ビッグモーター保険金不正を受けた経営陣の刷新とガバナンス再建

櫻田体制13年で崩れた内部統制を、金融庁の処分の下でどう作り直すか

更新:

時期 2024年1月
意思決定者 奥村幹夫・指名委員会・取締役会 社長兼グループCEO
論点 内部統制の機能不全と経営責任の明確化
概要
2024年1月25日に金融庁が損害保険ジャパンと親会社SOMPOホールディングスへ保険業法に基づく業務改善命令を出したのを受け、両社が翌26日、経営陣の刷新を発表した経営判断。損保ジャパンの白川儀一社長が1月末で引責辞任し、13年間グループのトップを務めた櫻田謙悟会長兼グループCEOが3月末で退任、奥村幹夫社長兼COOが後任のグループCEOに就いた。
背景
中古車販売大手ビッグモーターの組織的な保険金不正請求をめぐり、損保ジャパンは他社が事故車の入庫紹介を止めるなかで単独で再開に踏み切っていた。金融庁は、営業を優先し顧客の利益を後回しにする企業文化と、バッドニュースが経営に届かない内部統制の機能不全を問題視した。
内容
損保ジャパンの白川氏に加え、13年トップを務めた櫻田氏も事実上の引責辞任として経営から退いた。西澤敬二会長ら入庫再開に関与した役員も処分の対象となり、後任には損保ジャパンが石川耕治副社長、SOMPOが奥村氏を充てた。両社は業務改善計画を金融庁へ提出し、内部監査や代理店取引の見直しに着手した。
含意
指名委員会等設置会社への移行など形式を整えてきた統治が、実態としては一人のトップへの集中と現場からの情報遮断を許していた。危機のなかで手を入れた点で、平時の統治改革とは異なる重さがある。新体制の石川氏・奥村氏がいずれも櫻田氏の側近であった事実は、刷新の実質を問う論点として残った。
筆者の見解

側近人事という影

この判断が映し出すのは、機関設計を先端の指名委員会等設置会社まで進めながら、実質としては一人のトップへの集中と現場からの情報遮断を許していたという、形式と実態の乖離である。金融庁が櫻田氏に引導を渡すことにこだわったのは、担当者個人の過失ではなく、そうした判断を生んだ経営の仕組みと風土にこそ根がある、とみたからだろう。危機に追われるなかで発祥からの統治を組み替えた点に、平時の改革とは異なる緊張感がうかがえる。

もっとも、刷新の実質は当初から問われていた。新たに損保ジャパン社長となった石川氏も、グループCEOを継いだ奥村氏も、長く櫻田氏の近くで仕事をしてきた人物であり、傀儡政権という見方を払拭できるかが早くから論点となった。統治の体制を替えることと、意思決定の中身まで替えることは同じではない。処分と人事で経営責任を可視化した先で、営業優先の文化と現状維持バイアスをどこまで断ち切れるのか——その答えは、なお両社の実務の積み重ねに委ねられているとみられる。

Yutaka Sugiura, 2026年7月

背景

損保ジャパンが単独で選んだ入庫再開

発端は、中古車販売大手ビッグモーターによる組織的な保険金不正請求であった。板金修理費を水増しして請求する行為は、件数にして約10万件、金額で40億円を超える見通しとされ、修理の見積書に実際には行っていない作業が平然と計上されていた。損保業界では査定の現場で不正請求が日常的に発生し、感覚が麻痺していたと当時の社員が証言するほどで、ビッグモーターの一件もその延長に置かれかねない土壌があった[1]

大手3社が2022年6月からビッグモーターへの事故車の入庫紹介を止めるなか、損保ジャパンは同年7月6日、関係役員を集めた非公式のミーティングで再開を決めた。会議では不正請求の隠蔽をうかがわせる情報が共有されながら、契約を他社に奪われるという危機感と対抗心が先に立ち、30分ほどで再開へ話が傾いた。取引先を失う懸念を口実に、詐欺の疑いに目をつぶった判断であり、後にこの単独再開が金融庁検査の主眼となった[2]

櫻田体制13年で崩れた内部統制

SOMPOは2018年に指名委員会等設置会社へ移り、グループCEO体制を明文化していた。櫻田謙悟氏は子会社を「事業オーナー制」とし、人事などの権限を委ねて経営の速さと独立性を高める体制を敷いたはずであった。ところが実態は、櫻田氏が細部にまで目を光らせ強引に手を入れる場面が少なくなく、子会社の役員はつねに強いプレッシャーを感じていたと語られる。委譲をうたいながら集中が残る、ねじれた統治であった[3]

