデュランスは2001年創業ながら急成長した新興損保で、農作物の収穫減や価格下落を補償する農業保険で全米5位を占め、サイバー保険や賠償責任保険など専門性の高い分野に強みを持っていた。2015年の純利益は3.4億ドル、過去10年平均のROEも11.8%と高かった[6]

この買収でSOMPOは、グループ全体に占める海外保険の利益割合を12%から27%へと一気に引き上げ、当時見通しで43%の東京海上、27%のMS&ADを追う構図を描いた。市場の反応は素早く、株価は公表から2日で約1割上昇した。国内損保の収益改善に手いっぱいで、東京海上に独り勝ちを許してきたSOMPOにとって、最大の米国市場を押さえる買収は、出遅れを一度に取り戻そうとする勝負手であった。櫻田CEOはこれを「乾坤一擲」と受け止められる規模の決断として世に問うた[7]

狙いは「英保険王」——経営者の獲得

「ダイヤモンドを手に入れた」——櫻田CEOは会見で満足そうに語った。買収の狙いの一つは、事業そのものにとどまらず、2013年からエンデュランスのCEOを務めるジョン・チャーマン氏の獲得にあった。チャーマン氏は英ロイズ出身で40年を超えるキャリアを持ち、自ら創業した会社を育て上げるなど、「英保険市場の王」との異名で知られていた。櫻田CEOは「優秀な経営陣を加え、事業の変革を目指す」と述べ、金融業界で初となる海外事業統括の持株会社構想まで披露して、そのトップにチャーマン氏を据える意向を示した[8][9]

櫻田CEOにとって、この買収は収益源を分散させる長年の課題への回答でもあった。SOMPOは「安心・安全・健康のテーマパーク」を掲げて介護分野などに進出していたが、その実現には現金が要り、国内損保の一本足打法から抜け出す稼ぎ手が必要であった。櫻田CEOは、2018年にはエンデュランスが400億円規模の利益を生むと見込んでいた。同時に、優秀な人材の流出を最大のリスクと捉え、チャーマン氏を含む重要な役員については5年間は辞めないという契約を買収の条件に据えた。よい会社にはのれん代が要るという2、3年来の悩みを抱えつつ、踏み切った判断であった[10]

結果

2017年3月の完了とSompo Internationalの発足

買収は2017年3月29日に完了した。SOMPOホールディングスはエンデュランスの発行済み株式のすべてを約63億ドルで取得し、100%子会社とした。これにあわせて、バミューダを拠点とする統合的なグローバル商業保険・再保険プラットフォームとしてSompo Internationalが発足し、独自の取締役会を持つ体制が整えられた。買収の狙いであったジョン・チャーマン氏は、そのSompo Internationalの会長兼CEOに就いた。当初描かれた海外事業統括の枠組みが、買収の完了とともに形になった[11]

買収の効果は連結業績にも表れた。エンデュランスを取り込んだ2018年3月期は、経常収益が前期の約3.4兆円から3兆7,700億円へと拡大した。もっとも同期は自然災害の多発などを受けて当期純利益が1,398億円へと縮小しており、海外の保険引き受けを取り込んだことで、SOMPOの収益は米欧の巨大災害の振れにも従来より直接さらされる面も生じた。それでも、国内損保に依存してきた収益構造に、米国スペシャルティ保険という新たな柱を据えた意味は小さくなかった[12]

海外プラットフォームへの発展

Sompo Internationalは、その後のSOMPOの海外拡大の受け皿となった。米国スペシャルティ保険を軸とするこの拠点を足がかりに、SOMPOは海外の商業保険・再保険事業を積み増していった。2016年の買収発表時に櫻田CEOが「さらなるM&Aも否定しない」と述べ、収益源を先進国に求める考えを示していたとおり、エンデュランスの獲得は単発の買収にとどまらず、海外事業を束ねる基盤づくりであったことがうかがえる[13]

その延長線上にあるのが、2026年2月24日に完了したアスペンの買収であった。SOMPOは約35億ドルでアスペンを非公開化し、これをエンデュランス・スペシャルティ・インシュアランスの完全子会社として、Sompo International傘下に取り込んだ。2016年に築いた米国の橋頭堡が、10年を経てさらなる大型買収の土台となった形である。国内損保の頭打ちに対して海外へ活路を求めた2016年の判断が、その後の海外プラットフォーム拡大につながったとみることができる[14]

出典・参考