コーセーホールディングス の歴史

創業

1946年

創業者

小林孝三郎

創業地

東京都北区王子

直近売上高(2025/12)

3,302億円

長期業績と転換点(1996/3〜2025/12)
売上高(億円純利益率(%)
Q なぜ1946年に創業した小林合名会社は、資金の裏づけがないまま全国へ商品を届けられたのか
A 小売店から先に協約金を受け取ってから商品を配給する協約販売制度をつくり、運転資金を売り手の側から集めたためである。創業者の小林孝三郎氏は全国の小売店に声をかけて回り、わずかな商品でも荷づくりして運賃を負担し、物資のない地方の小売店へ1軒ずつ送った。敗戦の焦土で国民が生活不安に怯えていた時期に、小林氏は化粧品が人々の心を明るくし、復興の一助を担うと考えて創業している。この積み重ねが取引先の信頼を生み、共存共栄という同社の商売の考え方になった。
Q なぜ1991年にコーセーは、販路ごとに異なるブランドを開発する方式へ転換したのか
A 外資系ブランドの台頭で国産ブランドが厳しい環境に置かれるなか、CI導入にあわせた各種の調査でブランドマーケティングの採用が望ましいという結論が出たためである。従来の日本の商売では各販路に同じ商品を充てるのが一般的だったが、コーセーは百貨店・専門店・量販店・ドラッグチェーンそれぞれに最適なブランドを開発した。社内では選択的流通システムとも呼ばれ、小林保清社長は資生堂との違いを問われたときの答えをこの方式とグループ経営に求めた。この方式は提携先だったロレアルが取っており、そこから刺激を受けた部分もあった
Q なぜ2014年にコーセーは、工場も研究所も持たない米国のタルトを買収したのか
A 2011年に守りの改革から攻めの改革へ転じ、通販事業の開始と北米ブランドの買収によって事業の領域と地域を広げる方針を取ったためである。タルトを設立したモーリーン・ケリー氏がコーセーの自然派化粧品「アウェイク」の愛用者だったことから関係ができ、買収に至った小林一俊社長は、研究所も工場も持たずコンセプトとアイデアで勝負する点に、自社にはない価値を見たと述べた。買収から3年で売上高は3.6倍の282億円、営業利益は5.6倍の84億円に伸びた

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1946年〜 協約販売制度と量より質を選んだ化粧品事業の創業(1946〜1969)

  1. 1946年 化粧品の製造販売を目的に東京都北区で小林合名会社を設立
  2. 1948年 会社組織を変更し小林コーセーを設立
  3. 1951年 販売部門を分離しコーセー商事を設立
  4. 1956年 高級化粧品の製造会社アルビオンを設立
  5. 1963年 フランス・ロレアル社との技術提携と、外資との合弁の受け入れ 外資を競争相手として遠ざけるか、提携相手として迎えるか——創業17年の小林コーセーが結んだ38年の関係
  6. 1964年 埼玉県に狭山工場を設置
  7. 1964年 東京都北区に研究所を開設

小売店から先に資金を集めた協約販売制度

コーセーは、1946年3月に小林孝三郎氏が東京都北区王子に設立した小林合名会社[1]に始まる。敗戦の焦土で国民が生活不安に怯えていた時期に、小林氏は化粧品が人々の心を明るくし、復興の一助を担うと考えて創業した[2]。資金の裏づけを持たなかった小林氏は、小売店から先に協約金を受け取ってから商品を配給する協約販売制度[3]をつくり、全国の小売店に声をかけて回った。わずかな商品でも荷づくりし、運賃を負担して物資のない地方の小売店へ1軒ずつ送った[4]。1948年6月には会社組織を変更し、株式会社小林コーセーを設立した[5]

  • コーセーホールディングス 有価証券報告書 第84期(2025年12月期)【沿革】
    • [1]1946年3月に小林孝三郎が東京都北区王子に小林合名会社を設立
    • [5]1948年6月に会社組織を変更し株式会社小林コーセーを設立
  • KOSÉ REPORT 2024(コーセー、2024年)「価値創造の軌跡」
    • [2]小林孝三郎は化粧品が復興の一助を担うと考えて創業した
    • [3]小売店から先に協約金を受け取って商品を配給する協約販売制度をつくった
    • [4]わずかな商品でも荷づくりし運賃を負担して地方の小売店へ1軒ずつ送った

1951年11月には販売部門を分離してコーセー商事を設立し[6]、製造と販売を別の会社に置いた。同じ年に発売した「パーライトスキン」は、結晶ができない機能を備え、長く売れる商品になった[7]。当時は品物さえあれば売れた時代で、粗悪品も出回っていた[8]。小林氏は品質に見合わない価格で売られる状況を憂い、原料と香料はできる限り高品質のものを選んだ[9]。大量に生産して規模を広げるべきだという声も社内にはあったが、小林氏は量ではなく質を求めると表明し、優秀な商品の開発と組織・人材の育成に力を傾け、小さくても優れた内容で戦える企業を目指すと述べた[10]

  • コーセーホールディングス 有価証券報告書 第84期(2025年12月期)【沿革】
    • [6]1951年11月に販売部門を分離しコーセー商事を設立
  • KOSÉ REPORT 2024(コーセー、2024年)「価値創造の軌跡」
    • [7]1951年に発売したパーライトスキンは結晶ができない機能を備えたロングセラーになった
    • [8]創業期の1950年代は品物さえあれば売れた時代で粗悪品も横行していた
    • [9]小林孝三郎は原料と香料をできる限り高品質のものにする方針を取った
    • [10]小林孝三郎は量より質を求めると表明し小さくても優れた内容で闘える企業を目指すと述べた
  • コーセーホールディングス 有価証券報告書 第84期(2025年12月期)【沿革】
    • [1]1946年3月に小林孝三郎が東京都北区王子に小林合名会社を設立
    • [5]1948年6月に会社組織を変更し株式会社小林コーセーを設立
    • [6]1951年11月に販売部門を分離しコーセー商事を設立
  • KOSÉ REPORT 2024(コーセー、2024年)「価値創造の軌跡」
    • [2]小林孝三郎は化粧品が復興の一助を担うと考えて創業した
    • [3]小売店から先に協約金を受け取って商品を配給する協約販売制度をつくった
    • [4]わずかな商品でも荷づくりし運賃を負担して地方の小売店へ1軒ずつ送った
    • [7]1951年に発売したパーライトスキンは結晶ができない機能を備えたロングセラーになった
    • [8]創業期の1950年代は品物さえあれば売れた時代で粗悪品も横行していた
    • [9]小林孝三郎は原料と香料をできる限り高品質のものにする方針を取った
    • [10]小林孝三郎は量より質を求めると表明し小さくても優れた内容で闘える企業を目指すと述べた

