コーセーHD の歴史

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創業 1946年
創業者 小林孝三郎
創業地 東京都北区王子
創業・決断・現況・競合について
創業
1946年3月、小林孝三郎氏が東京都北区王子に小林合名会社を設立した。資金の裏づけを持たない小林氏は、小売店から先に協約金を受け取ってから商品を配給する協約販売制度を作り、わずかな商品でも運賃を自社で負担して地方の小売店へ1軒ずつ送っている。1948年6月に株式会社小林コーセーへ改組し、1951年11月には販売部門をコーセー商事として分離した。量ではなく質を求めると表明した小林氏は、1963年5月にフランスのロレアルと技術提携を締結し、翌1964年に狭山工場と研究所を新設している。1991年8月にコーセー、2026年1月にコーセーホールディングスへ商号を変更した。
決断
同じ商品をすべての売り場へ流すのをやめ、売り場の数だけブランドを用意してきた。1970年に百貨店向けの高級ブランド、コスメデコルテを発売し、1985年には和漢植物エキスを配合した雪肌精を加える。1988年には自社製品を扱うコーセー化粧品販売と、一般品ルートのコーセーコスメポートを別々に設立した。1991年8月にはCI導入にあわせて小林コーセーからコーセーへ商号を変え、百貨店・専門店・量販店・ドラッグチェーンのそれぞれに専用ブランドを開発する方式へ切り替える。2014年3月には米国のタルトの株式93.5%を取得し、工場も研究所も持たないブランドを会社ごと取得して北米の売り場に入った。
現況
売上の8割を占める高価格帯より、量販店向けの低価格帯のほうが利益率は高い。2025年12月期の連結売上高3,301億円は化粧品事業2,623億円とコスメタリー事業644億円に分かれ、営業利益はそれぞれ167億円と62億円で、利益率は6.4%と9.7%と逆転している。地域別では日本2,153億円、北米618億円、アジア441億円で、2024年11月に中国の生産子会社を譲渡し在庫と店舗を整理した。2026年1月には純粋持株会社体制へ移行し、創業家以外から社長を選んでいる。売上高が最高益だった2019年3月期の水準まで回復しても、経常利益は540億円の4割にとどまる。
競合
外国のメーカーを、締め出す相手ではなく技術の入口として迎えてきた。資本の自由化を控えた1963年にロレアルと提携し、2001年8月の合弁解消まで38年続けている。同じ期間、資生堂は1923年に作った販社の網で価格を握り、1997年に化粧品の再販価格維持を撤廃するポーラ・オルビスホールディングスは1984年に通信販売専業のオルビスを設けて、売り場を持たない経路を作った。コーセーは1999年12月の店頭登録時点で売上シェア8.4%の3位だったが、2017年3月期には経常利益396億円と資生堂の371億円を初めて上回っている。外から技術を借りた会社は、外から取得したブランドの採算では先行2社に及ばず、タルトの営業利益率は2025年度で7.9%にとどまる。
長期業績の推移 1950〜2025年
コーセーホールディングス:長期業績の推移(売上高・利益率)売上高(億円純利益率(%)
2006年3月期2025年12月期

1946年〜小売店から先に資金を集めた協約販売制度

コーセーは、1946年3月に小林孝三郎氏が東京都北区王子に設立した小林合名会社に始まる。敗戦の焦土で国民が生活不安に怯えていた時期に、小林氏は化粧品が人々の心を明るくし、復興の一助を担うと考えて創業した。資金の裏づけを持たなかった小林氏は、小売店から先に協約金を受け取ってから商品を配給する協約販売制度をつくり、全国の小売店に声をかけて回った。わずかな商品でも荷づくりし、運賃を負担して物資のない地方の小売店へ1軒ずつ送った。1948年6月には会社組織を変更し、株式会社小林コーセーを設立した

  • コーセーホールディングス 有価証券報告書 第84期(2025年12月期)【沿革】
    • [1]1946年3月に小林孝三郎が東京都北区王子に小林合名会社を設立
    • [5]1948年6月に会社組織を変更し株式会社小林コーセーを設立
  • KOSÉ REPORT 2024(コーセー、2024年)「価値創造の軌跡」
    • [2]小林孝三郎は化粧品が復興の一助を担うと考えて創業した
    • [3]小売店から先に協約金を受け取って商品を配給する協約販売制度をつくった
    • [4]わずかな商品でも荷づくりし運賃を負担して地方の小売店へ1軒ずつ送った

