コーセーホールディングス米国のメークアップブランド「タルト」の株式93.5%の取得と北米市場への参入

アジア一辺倒だった海外事業をどう組み替えるか——工場を持つ会社が、工場を持たない会社を買った

時期 2014年3月
意思決定者(推定) 小林一俊 コーセー 社長
論点 海外事業の拡大と北米市場への参入
概要
2014年3月4日、コーセーが米国のTarte, Inc.(タルト)の株式譲渡契約を締結し、同年4月1日に議決権の93.5%を1億3,500万ドル程度で取得して子会社化した経営判断。小林一俊社長のもとで2011年に始めた「攻めの改革」の一環で、同社にとって初の北米ブランド買収であった。
背景
コーセーの海外展開は1968年の香港以来アジアに偏り、北米には拠点がなかった。当時の中期経営計画は基本戦略の一つ「成長ドライバーへの注力」の中身として「海外事業の拡大」を掲げ、未進出市場への進出を課題としていた。
内容
取得したのは14,856株で、売り手は投資ファンドのEncore Consumer Capital Fundである。取得原価136億42百万円からのれん94億98百万円が生じ、13年の均等償却とした。ほかに商標権35億19百万円、顧客関連資産27億17百万円を無形固定資産に配分している。
含意
買ったのは工場でも研究所でもなく、セフォラやウルタの売場に載ったブランドであった。買収から3年で売上高は3.6倍の282億円、営業利益は5.6倍の84億円に伸びた一方、2025年度には競争激化と原料規制対応で営業利益率が7.9%へ下がっている。
筆者の見解

売場を買うということ

1億3,500万ドルの対価から資産として残ったのは、のれん94億98百万円と商標権35億19百万円、顧客関連資産27億17百万円であった。工場も研究所も付いてこない。狭山と群馬に工場を構え、自社の研究所で処方を作ってきた会社が、ブランドと売場だけを買ったことになる。小林一俊社長がケリー氏を「女性版スティーブ・ジョブズ」と呼んだのは称賛であると同時に、自社の作り方では届かない領域があると認める言葉でもあったとみられる。

ただ、無形の資産で買ったものは、無形のまま目減りする。営業利益率は買収3年目の水準から7.9%まで下がり、原料規制への対応で原価が10億円増え、TargetからUltaが引くだけで返品引当が要る。棚とトレンドの上に載った収益は、自社の設備の上に載った収益ほど手元で守れない。それでもコーセーが2026年度にマーケティング投資を優先すると決めたのは、この事業が守って持ちこたえる種類のものではないと見ているからであろう。

Yutaka Sugiura, 2026年8月

背景

アジアに偏った海外事業と「攻めの改革」

2007年6月、創業者・小林孝三郎氏の孫にあたる小林一俊氏がコーセーの社長に就いた。就任と同時に経営効率化を狙う「守りの改革」が始まったが、その間の業績は伸びていない。連結売上高は2006年3月期の1,778億円から2012年3月期の1,665億円まで6期続けて減り、経常利益も206億円から118億円へ落ちた。コーセーは2011年に方針を「攻めの改革」へ切り替え、同年8月に化粧品通信販売のプロビジョンを設立して通販に踏み込んだ[1][2][3][4]

海外はアジアに偏っていた。1968年の香港を皮切りにシンガポール、マレーシア、タイ、台湾へ会社を置き、2001年に韓国、2005年に中国、2013年10月にインド、2014年1月にインドネシアと広げてきたが、北米には一つも拠点がなかった。当時の中期経営計画は基本戦略の一つに「成長ドライバーへの注力」を掲げ、その中身として「海外事業の拡大」を置いている。成長市場と未進出国をどう埋めるかが、残された課題であった[5][6]

買う相手——タルトという会社

タルトは1999年に設立され、ニューヨーク州に本社を置く化粧品販売会社である。アサイーやアセロラの抽出物、ビタミン、ミネラルなどを配合した「ハイパフォーマンスナチュラル」を掲げ、セフォラ、ウルタ、メイシーズのインパルス売場を主な販路としつつ、自社サイトとテレビ通販のQVCでも売った。買い手は20〜30代の女性が中心で、2012年12月期の売上高は5,241万ドル、営業利益は978万ドルであった[7][8]

株式は創業者のモーリーン・ケリー氏と、サンフランシスコの投資ファンドEncore Consumer Capital Fundが持っていた。売上高は2010年12月期の2,486万ドルから2012年12月期に5,241万ドルへ、2年で2倍を超えている。コーセーとの接点は取引ではなく製品から生まれた。ケリー氏がコーセーの自然派化粧品「アウェイク」の愛用者だったことから関係ができ、それが買収につながっている(週刊東洋経済 2017/6/17)[9][10]

決断

1億3,500万ドルでの株式取得

2014年3月4日、コーセーはタルトの株式譲渡契約を締結し、3月17日にこれを公表した。取得したのは14,856株、議決権比率にして93.5%で、取得価額は1億3,500万ドル程度とされた。売り手は投資ファンドのEncore Consumer Capital Fundである。ケリー氏は買収後も株主にとどまり、タルトの経営に携わることが同時に示された。株式譲渡は2014年4月1日に実行され、タルトは連結子会社となった[11][12][13]