ラボンヌの成功とロレアルからの技術導入

1957年に発売した高級化粧品「ラボンヌ」は大きく売れ、会社を躍進させた[11]。コーセーは高価であることではなく、効果があること[12]を目指した。1962年には日本人の肌に合わせて美容効果を高めた「オーリック」を発売した[13]。1951年のパーライトスキン、1957年のラボンヌ、1962年のオーリックと、創業から15年ほどのあいだに主力商品を重ねた[14]。1999年の講演で小林保清社長は、創業当時から商品開発について業界内で定評があったと述べ、画期的な新製品を多数開発してきたことを同社の強みの筆頭に挙げた[15]。コーセーは創業期から、正しいことは何かを見つめる「正しきことに従う心」と、最高よりも最良を求める考え方[16]を掲げた。

  • KOSÉ REPORT 2024(コーセー、2024年)「価値創造の軌跡」
    • [11]1957年発売の高級化粧品ラボンヌが大ヒットしコーセーは大きく躍進した
    • [12]コーセーが目指したのは高価=高級品ではなく効果=高級品だった
    • [13]1962年に日本人の肌に合わせて美容効果を高めたオーリックを発売
    • [14]1951年パーライトスキン・1957年ラボンヌ・1962年オーリックと主力商品を重ねた
    • [16]創業期から「正しきことに従う心」と「最高よりも最良を」を掲げた
    • [15]小林保清社長は1999年の講演で創業当時から商品開発に業界内で定評があったと述べた

1956年3月には高級化粧品の製造会社として株式会社アルビオンを設立[17]した。アルビオンは高級化粧品の製造を担う会社として置かれ[18]、コーセー本体とは別の商品群を扱った。1956年の設立は、ロレアルとの技術提携より7年早い[19]。1999年時点でアルビオンは連結子会社として高付加価値の化粧品を担い、コーセー本体の売上に対する連結の倍率を1.8倍に押し上げる一因となった[20]小林保清社長は同年の講演で、親会社と関係会社が役割を分担する形をコーセーの特徴の一つに数えた[21]。1999年9月中間期の連結決算でも、アルビオンの高付加価値化粧品が好調に推移した[22]

  • コーセーホールディングス 有価証券報告書 第84期(2025年12月期)【沿革】
    • [17]1956年3月に高級化粧品の製造会社として株式会社アルビオンを設立
    • [18]アルビオンは高級化粧品の製造会社として設立され化粧品製造・卸売を担う
    • [19]アルビオン設立(1956年3月)はロレアルとの技術提携(1963年5月)より7年早い
    • [20]1999年時点で売上高の連単倍率は1.8倍だった
    • [21]小林保清社長は親会社と関係会社が役割分担する形を特徴の一つに挙げた
    • [22]1999年9月中間期の連結でアルビオンの高付加価値化粧品が好調だった

1963年5月、コーセーはフランスのロレアル社と技術提携を結んだ[23]。この関係は2001年8月に合弁契約を解消するまで38年続いた[24]。翌1964年6月には埼玉県に狭山工場を設け、同年8月には東京都北区に研究所を開き[25]、1965年3月には本社を東京都中央区日本橋へ移した[26]。研究所は現在のコーセー製品開発研究所にあたり[27]、狭山工場とあわせて提携の翌年に設けられた。1968年9月には香港に香港高絲私人有限公司を設立し[28]、海外での販売を始めた。同社は現在の高絲香港有限公司にあたる[29]。1965年に移った日本橋の地には、2026年時点でも本店を置いている[30]

  • コーセーホールディングス 有価証券報告書 第84期(2025年12月期)【沿革】
    • [23]1963年5月にフランスのロレアル社と技術提携し2001年8月に合弁契約を解消
    • [24]ロレアルとの提携は1963年5月から2001年8月の合弁契約解消まで38年続いた
    • [25]1964年6月に埼玉県に狭山工場を設置、同年8月に東京都北区に研究所を開設
    • [26]1965年3月に本社を東京都中央区日本橋へ移転
    • [27]1964年8月開設の研究所は現在のコーセー製品開発研究所
    • [28]1968年9月に香港に香港高絲私人有限公司を設立
    • [29]香港高絲私人有限公司は現在の高絲香港有限公司
  • コーセーホールディングス 有価証券報告書 第84期(2025年12月期)表紙
    • [30]2026年時点の本店所在地は東京都中央区日本橋三丁目6番2号
  • KOSÉ REPORT 2024(コーセー、2024年)「価値創造の軌跡」
    • [11]1957年発売の高級化粧品ラボンヌが大ヒットしコーセーは大きく躍進した
    • [12]コーセーが目指したのは高価=高級品ではなく効果=高級品だった
    • [13]1962年に日本人の肌に合わせて美容効果を高めたオーリックを発売
    • [14]1951年パーライトスキン・1957年ラボンヌ・1962年オーリックと主力商品を重ねた
    • [16]創業期から「正しきことに従う心」と「最高よりも最良を」を掲げた
    • [15]小林保清社長は1999年の講演で創業当時から商品開発に業界内で定評があったと述べた
    • [20]1999年時点で売上高の連単倍率は1.8倍だった
    • [21]小林保清社長は親会社と関係会社が役割分担する形を特徴の一つに挙げた
    • [22]1999年9月中間期の連結でアルビオンの高付加価値化粧品が好調だった
  • コーセーホールディングス 有価証券報告書 第84期(2025年12月期)【沿革】
    • [17]1956年3月に高級化粧品の製造会社として株式会社アルビオンを設立
    • [18]アルビオンは高級化粧品の製造会社として設立され化粧品製造・卸売を担う
    • [19]アルビオン設立(1956年3月)はロレアルとの技術提携(1963年5月)より7年早い
    • [23]1963年5月にフランスのロレアル社と技術提携し2001年8月に合弁契約を解消
    • [24]ロレアルとの提携は1963年5月から2001年8月の合弁契約解消まで38年続いた
    • [25]1964年6月に埼玉県に狭山工場を設置、同年8月に東京都北区に研究所を開設
    • [26]1965年3月に本社を東京都中央区日本橋へ移転
    • [27]1964年8月開設の研究所は現在のコーセー製品開発研究所
    • [28]1968年9月に香港に香港高絲私人有限公司を設立
    • [29]香港高絲私人有限公司は現在の高絲香港有限公司
  • コーセーホールディングス 有価証券報告書 第84期(2025年12月期)表紙
    • [30]2026年時点の本店所在地は東京都中央区日本橋三丁目6番2号