その帰結として、経営上の悪い報せが適時に伝わらない企業文化が醸成されていった。損保ジャパンの取締役も兼ねていた櫻田氏がヒアリングシートの改ざんを知ったのは2023年7月の取締役会であり、内部管理の機能不全は明らかであった。金融庁は後に、この状況を「機能不全」「崩壊」とまで断じている。形の上では最新の機関設計を採りながら、情報が上がらず統治が働かないという矛盾が、危機を通じて露呈した[4]

決断

金融庁の業務改善命令

2024年1月25日、金融庁は損保ジャパンとSOMPOホールディングスに対し、保険業法に基づく業務改善命令を出した。損保ジャパンには第132条第1項、持株会社のSOMPOには第271条の29第1項が根拠となった。命令は、営業を優先しコンプライアンスや顧客保護を軽んじる企業文化の是正、保険金支払いと代理店管理の態勢整備、そして経営管理態勢の抜本的な強化を求め、経営責任の明確化を促す内容であった[5]

命令は、業務改善計画を3月15日までに提出し、以後は3カ月ごとに進捗を報告するよう義務づけた。金融庁は、損保ジャパンだけが入庫紹介を単独で再開した経緯にとどまらず、その背後にある内部管理の課題まで踏み込んで根本原因を特定する構えを示していた。処分の力点は個々の担当者の過失よりも、そうした判断を許した経営の仕組みと風土に置かれていた[6]

トップ交代という決着

処分の翌日にあたる1月26日、両社は経営責任を明確にするためのトップ交代を発表した。損保ジャパンの白川儀一社長は1月末で引責辞任し、後任には石川耕治副社長執行役員が就いた。SOMPOでは、13年間グループのトップを務めてきた櫻田会長兼グループCEOが3月末で退任し、経営から完全に身を引くこととなった。後任のグループCEOには奥村幹夫社長兼COOが充てられた[7]

首脳の交代にとどまらず、入庫再開に関与した役員も処分の対象となった。損保ジャパンの西澤敬二会長を筆頭に、飯豊聡副社長ら計9人が名を連ね、うち8人は再開を決めた役員ミーティングの出席者であった。西澤氏については、社長在任中に保険金サービス部門の人員を大幅に削減し、不正を助長する土壌を生んだ責任を金融庁が指摘した。トップの引責と関与者の処分を束ねて、経営責任の所在を可視化する人事であった[8]

結果

統治改革の実装と、残る課題

新体制は、金融庁へ提出した業務改善計画のもとで統治の作り直しに着手した。奥村グループCEOは、リスク情報の伝達ルールを明確にしたうえで、情報を上げた者にきちんと応えることを繰り返さなければ、ルールを整えても意味がないと語った。自身も損保ジャパンの取締役会議長に就いて責任を負う立場を明確にし、代理店との取引や過度な便宜供与を見直して利益相反の懸念を取り除くことを、有識者会議の議論を待たずに進めるとした。2024年には内部監査部門を取締役会に直結させる管理体制の見直しも進んだ[9]

皮肉にも、統治の危機と業績とは対照的に動いた。刷新を進めた2024年3月期は、海外保険事業の運用益が伸びて連結の親会社株主に帰属する当期純利益が4,160億円と過去最高を記録した。稼ぐ力が高まる一方で信頼を損なう構図であり、その後も2024年には顧客情報の漏洩問題が続いた。奥村氏は現状維持バイアスの強さを認め、価値基準や人事制度、ビジネスモデルからの刷新が要ると述べており、再建はなお途上にあった[10][11]

出典・参考
  • 金融庁「損害保険ジャパン及びSOMPOホールディングスに対する行政処分について」(2024年1月25日)
  • 週刊東洋経済 2024年1月27日号「【第1特集 損害保険の闇】 Prologue 損保ジャパン 役員総退陣の危機」
  • 週刊東洋経済 2024年1月27日号「【第1特集 損害保険の闇】 Part1 ビッグモーター不正 闇落ちした損保ジャパン 「保険金詐欺」隠蔽の真相」
  • 週刊東洋経済 2024年2月10日号「ニュース最前線 01 ビッグモーター不正問題でSOMPOが経営陣を刷新」
  • 週刊東洋経済 2024年6月22日号「【第1特集 生保・損保の真価】 Part3 激動の損害保険 トップインタビュー SOMPO HD 社長兼グループCEO 奥村幹夫」
  • 週刊東洋経済 2025年1月25日号「【第1特集 保険 異常事態】 Part2 損保の生きる道 Top Interview 損保 SOMPO」
  • SOMPOホールディングス 有価証券報告書(2024年3月期・連結・IFRS)