支払いの中身に、この買収で手に入れたものの性格が表れている。取得原価136億42百万円の内訳は、現金の対価が132億14百万円、アドバイザリー費用等が4億27百万円であった。ここから生じたのれん94億98百万円は13年の均等償却とし、ほかに商標権35億19百万円を14年、顧客関連資産27億17百万円を12年で償却する形になった。2014年3月期の連結営業利益は189億円であり、それに近い額を、工場も設備も伴わない資産に払っている[14][15]

自社にない型を、会社ごと引き受ける

コーセーは自分で作る会社である。1964年に狭山工場を置き、同じ年に研究所を開き、1979年には群馬工場を構えて、処方の開発から生産までを内に抱えてきた。買った相手はその逆であった。小林一俊社長は後にケリー氏を「女性版スティーブ・ジョブズ」(週刊東洋経済 2017/6/17)と評し、研究所も工場も持たずコンセプトとアイデアで勝負する点に、自社にはない価値を見たと語っている[16][17]

会社が示した理由は簡潔であった。北米におけるグループの位置を高め、海外事業の拡大と、新たな販路と顧客の獲得をめざす、と有価証券報告書は記している。それまでのアジア展開は、自社で製造した製品を現地の販売会社が売る形が中心であった。北米では、現地の流通にすでに食い込んだブランドを会社ごと引き受ける形をとっている。同じ「海外事業の拡大」でも、製品を運ぶ進出から、売場を持つ会社を買う進出へと方法が変わった[18][19]

小林一俊 コーセー 社長
2017年ごろの当事者の証言
研究所も工場も持たず、コンセプトとアイデアで勝負するというわれわれにはない価値を間近で見られる

結果

3年で売上3.6倍

買収から3年で、タルトの売上高は3.6倍の282億円、営業利益は5.6倍の84億円になった。セフォラとウルタに食い込み、取扱店数は2,300に達している。同じ2017年3月期、コーセーの連結経常利益は396億円となり、資生堂が2016年12月期に計上した371億円をわずかに上回った。小林一俊社長は、自身は「経営のスピードをもっと上げていく」(週刊東洋経済 2017/6/17)ほうに関心があると答えている[20][21][22]

北米ではその後も会社を増やした。2015年10月に米国でKOSÉ AMERICA, Inc.を設立し、2016年3月にはブラジルにも販売会社を置いている。連結売上高は買収前の2014年3月期1,900億円から2019年3月期の3,330億円へ伸び、経常利益540億円で最高益となった。競合が苦戦した米国で、タルトは業績の牽引役に育った(週刊東洋経済 2018/7/21)。2023年には米国のプレステージメイクアップ市場で3位となり、送品と店頭消化のいずれも過去最高を更新している[23][24][25][26]

利益率の低下と、投資の継続

その後の数年で、稼ぐ力は目に見えて落ちた。2024年度は、化粧品原料の規制化がEUで動き、米国で訴訟リスクが高まったことを受けて、タルトが自主的に処方変更などの対応を採り、原価が10億円ほど増えている。2025年度は北米市場の悪化と関税の影響が重なり、第1四半期の営業利益は12億円・営業利益率6.9%と、前年同期の35億円・19.5%から半分以下に落ちた。通期の営業利益率は7.9%にとどまった[27][28][29]

売場の側でも変化が起きた。米国の販売先であるTargetからUltaが2026年8月に撤退することになり、コーセーは2025年度第4四半期に返品引当を計上している。それでも縮小には向かっていない。2025年4月にAmazonのプレミアム美容枠での販売を始め、2026年度はマーケティング投資を優先してシェア拡大を図る方針を示した。連結では2025年12月期の売上高3,302億円・経常利益215億円で、最高益の540億円には戻っていない[30][31][32][33]

出典・参考
  • コーセー「米国「Tarte, Inc.」の株式取得(子会社化)に関するお知らせ」(2014年3月17日)
  • コーセー 有価証券報告書(2015年3月期)【企業結合等関係】
  • コーセーホールディングス 有価証券報告書 第84期(2025年12月期)【沿革】
  • コーセー 有価証券報告書 第65期(2007年3月期)【役員の状況】
  • コーセー 有価証券報告書(連結財務諸表)
  • 週刊東洋経済 2017年6月17日号「躍進するポーラ、コーセー」
  • 週刊東洋経済 2018年7月21日号「トップに直撃 コーセー 社長 小林一俊」
  • KOSÉ REPORT 2024(コーセー、2024年)「価値創造の軌跡」
  • コーセー 2023年12月期 決算説明会 質疑応答
  • コーセー 2024年12月期 決算説明会 質疑応答
  • コーセー 2025年12月期 第1四半期 決算説明会 質疑応答
  • コーセーホールディングス 2025年12月期 決算説明会 質疑応答

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