1970年〜 コスメデコルテと雪肌精、価格帯で分けた二重展開(1970〜1990)

  1. 1971年 シンガポールに新加坡高絲私人有限公司を設立
  2. 1972年 マレーシアに高絲化粧品(馬)有限公司を設立
  3. 1979年 群馬県に群馬工場を設置
  4. 1984年 タイにKOSÉ (THAILAND) CO., LTD.を設立
  5. 1988年 中国に春絲麗有限公司を設立
  6. 1988年 自社製品の販売会社コーセー化粧品販売を設立
  7. 1988年 一般品ルートの販売会社コーセーコスメポートを設立

外資系ブランドの躍進に高級品コスメデコルテで対抗する

1970年、コーセーは高級ブランド「コスメデコルテ」を発売した[31]。百貨店で外資系ブランドが売り場を広げるなかで[32]、小林孝三郎氏が長く思い描いてきた高級品の構想を商品にした。1976年には業界に先駆けてパウダーファンデーション「フィットオン」を売り出した[33]。後年、小林保清名誉会長は戦後の資本自由化で化粧品業界の門戸が開かれ、外資メーカーが相次いで参入したと振り返り、売り場を取られないために百貨店だけでなく化粧品専門店にも売り場を確保し、美容部員を専門店へ派遣し始めたと述べた[34]。それが生き延びる策になったという評価[35]である。

  • KOSÉ REPORT 2024(コーセー、2024年)「価値創造の軌跡」
    • [31]1970年に高級ブランド コスメデコルテを発売
    • [32]百貨店で外資系ブランドが躍進するなかでコスメデコルテを投入した
    • [33]1976年に業界に先駆けたパウダーファンデーション フィットオンを発売
  • 週刊東洋経済 2018年12月29日号「平成の教訓 小売りが大きく変化した30年」(小林保清名誉会長)
    • [34]小林保清名誉会長は資本自由化で外資メーカーが参入し専門店にも売り場を確保し美容部員を派遣したと述べた
    • [35]小林保清名誉会長は専門店への美容部員派遣が生き延びる策になったと述べた

生産の側でも成果が出た。1980年、コーセーは日本の化粧品メーカーとして初めてデミング賞事業所表彰を受けた[36]。品質管理の活動が外部から認められた形で、後年には海外メーカーからのOEM生産を引き受け、全工場でISO9002の認証を取得した[37]。1979年6月には群馬県に群馬工場を設けた[38]。1981年3月には小林孝三郎氏の子である小林禮次郎氏が代表取締役社長に就き[39]、経営を引き継いだ。1985年には和漢植物エキスを配合した化粧水「雪肌精」を発売した[40]。雪肌精はその後も売られ続け、2025年時点では海外でも展開する主力ブランドの一つになっている[41]

    • [36]1980年に日本の化粧品メーカーとして初めてデミング賞事業所表彰を受賞
    • [37]海外メーカーのOEM生産を受け全工場でISO9002の認証を取得した
  • コーセーホールディングス 有価証券報告書 第84期(2025年12月期)【沿革】
    • [38]1979年6月に群馬県に群馬工場を設置
  • コーセー 有価証券報告書 第64期(2006年3月期)【役員の状況】
    • [39]1981年3月に創業者の長男 小林禮次郎が代表取締役社長に就任
  • KOSÉ REPORT 2024(コーセー、2024年)「価値創造の軌跡」
    • [40]1985年に和漢植物エキス配合の化粧水 雪肌精を発売
  • コーセー 2024年12月期 決算説明会 質疑応答(2025年2月12日)
    • [41]雪肌精は2025年時点でグローバル展開する主力ブランドの一つ
  • KOSÉ REPORT 2024(コーセー、2024年)「価値創造の軌跡」
    • [31]1970年に高級ブランド コスメデコルテを発売
    • [32]百貨店で外資系ブランドが躍進するなかでコスメデコルテを投入した
    • [33]1976年に業界に先駆けたパウダーファンデーション フィットオンを発売
    • [40]1985年に和漢植物エキス配合の化粧水 雪肌精を発売
  • 週刊東洋経済 2018年12月29日号「平成の教訓 小売りが大きく変化した30年」(小林保清名誉会長)
    • [34]小林保清名誉会長は資本自由化で外資メーカーが参入し専門店にも売り場を確保し美容部員を派遣したと述べた
    • [35]小林保清名誉会長は専門店への美容部員派遣が生き延びる策になったと述べた
    • [36]1980年に日本の化粧品メーカーとして初めてデミング賞事業所表彰を受賞
    • [37]海外メーカーのOEM生産を受け全工場でISO9002の認証を取得した
  • コーセーホールディングス 有価証券報告書 第84期(2025年12月期)【沿革】
    • [38]1979年6月に群馬県に群馬工場を設置
  • コーセー 有価証券報告書 第64期(2006年3月期)【役員の状況】
    • [39]1981年3月に創業者の長男 小林禮次郎が代表取締役社長に就任
  • コーセー 2024年12月期 決算説明会 質疑応答(2025年2月12日)
    • [41]雪肌精は2025年時点でグローバル展開する主力ブランドの一つ

アジアへの現地法人設置と一般品ルートへの進出

1971年8月のシンガポール、1972年11月のマレーシア、1984年9月のタイと台湾、1988年1月の中国[42]と、コーセーはアジアに現地の会社を順に置き、台湾には製造機能を持たせて、のちに新竹工場を加えた[43]。国内では1985年10月にサロンルートの化粧品を扱う株式会社クリエを設立し[44]、美容室という別の販路に商品を供給した。1971年のシンガポールの会社は現在のKOSÉ SINGAPORE PTE.LTD.[45]、1972年のマレーシアの会社は現在のKOSÉ (MALAYSIA) SDN. BHD.にあたる。サロンルートを担うクリエは、のちにコーセープロフェッショナルへ社名を変えた[46]

  • コーセーホールディングス 有価証券報告書 第84期(2025年12月期)【沿革】
    • [42]1971年8月シンガポール、1972年11月マレーシア、1984年9月タイと台湾、1988年1月中国に現地法人を設立
    • [43]台湾高絲は製造機能を持ち後年に新竹工場を設置した
    • [44]1985年10月にサロンルート化粧品販売の株式会社クリエを設立
    • [45]シンガポール・マレーシアの現地法人は現在のKOSÉ SINGAPORE/KOSÉ (MALAYSIA)
    • [46]クリエは現在のコーセープロフェッショナル