1951年11月には販売部門を分離してコーセー商事を設立し、製造と販売を別の会社に置いた。同じ年に発売した"パーライトスキン"は、結晶ができない機能を備え、長く売れる商品になった。当時は品物さえあれば売れた時代で、粗悪品も出回っていた。小林氏は品質に見合わない価格で売られる状況を憂い、原料と香料はできる限り高品質のものを選んだ。大量に生産して規模を拡大するべきだという声も社内にはあったが、小林氏が採ったのは量ではなく質の道で、優秀な商品の開発と組織・人材の育成に力を傾け、小さくても優れた内容で戦える企業を目指した

  • コーセーホールディングス 有価証券報告書 第84期(2025年12月期)【沿革】
    • [6]1951年11月に販売部門を分離しコーセー商事を設立
  • KOSÉ REPORT 2024(コーセー、2024年)「価値創造の軌跡」
    • [7]1951年に発売したパーライトスキンは結晶ができない機能を備えたロングセラーになった
    • [8]創業期の1950年代は品物さえあれば売れた時代で粗悪品も横行していた
    • [9]小林孝三郎は原料と香料をできる限り高品質のものにする方針を取った
    • [10]小林孝三郎は量より質を求めると表明し小さくても優れた内容で闘える企業を目指すと述べた
  • コーセーホールディングス 有価証券報告書 第84期(2025年12月期)【沿革】
    • [1]1946年3月に小林孝三郎が東京都北区王子に小林合名会社を設立
    • [5]1948年6月に会社組織を変更し株式会社小林コーセーを設立
    • [6]1951年11月に販売部門を分離しコーセー商事を設立
  • KOSÉ REPORT 2024(コーセー、2024年)「価値創造の軌跡」
    • [2]小林孝三郎は化粧品が復興の一助を担うと考えて創業した
    • [3]小売店から先に協約金を受け取って商品を配給する協約販売制度をつくった
    • [4]わずかな商品でも荷づくりし運賃を負担して地方の小売店へ1軒ずつ送った
    • [7]1951年に発売したパーライトスキンは結晶ができない機能を備えたロングセラーになった
    • [8]創業期の1950年代は品物さえあれば売れた時代で粗悪品も横行していた
    • [9]小林孝三郎は原料と香料をできる限り高品質のものにする方針を取った
    • [10]小林孝三郎は量より質を求めると表明し小さくても優れた内容で闘える企業を目指すと述べた

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歴史年表 1946〜2026年

コーセーホールディングスの沿革1946〜2026年における主な出来事を抜粋

時代年月社長・CEO出来事重要度
1946〜1969年協約販売制度と量より質を選んだ化粧品事業の創業(1946〜1969)化粧品の製造販売を目的に東京都北区で小林合名会社を設立★★★
会社組織を変更し小林コーセーを設立★★
販売部門を分離しコーセー商事を設立★★
高級化粧品の製造会社アルビオンを設立★★
国内資本にこだわらず、外資との合弁を受け入れる道の選択

1963年5月、株式会社小林コーセー(現コーセーホールディングス)がフランスのロレアル社と技術提携を締結した経営判断。提携は技術の導入にとどまらず合弁の形を伴い、2001年8月に合弁契約を解消するまで38年続いた。ロレアルの側から見れば、この年が日本に上陸した年にあたる。

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★★★
埼玉県に狭山工場を設置
東京都北区に研究所を開設
東京都中央区日本橋に本社を移転
香港に香港高絲私人有限公司を設立
1970〜1990年コスメデコルテと雪肌精、価格帯で分けた二重展開(1970〜1990)シンガポールに新加坡高絲私人有限公司を設立
マレーシアに高絲化粧品(馬)有限公司を設立
群馬県に群馬工場を設置
小林禮次郎タイにKOSÉ (THAILAND) CO., LTD.を設立
小林禮次郎台湾に台湾高絲股份有限公司を設立
小林禮次郎サロンルート化粧品販売のクリエを設立
小林禮次郎中国に春絲麗有限公司を設立★★
小林禮次郎自社製品の販売会社コーセー化粧品販売を設立★★
小林禮次郎一般品ルートの販売会社コーセーコスメポートを設立★★
1991〜2006年CI導入と販路別ブランド、株式公開までの再構築(1991〜2006)小林禮次郎CI導入による転換と、小林コーセーからコーセーへの商号変更

