2010年4月、損害保険ジャパンと日本興亜損害保険[1]が共同株式移転により持株会社NKSJホールディングスを設立した。三井住友海上グループとあいおいニッセイ同和損保の合併でMS&ADが同じ2010年4月に発足し、損保業界は東京海上ホールディングスを含む3メガ体制に再編された。自動車保険を中心とする国内損保は市場規模が伸び悩み、各社は合併で規模とコスト競争力を確保する必要に迫られていた業界構造の転換点だった。NKSJは設立と同日に東京証券取引所と大阪証券取引所の一部に上場し[2]、初代社長には旧損保ジャパン出身の佐藤正敏氏が就いた[3]。発足時の連結保険料収入で見ると、業界2位の損保ジャパンと4位の日本興亜の組み合わせで、首位の東京海上を追う2位グループの一角を占める規模感だった。
しかし統合初年度の経常収益2兆6,216億円[4]に対して当期純損失は129億円、翌2012年3月期[5]はタイ洪水と東日本大震災に伴う自動車保険等の支払いが重なり、純損失922億円まで膨らんだ[6]。両社のシステム・商品・代理店網は別々のまま運用されており、収益基盤が外的ショックに耐えきれなかった。同じ年に発足したMS&ADも初年度に赤字を計上したが、SOMPO側は2期連続の純損失となり、市場には統合の遅さに対する懸念が広がった。当時のNKSJは持株会社のスタッフ部門と両事業会社の本部機能が並存し、グループの意思決定スピードと現場の業務オペレーションの双方で重複コストが残ったままだった。
NKSJは設立当初、損保ジャパンと日本興亜損保という二つの事業会社を別々に残したまま、持株会社のもとで両社を束ねる構図を選んだ。生命保険子会社の合併は2011年10月にNKSJ[7]ひまわり生命として一体化されたが、本丸である損保事業会社が『損害保険ジャパン日本興亜』として一本化されたのは2014年9月で[8]、持株会社の設立から4年4か月後の遅さだった。自動車保険の契約システムや損害調査の拠点網、商品設計の体系までが旧2社別々のまま維持されたため、合併直後の4年間は規模の効果を収益に落とし込めない構造が続き、代理店の現場も旧社ごとの運用を引きずった。生保会社の統合が先行して損保本体が遅れた順序には、グループ収益の柱である損保事業に対して『同等合併』の体面が重くのしかかった事実がそのまま表れている。
同じ時期に発足したMS&ADが2010年の時点で三井住友海上とあいおい損保の枠組みを比較的早く整えたのと比べ、SOMPO側の事業会社統合は明らかに遅かった。『同等合併』を掲げた対等性への配慮が、商品統合・システム統合・人事制度統合に関する意思決定を引き延ばした事情がある。この4年間の停滞期に櫻田謙悟氏が2012年に第2代社長へ就任し[9]、長期政権のもとで統合の主導権を握り直した。櫻田氏は経済同友会代表幹事も兼ねるなど財界活動に厚く、SOMPOの顔として10年間の経営を担う出発点となった。商品統合は2014年9月の事業会社合併と同じタイミング[10]で進められ、自動車保険・火災保険・新種保険のラインアップが旧2社別々の体系から1本に統合された。設立から4年越しで、ようやく代理店現場の業務簡素化にも手が届いた。
2014年9月、持株会社の商号もNKSJから『損保ジャパン日本興亜ホールディングス』[引用元]へと変更された。事業会社と持株会社がともに『損保ジャパン日本興亜』という名前で揃った瞬間だが、この社名は和文で12文字、英文でも長く読みにくい表記となり、海外拠点を増やす過程での国際展開には不向きだった。わずか2年後の2016年10月にはふたたび商号を書き換え、持株会社は現在の『SOMPOホールディングス』[11]へと改められた。持株会社の設立から数えると、わずか6年余りのあいだに主要ブランド名が2回も入れ替わった計算になる。合併相手との対等性を演出するための社名と、海外事業を広げるうえで必要な短く覚えやすい社名とは、同時に満たしにくかった。