1988年、コーセーは国内の販売体制を二つに割った[47]。4月に自社製品の販売会社コーセー化粧品販売を設立し[48]、7月には一般品ルートの化粧品販売会社コーセーコスメポートを設立した[49]。後者は、顧客層を広げるために手頃な価格の商品を届ける役割を負った[50]。百貨店や化粧品専門店で対面販売する高価格帯と、量販店で選んで買う低価格帯[51]とを、別の会社が別の商品で担った。コーセーコスメポートが扱う一般品ルートは、セルフ販売と呼ばれる形態にあたる[52]。二つの区分は1999年時点でも化粧品事業とコスメタリー事業として残り、それぞれ売上の76%と20%を占めた[53]

  • コーセーホールディングス 有価証券報告書 第84期(2025年12月期)【沿革】
    • [47]1988年に販売会社を2社設立し国内販売体制を二分した
    • [48]1988年4月に自社製品の販売会社コーセー化粧品販売を設立
    • [49]1988年7月に一般品ルートの化粧品販売会社コーセーコスメポートを設立
  • KOSÉ REPORT 2024(コーセー、2024年)「価値創造の軌跡」
    • [50]コーセーコスメポートは顧客層拡大のため手頃な価格の商品を提供する役割で設立された
    • [51]カウンセリング販売は百貨店・専門店、セルフ販売はドラッグストア・量販店が担った
    • [52]一般品ルートはセルフ販売=コスメタリー事業にあたる
    • [53]1999年時点で化粧品事業76%・コスメタリー事業20%
  • コーセーホールディングス 有価証券報告書 第84期(2025年12月期)【沿革】
    • [42]1971年8月シンガポール、1972年11月マレーシア、1984年9月タイと台湾、1988年1月中国に現地法人を設立
    • [43]台湾高絲は製造機能を持ち後年に新竹工場を設置した
    • [44]1985年10月にサロンルート化粧品販売の株式会社クリエを設立
    • [45]シンガポール・マレーシアの現地法人は現在のKOSÉ SINGAPORE/KOSÉ (MALAYSIA)
    • [46]クリエは現在のコーセープロフェッショナル
    • [47]1988年に販売会社を2社設立し国内販売体制を二分した
    • [48]1988年4月に自社製品の販売会社コーセー化粧品販売を設立
    • [49]1988年7月に一般品ルートの化粧品販売会社コーセーコスメポートを設立
  • KOSÉ REPORT 2024(コーセー、2024年)「価値創造の軌跡」
    • [50]コーセーコスメポートは顧客層拡大のため手頃な価格の商品を提供する役割で設立された
    • [51]カウンセリング販売は百貨店・専門店、セルフ販売はドラッグストア・量販店が担った
    • [52]一般品ルートはセルフ販売=コスメタリー事業にあたる
    • [53]1999年時点で化粧品事業76%・コスメタリー事業20%

1991年〜 CI導入と販路別ブランド、株式公開までの再構築(1991〜2006)

コーセーホールディングスの業績推移:連結

売上高(億円)純利益率(%)
  1. 1991年 CI導入による販路別ブランド開発への転換と、小林コーセーからコーセーへの商号変更 どの売り場にも同じ商品を渡すか、売り場ごとに別のブランドを立てるか——外資台頭下の流通対応
  2. 1992年 障がい者雇用の特例子会社アドバンスを設立
  3. 1999年 日本証券業協会に株式を店頭登録
  4. 2000年 東京証券取引所市場第一部に株式を上場
  5. 2001年 韓国にKOSÉ KOREA CO., LTD.を設立
  6. 2002年 ドクターコスメのフィルインターナショナルを子会社化
  7. 2005年 ジルスチュアートブランドを日本の化粧品市場に導入

販路ごとに最適なブランドを開発する選択的流通システム

1991年8月、小林コーセーは株式会社コーセーに商号を変更した[54]。外資系ブランドの台頭で国産ブランドが厳しい環境に置かれるなか、企業の存在意義を明確に発信するためのCI導入[55]にあわせた改称である。トータルマーケティング戦略とビジュアルアイデンティティを定め[56]、企業理念の体系も刷新した。1992年9月には障がい者雇用の特例子会社として株式会社アドバンスを設立し、化粧品業界では初、全業種でも25番目の特例子会社として認可を受けた[57]。CI導入には、世界での存在感を高める狙い[58]もあった。同じ1991年6月には小林保清氏が代表取締役専務に就いた[59]

  • コーセーホールディングス 有価証券報告書 第84期(2025年12月期)【沿革】
    • [54]1991年8月に株式会社コーセーへ商号変更
  • KOSÉ REPORT 2024(コーセー、2024年)「価値創造の軌跡」
    • [55]外資系ブランド台頭で国産ブランドが厳しい環境に置かれるなかCIを導入した
    • [56]CI導入でトータルマーケティング戦略とビジュアルアイデンティティを確立し企業理念体系を刷新した
    • [57]1992年9月に特例子会社アドバンスを設立し化粧品業界初・全業種25番目の認可を受けた
    • [58]CI導入には世界での存在感を高める狙いがあった
  • コーセー 有価証券報告書 第64期(2006年3月期)【役員の状況】
    • [59]小林保清は1991年6月に代表取締役専務へ就任

CI導入にあたって各種の調査を行った結果、コーセーはブランドマーケティングの採用に踏み切った。社内では選択的流通システムとも呼ばれ、百貨店・専門店・量販店・ドラッグチェーンという販路それぞれに最適なブランドを開発する方式である。従来の日本の商売では各販路に同じ商品を充てるのが一般的で、コーセーはいち早く流通チャネルごとにブランドを分けた。小林保清名誉会長は後年、この形は提携先だったロレアルが取っており、そこから刺激を受けた部分もあると振り返った[62]小林保清社長は、資生堂との違いを問われたときの答えがこの方式とグループ経営にある[63]と答えた。両社は比較的近い流通形態を採っていた[64][60][61]