1991年、小林コーセーがCI(コーポレートアイデンティティ)を導入し、各種の調査を経てブランドマーケティングの本格実施に踏み切った経営判断。社内では"選択的流通システム"とも呼ばれ、百貨店・化粧品専門店・総合量販店・ドラッグストアという販路ごとに専用のブランドを開発する方式へ切り替えた。同年8月、商号を株式会社小林コーセーから株式会社コーセーへ変更している。

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★★★
小林禮次郎障がい者雇用の特例子会社アドバンスを設立
小林保清日本証券業協会に株式を店頭登録
小林保清東京証券取引所市場第一部に株式を上場
小林保清韓国にKOSÉ KOREA CO., LTD.を設立
小林保清ドクターコスメのフィルインターナショナルを子会社化
小林保清OEM・業務用の販売会社コーセーコスメピアを設立
小林保清秋田県に広域受注機能を持つ受注センターを開設
小林保清台湾高絲の新竹工場を設置
小林保清中国に高絲化粧品銷售(中国)有限公司を設立
小林保清ジルスチュアートブランドを日本の化粧品市場に導入★★
2007〜2026年守りの改革から攻めの改革へ、タルト買収と持株会社移行(2007〜2026)小林一俊東京都北区にコーセー王子研修センターを開設
小林一俊化粧品通信販売のプロビジョンを設立
小林一俊インドにKOSÉ Corporation India Pvt. Ltd.を設立
小林一俊インドネシアにPT. INDONESIA KOSÉを設立
小林一俊米メークアップブランドの株式93.5%取得による北米市場への参入

2014年2月17日、コーセーが取締役会で米国Tarte,Inc.(タルト)の株式を取得して子会社化することを決議し、3月4日に既存株主との株式譲渡契約を締結、4月1日付で議決権の93.5%を取得した経営判断である。取得株式数は14,856株、公表時の取得価額は1億3,500万米ドル程度で、連結上の取得原価は13,642百万円となった。小林一俊社長のもとで進めた海外事業の拡大策であり、同社にとって初の北米ブランドの買収であった。

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★★★
小林一俊米国にKOSÉ AMERICA, Inc.を設立
小林一俊生産子会社コーセーインダストリーズを設立
小林一俊ブラジルに販売子会社を設立
小林一俊群馬工場の新生産棟が稼動
小林一俊ミルボンとの合弁コーセー ミルボン コスメティクスを設立★★
小林一俊フランスのリヨンにコーセー研究所の分室を開設
小林一俊東京都北区にコーセー先端技術研究所を開設
小林一俊マルホとの合弁コーセー マルホ ファーマを設立★★
小林一俊トラベルリテール事業を統合しコーセートラベルリテールに商号変更
小林一俊東京証券取引所プライム市場へ移行
小林一俊フランスのパリに支店とコーセー研究所の分室を開設
小林一俊中国生産子会社の持分譲渡と、在庫処分・店舗整理

2024年11月11日、コーセーが中国事業の構造改革を公表し、在庫の処分と店舗・人員の整理によって特別損失44億円を計上した経営判断。1988年1月の現地法人設立から36年、2017年に決議した生産子会社の持分譲渡に続く整理にあたる。

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★★★
小林一俊タイのPURI CO.,LTD.の株式を取得し子会社化
小林一俊インドのFoxtale Consumer Pvt. Ltd.へ出資し戦略的提携★★
小林一俊純粋持株会社体制への移行と、創業家以外からの社長選出

2024年11月11日、コーセーが取締役会で純粋持株会社体制への移行の検討開始を決議し、2025年2月26日に吸収分割契約を承認、2026年1月1日に移行して株式会社コーセーホールディングスへ商号を変更した経営判断。 あわせて2026年3月27日の第84回定時株主総会後には、創業家以外からはじめてとなる澁澤宏一氏が代表取締役社長グループCOOに就任し、代表取締役が2名体制になった。

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★★★
出典・参考 2件
出典・参考
  • コーセーホールディングス 有価証券報告書 第84期(2025年12月期)【沿革】
  • KOSÉ REPORT 2024(コーセー、2024年)「価値創造の軌跡」

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