設立から6年間で商号を2回変えた経緯は、対等合併で体面を守る要請と、海外展開を進めるうえでの現実的要請との折り合いに苦しんだ過程そのものだった。『NKSJ』『損保ジャパン日本興亜』『SOMPO』と3[12]つのブランドが入れ替わったため、国内顧客と海外パートナーの双方に対する企業認知の構築は遅れた。SOMPOの呼称は最終的にグループ全体の英文表記とも整合し、2016年以降はブラジルのYasuda Maritima[13] Segurosの『Sompo Seguros』化、2017年の海外持株会社『Sompo[14] International Holdings』設立と同じ命名体系の下に揃えられた。トルコのSompo Sigorta[15]、シンガポールのTenet Insurance(後のSompo Singapore)など、買収済みの新興国子会社にも順次『Sompo』の冠が付けられ、2016年の商号変更は呼称変更にとどまらず、海外子会社まで含めたブランド体系の統一作業の出発点となった。
2015年12月、SOMPOはワタミの介護の全株式を取得[16]してSOMPOケアネクストに改称し、わずか3か月後の2016年3月には介護業界大手の株式会社メッセージを買収[17]した。両社をあわせると全国の有料老人ホーム運営が短期間でグループ傘下に収まり、SOMPOは介護事業者として一定の規模を獲得した。この二段階の買収を受けて、2016年4月には社内呼称として『介護・ヘルスケア事業』[18]というセグメントが新設されている。当時の損保業界は、国内自動車保険市場の縮小と少子高齢化という構造的な逆風に直面し、損保以外の収益源を作る必要に迫られていた。櫻田謙悟社長体制は単発の周辺事業ではなく、セグメント単位で開示される規模の第二の柱を取りに行った。
2016年度の介護・ヘルスケア事業は売上1,191億円[19]・営業損失68億円と立ち上げ期は赤字だった。受け入れた事業会社の風土の違いや人件費上昇が利益を圧迫したためで、SOMPOは2018年7月にケア・ケアネクスト・ジャパンケアサービス・プランニングケアの介護4社をSOMPOケア株式会社に統合[20]し、運営拠点と本部機能の集約に踏み切った。介護事業の黒字定着は2019年度以降にずれ込み、損保以外の柱を立てる工程は買収から4年を要した。それでも介護を『セグメント』として独立開示する損保グループはSOMPOが初めてで、競合のMS&ADや東京海上HDが選ばなかった事業領域に踏み込む判断は、櫻田謙悟社長体制の特徴を示している。
2017年3月、SOMPOは再保険・特殊保険会社Endurance Specialty Holdingsの買収を完了した[21]。
SOMPOはバミューダにSompo International Holdings(SI)を新設し、買収したEnduranceをその傘下[22]に置いて、海外保険事業全体を束ねる最上位持株会社に据える組立を取った。買収完了後、Endurance Specialty Holdings本体は清算され、SIブランドのもとに再保険部門とコマーシャル部門が集約された。SOMPOにとって単発の海外M&Aにとどまらず、海外保険の経営拠点をバミューダに据え直した点が、それまでの周辺的な海外展開との違いだった。
買収効果は数字に現れた。2014年度の海外保険事業売上は2,944億円だが[23]、Enduranceが通年で寄与した2017年度には6,413億円と倍増し[24]、国内損保事業に次ぐ第2の柱に育った。ただし2018年度には海外保険事業が60億円の営業損失に転落[25]するなど、自然災害の発生損が直接ぶつかる脆さも同時に抱え込んだ。
2015年度から2019年度までの5年間、グループ修正連結利益は1,400億円台から2,250億円へと右肩上がりに伸びた。国内損保事業が生み出す安定した利益に、海外保険事業と介護事業からの上積みが噛み合い、3つの事業で利益を支える構図ができあがった時期である。櫻田謙悟社長体制10年の中盤以降は、保険会社から総合的な安心・安全・健康サービス企業への自己定義の書き換えも進み、対外的なメッセージも多角化企業として打ち出された。海外保険事業は2019年度に売上5,973億円・利益215億円[26]、国内生命保険は売上3,483億円・利益159億円と[27]、国内損保に並ぶ規模の柱に育ち、グループ利益の中で占める海外の比重は合併当初と比べて変わった。