    • [60]CI導入時の調査を経てブランドマーケティングを採用し社内では選択的流通システムと呼んだ
    • [61]販路それぞれに最適なブランドを開発する方式で従来は各販路に同じ商品を充てるのが一般的だった
    • [63]小林保清社長は資生堂との違いをブランドマーケティングとグループ経営に求めた
    • [64]コーセーと資生堂は比較的近い流通形態を採っていた
  • 週刊東洋経済 2018年12月29日号「平成の教訓 小売りが大きく変化した30年」(小林保清名誉会長)
    • [62]小林保清名誉会長はチャネル別ブランドの形は提携先ロレアルから刺激を受けたと述べた
  • コーセーホールディングス 有価証券報告書 第84期(2025年12月期)【沿革】
    • [54]1991年8月に株式会社コーセーへ商号変更
  • KOSÉ REPORT 2024(コーセー、2024年)「価値創造の軌跡」
    • [55]外資系ブランド台頭で国産ブランドが厳しい環境に置かれるなかCIを導入した
    • [56]CI導入でトータルマーケティング戦略とビジュアルアイデンティティを確立し企業理念体系を刷新した
    • [57]1992年9月に特例子会社アドバンスを設立し化粧品業界初・全業種25番目の認可を受けた
    • [58]CI導入には世界での存在感を高める狙いがあった
  • コーセー 有価証券報告書 第64期(2006年3月期)【役員の状況】
    • [59]小林保清は1991年6月に代表取締役専務へ就任
    • [60]CI導入時の調査を経てブランドマーケティングを採用し社内では選択的流通システムと呼んだ
    • [61]販路それぞれに最適なブランドを開発する方式で従来は各販路に同じ商品を充てるのが一般的だった
    • [63]小林保清社長は資生堂との違いをブランドマーケティングとグループ経営に求めた
    • [64]コーセーと資生堂は比較的近い流通形態を採っていた
  • 週刊東洋経済 2018年12月29日号「平成の教訓 小売りが大きく変化した30年」(小林保清名誉会長)
    • [62]小林保清名誉会長はチャネル別ブランドの形は提携先ロレアルから刺激を受けたと述べた

再販制度の撤廃とドラッグストア台頭への対応の遅れ

1997年3月、小林保清氏が小林禮次郎氏に代わって代表取締役社長に就き[65]、同じ年に化粧品の再販売価格維持制度が撤廃された[66]。欧米では高級化粧品が乱売されることはなかった[67]が、当時の日本では乱売が起きた。ただし、粗利の高い化粧品は売り手にとっても利益を出しやすい商品であり、小売の側も激しい乱売が起きないように変わっていった[68]小林保清名誉会長は、販路に沿ってブランドを分け始めたのもこの頃だったと振り返り、どの業態でも同じ品ぞろえにするのではなく、百貨店とドラッグストアで売る化粧品を差別化したと語った[69]

  • コーセー 有価証券報告書 第64期(2006年3月期)【役員の状況】
    • [65]1997年3月に小林保清が小林禮次郎に代わり代表取締役社長に就任
  • 週刊東洋経済 2018年12月29日号「平成の教訓 小売りが大きく変化した30年」(小林保清名誉会長)
    • [66]1997年に化粧品の再販制度が撤廃された
    • [67]欧米では高級化粧品が乱売されなかったが当時の日本では乱売された
    • [68]粗利の高い化粧品は売り手も利益を出しやすいため小売も乱売が起きないように変化した
    • [69]小林保清名誉会長は百貨店とドラッグストアで売る化粧品を差別化したと述べた

再販制度が崩れた後はドラッグストアが伸びた[70]。個人経営が大半の化粧品専門店とは商売の仕方が異なり、本部が集権的に仕入れを決めるため、全店に美容部員を送ることもできない[71]小林保清名誉会長は、こうした変化に対応する教育を営業部員に施すのが遅かったと認めた[72]。コーセーコスメポートは一般品ルートの販売会社として、この業態に商品を供給した[73]。1999年時点の流通チャネル別売上構成では化粧品専門店が28.8%を占め、ドラッグストアは20.5%だった[74]。総合量販店は18.3%、百貨店は11.7%、薬局・薬店は9.8%[75]が続く。

  • 週刊東洋経済 2018年12月29日号「平成の教訓 小売りが大きく変化した30年」(小林保清名誉会長)
    • [70]再販制度撤廃後にドラッグストアが台頭した
    • [71]ドラッグストアは本部集権型で全店に美容部員を派遣できない点が専門店と異なる
    • [72]小林保清名誉会長は変化に対応する営業部員教育が遅かったと認めた
  • コーセーホールディングス 有価証券報告書 第84期(2025年12月期)【沿革】
    • [73]コーセーコスメポートは一般品ルートの化粧品販売会社として設立された
    • [74]1998年度の流通チャネル別売上構成は化粧品専門店28.8%・ドラッグストア20.5%
    • [75]1998年度の流通チャネル別売上構成は総合量販18.3%・百貨店11.7%・薬局薬店9.8%
  • コーセー 有価証券報告書 第64期(2006年3月期)【役員の状況】
    • [65]1997年3月に小林保清が小林禮次郎に代わり代表取締役社長に就任
  • 週刊東洋経済 2018年12月29日号「平成の教訓 小売りが大きく変化した30年」(小林保清名誉会長)
    • [66]1997年に化粧品の再販制度が撤廃された
    • [67]欧米では高級化粧品が乱売されなかったが当時の日本では乱売された
    • [68]粗利の高い化粧品は売り手も利益を出しやすいため小売も乱売が起きないように変化した
    • [69]小林保清名誉会長は百貨店とドラッグストアで売る化粧品を差別化したと述べた
    • [70]再販制度撤廃後にドラッグストアが台頭した
    • [71]ドラッグストアは本部集権型で全店に美容部員を派遣できない点が専門店と異なる
    • [72]小林保清名誉会長は変化に対応する営業部員教育が遅かったと認めた
  • コーセーホールディングス 有価証券報告書 第84期(2025年12月期)【沿革】
    • [73]コーセーコスメポートは一般品ルートの化粧品販売会社として設立された
    • [74]1998年度の流通チャネル別売上構成は化粧品専門店28.8%・ドラッグストア20.5%
    • [75]1998年度の流通チャネル別売上構成は総合量販18.3%・百貨店11.7%・薬局薬店9.8%

店頭公開の時点で業界3位・売上シェア8.4%

1999年12月16日、コーセーは日本証券業協会に株式を店頭登録した[76]。同年3月期の連結売上高は1,378億円、経常利益は97億円、当期純利益は32億円で、業界の売上シェアは8.4%だった[77]。資生堂、カネボウに次ぐ国内第3位の化粧品メーカー[78]だった。事業構成は高付加価値の化粧品事業が全体の76%を占め、セルフ販売のコスメタリー事業が20%、OEM生産などその他が4%だった。海外比率は5.9%と低く、進出先は中国と東南アジアが中心を占めた。高級化粧品のコスメデコルテは売上高160億円程度に達し[80]、使用者は27〜28歳と50歳前後に山を持った。 [79]

