決断
安く売るための店と土地を、借入で自ら持つ順序を最後まで変えなかった。中内㓛氏はメーカーが建値を決める商慣行に自社ブランドで対抗し、1972年に売上高で三越を抜いて小売業日本一に立った。新規出店の用地は50%を自社で保有する方針を掲げ、1980年2月には小売業で初めて年商1兆円に達した。1994年3月には忠実屋を合併した。ところが翌1995年の阪神・淡路大震災を境に借入の重さが顕在化し、2004年10月には自力再建を断念して産業再生機構へ支援を要請した。
2013年3月 イオンの完全子会社化
イオンの完全子会社化丸紅とイオンの二頭体制による再建の停滞を、イオンの公開買付けへの賛同と株式交換による完全子会社化でイオン主導へ一元化し、上場企業としてのダイエーの歴史を閉じた再編同じ経営論点に直面した企業 | M&A・買収売上高と当期純損益2013 2014 売上高(億円) 7,728 7,565 当期純損益(百万円) -3,693 -24,330 2004年10月 産業再生機構の支援
産業再生機構の支援二度の金融支援後も過剰債務と本業の不振が解消せず、民間ファンドによる自主再建を断念して産業再生機構の支援を受け入れた再建同じ経営論点に直面した企業 | 構造改革・リストラ業績の推移2003 2004 2009 売上高(兆円) 2.0 1.8 1.0 経常利益率(%) 0.7 1.8 0.3 1972年3月 三越を抜く価格破壊