ガバナンス面では2018年に指名委員会等設置会社へ移行し、グループCEO制度を明文化[28]した。櫻田氏は経済同友会代表幹事も兼ね、財界活動でも存在感を示した。ところが旧損保ジャパン本体の代理店網・営業文化には踏み込まず、M&Aと海外で攻めながら本丸の事業会社は温存する経営が続いた。この温存は、損保ジャパン本体の組織体質に踏み込まないままグループ全体の収益構造を組み替えるというSOMPO流の選択を示している。SOMPOのコーポレートメッセージは2010年代後半から『Theme park for the security, health and wellbeing of customers』と書き換えられ、保険事業外の多角化と社会課題解決企業としての色合いが対外的にも強調された。
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| 損保ジャパンと日本興亜損保の経営統合とNKSJホールディングス設立 2009年3月、業界3位の損保ジャパンと同5位の日本興亜損害保険が、2010年4月に共同持株会社を設立する経営統合を発表し、2010年4月に共同株式移転でNKSJホールディングスを設立した経営判断。共同CEO制を敷く『対等の統合』であり、同日発足のMS&AD、既存の東京海上ホールディングスと合わせ、国内損保は3メガ体制へ移行した。 詳細を読む | ★★★ | |||
| 2010〜2013年NKSJという過渡期ブランドから再出発した損保ジャパン連合 | 佐藤正敏 | NKSJHD設立 | ★ | |
| 佐藤正敏 | 佐藤正敏が初代社長に就任 | ★ | ||
| 佐藤正敏 | 設立初年度に当期純損失▲129億円 | ★ | ||
| 佐藤正敏 | 2期連続で当期純損失▲922億円 | ★ | ||
| 櫻田謙悟 | 櫻田謙悟が第2代社長に就任 | ★ | ||
| 2014〜2019年海外保険事業と介護事業への二正面作戦の展開期 | 櫻田謙悟 | 損保ジャパン日本興亜HDに商号変更 | ★ | |
| 櫻田謙悟 | 損害保険ジャパンと日本興亜損保が合併 | ★★ | ||
| 櫻田謙悟 | ワタミの介護を取得しSOMPOケアネクストに | ★★ | ||
| 櫻田謙悟 | SOMPOHDに商号変更 | ★ | ||
| 櫻田謙悟 | 米エンデュランス・スペシャルティを約6,300億円で買収し、最大の米国市場に橋頭堡を築く 2016年10月5日、SOMPOホールディングスが、傘下の損害保険ジャパン日本興亜を通じて、米系スペシャルティ保険大手エンデュランス・スペシャルティ・ホールディングスを約63億ドル(約6,394億円)で買収すると発表した経営判断。櫻田謙悟グループCEOの主導により、メガ損保3社のなかで海外展開に出遅れていたSOMPOが、最大の米国市場に足場を築いた。 詳細を読む | ★★★ | ||
| 2020〜2024年海外で稼ぎ、国内でビッグモーター問題を謝る両極化期 | 奥村幹夫 | 奥村幹夫が第3代社長に就任 | ★ | |
| 奥村幹夫 | ビッグモーター不正請求問題が表面化 | ★★ | ||
| 奥村幹夫 | 当期純利益が264億円に急減 | ★ | ||
| 奥村幹夫 | 金融庁から業務改善命令 | ★ | ||
| 奥村幹夫 | ビッグモーター保険金不正を受けた経営陣の刷新とガバナンス再建 2024年1月25日に金融庁が損害保険ジャパンと親会社SOMPOホールディングスへ保険業法に基づく業務改善命令を出したのを受け、両社が翌26日、経営陣の刷新を発表した経営判断。損保ジャパンの白川儀一社長が1月末で引責辞任し、13年間グループのトップを務めた櫻田謙悟会長兼グループCEOが3月末で退任、奥村幹夫社長兼COOが後任のグループCEOに就いた。 詳細を読む | ★★★ | ||
| 奥村幹夫 | 当期純利益4,160億円で過去最高 | ★ | ||
| 奥村幹夫 | IFRS移行後の保険収益5兆655億円 | ★ |
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事実根拠:出所(SOMPOホールディングス)