2000年12月には東京証券取引所市場第一部へ株式を上場した[81]。2001年8月にはロレアルとの合弁契約を解消し[82]、1963年からの提携関係を終えた。2002年4月にドクターコスメを扱う株式会社フィルインターナショナルの全株式を取得し[83]、同月にOEM製品・業務用製品の販売会社コーセーコスメピアを設立した。2003年に「スティーブンノル」、2005年に「JILL STUART beauty」[84]と、独自の世界観を持つブランドを続けて投入した。2004年8月には秋田県に広域受注機能を持つ受注センターを開き、同年12月には台湾高絲の新竹工場を設けた[85]。2005年6月には中国に販売会社の高絲化粧品銷售(中国)有限公司を置いた[86]

  • コーセーホールディングス 有価証券報告書 第84期(2025年12月期)【沿革】
    • [81]2000年12月に東京証券取引所市場第一部へ上場
    • [82]2001年8月にロレアルとの合弁契約を解消
    • [83]2002年4月にフィルインターナショナルの全株式を取得し同月コーセーコスメピアを設立
    • [85]2004年8月に秋田県へ受注センターを開設、同年12月に台湾高絲の新竹工場を設置
    • [86]2005年6月に中国に高絲化粧品銷售(中国)有限公司を設立
  • KOSÉ REPORT 2024(コーセー、2024年)「価値創造の軌跡」
    • [84]2003年にスティーブンノル、2005年にJILL STUART beautyを投入
    • [76]1999年12月16日に日本証券業協会へ株式を店頭登録
    • [77]1999年3月期連結で売上高1,378億円・経常利益97億円・当期純利益32億円・売上シェア8.4%
    • [78]資生堂・カネボウに次ぐ国内第3位の化粧品メーカーだった
    • [79]事業構成は化粧品76%・コスメタリー20%・その他4%、海外比率5.9%
    • [80]コスメデコルテの売上規模は160億円程度、使用者は27〜28歳と50歳前後に山
  • コーセーホールディングス 有価証券報告書 第84期(2025年12月期)【沿革】
    • [81]2000年12月に東京証券取引所市場第一部へ上場
    • [82]2001年8月にロレアルとの合弁契約を解消
    • [83]2002年4月にフィルインターナショナルの全株式を取得し同月コーセーコスメピアを設立
    • [85]2004年8月に秋田県へ受注センターを開設、同年12月に台湾高絲の新竹工場を設置
    • [86]2005年6月に中国に高絲化粧品銷售(中国)有限公司を設立
  • KOSÉ REPORT 2024(コーセー、2024年)「価値創造の軌跡」
    • [84]2003年にスティーブンノル、2005年にJILL STUART beautyを投入

2007年〜 守りの改革から攻めの改革へ、タルト買収と持株会社移行(2007〜2026)

コーセーホールディングスの業績推移:連結

売上高(億円)純利益率(%)
  1. 2008年 東京都北区にコーセー王子研修センターを開設
  2. 2014年 米国のメークアップブランド「タルト」の株式93.5%の取得と北米市場への参入 アジア一辺倒だった海外事業をどう組み替えるか——工場を持つ会社が、工場を持たない会社を買った
  3. 2017年 ミルボンとの合弁コーセー ミルボン コスメティクスを設立
  4. 2019年 マルホとの合弁コーセー マルホ ファーマを設立
  5. 2024年 中国生産子会社の持分譲渡と、在庫処分・店舗整理による中国事業の構造改革 値引きの応酬を続けるか、規模を落として利益を取るか——日本メーカー首位から36年後の整理
  6. 2025年 インドのFoxtale Consumer Pvt. Ltd.へ出資し戦略的提携
  7. 2026年 純粋持株会社体制への移行と、創業家以外からの社長選出 創業家で継ぐか、外に開くか——創業80周年の組織再編と、社長職の行方

守りの改革から攻めの改革への転換

2007年6月、小林禮次郎氏の長男で創業者の孫にあたる小林一俊氏が代表取締役社長に就いた[87]。1962年生まれで、慶応義塾大学を卒業後の1986年にコーセーへ入社し[88]、マーケティング本部長などを経て社長に昇格した。1981年以降の社長は禮次郎氏、保清氏、一俊氏と続き、いずれも創業家から出ている[89]小林一俊社長は就任と同時に経営効率化を狙う守りの改革に着手した[90]が、業績は伸びなかった。連結売上高は2006年3月期の1,778億円から2012年3月期の1,665億円まで[91]6期かけて減り、経常利益も同期間に206億円から118億円へ落ちた。ただし2008年3月期は増収増益だった[92]。2009年には独自の世界観を持つブランドとして「ADDICTION」を投入した[93]

  • コーセー 有価証券報告書 第65期(2007年3月期)【役員の状況】
    • [87]小林一俊は小林禮次郎の長男で2007年6月に代表取締役社長へ就任
    • [89]小林孝三郎・禮次郎・保清に続く4人目の社長でいずれも創業家出身
  • 週刊東洋経済 2018年7月21日号「トップに直撃 コーセー 社長 小林一俊」
    • [88]小林一俊は1962年生まれ、慶応義塾大学卒業後1986年にコーセー入社、2007年から社長で創業者小林孝三郎の孫
  • KOSÉ REPORT 2024(コーセー、2024年)「価値創造の軌跡」
    • [90]2007年から経営効率化を目的とする守りの改革を実施した
    • [93]2009年にADDICTIONを投入
  • コーセーホールディングス 有価証券報告書(連結財務諸表)
    • [91]連結売上高は2006年3月期1,778億円から2012年3月期1,665億円へ、経常利益は206億円から118億円へ減少
    • [92]2008年3月期は売上180,222百万円・経常14,854百万円で前期比 増収増益

2011年、コーセーは守りの改革を攻めの改革に切り替えた[94]。同年3月の東日本大震災では被災地に義援金と支援物資を送った。清浄用品よりもアイブロウが欲しいという被災者の声に接し、化粧品会社として社会に提供しているものの大きさを改めて認識したと、コーセーは統合報告書に記している。同年8月には化粧品通信販売の株式会社プロビジョンを設立して通販に踏み込み[96]、2013年10月にインド、2014年1月にインドネシアと、新興国にも現地の会社を置いた[97]。攻めの改革は、通販事業の開始と北米ブランドの買収によって事業の領域と地域を広げた[98][95]

  • KOSÉ REPORT 2024(コーセー、2024年)「価値創造の軌跡」
    • [94]2011年から守りの改革を攻めの改革に転じた
    • [95]東日本大震災の被災地に義援金と支援物資を提供し、清浄用品よりアイブロウが欲しいという声に接した
    • [98]攻めの改革は通販事業の開始と北米ブランド買収で事業領域とエリアを拡大するものだった
  • コーセーホールディングス 有価証券報告書 第84期(2025年12月期)【沿革】
    • [96]2011年8月に化粧品通信販売の株式会社プロビジョンを設立
    • [97]2013年10月にインド、2014年1月にインドネシアに現地法人を設立
  • コーセー 有価証券報告書 第65期(2007年3月期)【役員の状況】
    • [87]小林一俊は小林禮次郎の長男で2007年6月に代表取締役社長へ就任
    • [89]小林孝三郎・禮次郎・保清に続く4人目の社長でいずれも創業家出身
  • 週刊東洋経済 2018年7月21日号「トップに直撃 コーセー 社長 小林一俊」
    • [88]小林一俊は1962年生まれ、慶応義塾大学卒業後1986年にコーセー入社、2007年から社長で創業者小林孝三郎の孫
  • KOSÉ REPORT 2024(コーセー、2024年)「価値創造の軌跡」
    • [90]2007年から経営効率化を目的とする守りの改革を実施した
    • [93]2009年にADDICTIONを投入
    • [94]2011年から守りの改革を攻めの改革に転じた
    • [95]東日本大震災の被災地に義援金と支援物資を提供し、清浄用品よりアイブロウが欲しいという声に接した
    • [98]攻めの改革は通販事業の開始と北米ブランド買収で事業領域とエリアを拡大するものだった
  • コーセーホールディングス 有価証券報告書(連結財務諸表)
    • [91]連結売上高は2006年3月期1,778億円から2012年3月期1,665億円へ、経常利益は206億円から118億円へ減少
    • [92]2008年3月期は売上180,222百万円・経常14,854百万円で前期比 増収増益
  • コーセーホールディングス 有価証券報告書 第84期(2025年12月期)【沿革】
    • [96]2011年8月に化粧品通信販売の株式会社プロビジョンを設立
    • [97]2013年10月にインド、2014年1月にインドネシアに現地法人を設立

タルト買収が支えた米国事業と過去最高益

2014年4月、コーセーは米国のタルト社の株式を取得して子会社化した[99]。モーリーン・ケリー氏が1999年に設立した新興のメークアップブランド[100]で、アサイーやアセロラの抽出物を配合する点に特徴がある。ケリー氏がコーセーの自然派化粧品「アウェイク」の愛用者だったことから関係ができ[101]、買収に至った。タルトは米国2大化粧品流通チェーンのセフォラとウルタに入り込み、2017年時点の取扱店数は2,300に達した。買収から3年で売上高は3.6倍の282億円、営業利益は5.6倍の84億円に伸びた。小林一俊社長はケリー氏を高く評価し、研究所も工場も持たずコンセプトとアイデアで勝負する点に、自社にはない価値を見た[103]と述べた。 [102]

  • コーセーホールディングス 有価証券報告書 第84期(2025年12月期)【沿革】
    • [99]2014年4月に米国Tarte, Inc.の株式を取得して子会社化
  • 週刊東洋経済 2017年6月17日号「躍進するポーラ、コーセー」
    • [100]タルトはモーリーン・ケリーが1999年に設立したメークアップブランドでアサイーやアセロラ抽出物を配合する
    • [101]ケリーがコーセーの自然派コスメ アウェイクのファンだったことから関係が構築された
    • [102]タルトはセフォラとウルタで取扱店数2,300、3年で売上3.6倍の282億円・営業利益5.6倍の84億円
    • [103]小林一俊社長はタルトを研究所も工場も持たずコンセプトとアイデアで勝負する会社と評価した

国内では高価格帯が伸びた[104]。コスメデコルテとアルビオンが牽引し、2017年3月期の連結経常利益は396億円となって、資生堂が2016年12月期に計上した371億円を初めて上回った[105]小林一俊社長は当時、社歴の長い幹部や役員が喜んだと述べつつ、自身は経営の速度を上げるほうに関心があると答えた[106]。生産は追いつかなかっ[107]た。2017年3月に群馬工場の新生産棟が稼働し、60億円を投じた[108]にもかかわらず、各カテゴリーの好調で生産面が追いつかず、新工場の建設も視野に入れると社長は語った[109]。同じ2017年4月には、開業した銀座のギンザシックスにコスメデコルテの旗艦店を構えた[110]

  • 週刊東洋経済 2017年6月17日号「躍進するポーラ、コーセー」
    • [104]国内はコスメデコルテやアルビオンなど高級価格帯が牽引した
    • [106]小林一俊社長は幹部や役員が喜んだと述べ自身は経営のスピードを上げるほうに関心があると答えた
    • [110]2017年4月開業のギンザシックスにコスメデコルテの旗艦店が入居した
  • コーセーホールディングス 有価証券報告書(連結財務諸表)
    • [105]2017年3月期の連結経常利益396億円で資生堂の2016年12月期371億円を初めて上回った
  • 週刊東洋経済 2018年7月21日号「トップに直撃 コーセー 社長 小林一俊」
    • [107]各カテゴリー好調で生産面が追いついていなかった
    • [108]2017年3月に群馬工場の新生産棟が稼働し60億円を投じた
    • [109]小林一俊社長は生産面が追いつかず新たな工場の建設も視野に入れると述べた

訪日客の需要[111]も業績を押し上げ、連結売上高は2014年3月期の1,900億円から2019年3月期の3,330億円へ5期で1.75倍になり、経常利益は540億円、当期純利益は370億円[112]と、いずれも過去最高を記録した。小林保清名誉会長は後年、自身が社長だった頃は外国人が店に来てくれなかったとして、訪日需要の盛り上がりに驚いたと述べた[113]。一方で日本製が評価されるにつれ中国製が売れなくなり、コーセーは2017年に中国の現地工場を売却した。1988年に設けた春絲麗有限公司の持分は2018年5月に譲渡した。2019年3月には東京都北区にコーセー先端技術研究所を開き、同年7月にはマルホとの合弁でコーセー マルホ ファーマを設けた[115][114]

  • 週刊東洋経済 2018年7月21日号「トップに直撃 コーセー 社長 小林一俊」
    • [111]訪日外国人と国内消費の伸びで2017年度は最高益を更新した
  • コーセーホールディングス 有価証券報告書(連結財務諸表)
    • [112]連結売上高は2014年3月期1,900億円から2019年3月期3,330億円へ、経常利益540億円・純利益370億円で過去最高
  • 週刊東洋経済 2018年12月29日号「平成の教訓 小売りが大きく変化した30年」(小林保清名誉会長)
    • [113]小林保清名誉会長は社長の頃は外国人が店に来ず訪日需要の盛り上がりに驚いたと述べた
    • [114]日本製が評価される一方で中国製が売れなくなり2017年に中国の現地工場を売却、春絲麗の持分は2018年5月に譲渡
  • コーセーホールディングス 有価証券報告書 第84期(2025年12月期)【沿革】
    • [115]2019年3月にコーセー先端技術研究所を開設、同年7月にコーセー マルホ ファーマを設立
  • コーセーホールディングス 有価証券報告書 第84期(2025年12月期)【沿革】
    • [99]2014年4月に米国Tarte, Inc.の株式を取得して子会社化
    • [115]2019年3月にコーセー先端技術研究所を開設、同年7月にコーセー マルホ ファーマを設立
  • 週刊東洋経済 2017年6月17日号「躍進するポーラ、コーセー」
    • [100]タルトはモーリーン・ケリーが1999年に設立したメークアップブランドでアサイーやアセロラ抽出物を配合する
    • [101]ケリーがコーセーの自然派コスメ アウェイクのファンだったことから関係が構築された
    • [102]タルトはセフォラとウルタで取扱店数2,300、3年で売上3.6倍の282億円・営業利益5.6倍の84億円
    • [103]小林一俊社長はタルトを研究所も工場も持たずコンセプトとアイデアで勝負する会社と評価した
    • [104]国内はコスメデコルテやアルビオンなど高級価格帯が牽引した
    • [106]小林一俊社長は幹部や役員が喜んだと述べ自身は経営のスピードを上げるほうに関心があると答えた
    • [110]2017年4月開業のギンザシックスにコスメデコルテの旗艦店が入居した
  • コーセーホールディングス 有価証券報告書(連結財務諸表)
    • [105]2017年3月期の連結経常利益396億円で資生堂の2016年12月期371億円を初めて上回った
    • [112]連結売上高は2014年3月期1,900億円から2019年3月期3,330億円へ、経常利益540億円・純利益370億円で過去最高
  • 週刊東洋経済 2018年7月21日号「トップに直撃 コーセー 社長 小林一俊」
    • [107]各カテゴリー好調で生産面が追いついていなかった
    • [108]2017年3月に群馬工場の新生産棟が稼働し60億円を投じた
    • [109]小林一俊社長は生産面が追いつかず新たな工場の建設も視野に入れると述べた
    • [111]訪日外国人と国内消費の伸びで2017年度は最高益を更新した
  • 週刊東洋経済 2018年12月29日号「平成の教訓 小売りが大きく変化した30年」(小林保清名誉会長)
    • [113]小林保清名誉会長は社長の頃は外国人が店に来ず訪日需要の盛り上がりに驚いたと述べた
    • [114]日本製が評価される一方で中国製が売れなくなり2017年に中国の現地工場を売却、春絲麗の持分は2018年5月に譲渡

コロナ後の立て直しと持株会社体制への移行

新型コロナウイルスの流行で口紅をはじめとする化粧品の需要は落ちた[116]。連結売上高は2021年3月期に2,794億円まで下がり、経常利益も187億円[117]と、2019年3月期の3分の1近くまで縮んだ。コーセーはマスクを着けていても崩れない商品を出し、2019年発売の「メイク キープ ミスト」が売れた[118]。2021年には決算期を3月から12月へ移し[119]、同年12月期は国内が9か月、12月決算の子会社が12か月という変則的な期間になり、売上高2,250億円を計上した。2022年4月には東京証券取引所の市場区分見直しにより市場第一部からプライム市場へ移った[120]。2020年4月にはトラベルリテール事業をコーセーコスメピアへ統合し[121]、同社をコーセートラベルリテールへ商号を変えた。

  • KOSÉ REPORT 2024(コーセー、2024年)「価値創造の軌跡」
    • [116]コロナ禍で口紅をはじめとした化粧品需要が落ち込んだ
    • [118]コロナ禍で化粧品需要が落ちるなかマスク着用でも崩れない商品を出しメイク キープ ミストが大ヒットした
  • コーセーホールディングス 有価証券報告書(連結財務諸表)
    • [117]2021年3月期の連結売上高2,794億円・経常利益187億円まで減少
    • [119]2021年に決算期を3月から12月へ変更し2021年12月期は9か月の変則決算で売上高2,250億円
  • コーセーホールディングス 有価証券報告書 第84期(2025年12月期)【沿革】
    • [120]2022年4月に市場区分見直しで市場第一部からプライム市場へ移行
    • [121]2020年4月にトラベルリテール事業をコーセーコスメピアへ統合しコーセートラベルリテールへ社名変更

回復の過程では中国が重荷になった[122]。2024年に在庫の処分と店舗・人員の整理を進め、特別損失44億円を計上した[123]。2025年12月期の連結売上高は3,302億円と2019年3月期の水準に戻ったが、経常利益は215億円にとどまり[124]、最高益の540億円には届いていない。買収したタルトの営業利益率も、2025年度は7.9%にとどまった[125]。地域の分散は進めており、2024年12月にタイのPURIを子会社化し、2025年1月にはインドのFoxtaleへ出資して戦略的提携を結んだ[126]。訪日客向けの売上は2024年の113億円から2025年には91億円へ減り[127]、中国からの渡航規制が12月の客数に響いた。

  • コーセー 2024年12月期 決算説明会 質疑応答(2025年2月12日)
    • [122]中国本土は2024年に構造改革を要し2025年も減収計画だった
    • [123]2024年に中国本土で在庫処分と店舗・人員整理の構造改革を実施し特別損失44億円を計上
  • コーセーホールディングス 有価証券報告書(連結財務諸表)
    • [124]2025年12月期の連結売上高3,302億円・経常利益215億円
  • コーセー 2025年12月期 決算説明会 質疑応答(2026年2月12日)
    • [125]タルトの2025年度営業利益率は7.9%だった
    • [127]インバウンド売上は2024年113億円から2025年91億円へ減少、12月は渡航規制で客数減
  • コーセーホールディングス 有価証券報告書 第84期(2025年12月期)【沿革】
    • [126]2024年12月にタイのPURI CO.,LTD.を子会社化、2025年1月にインドのFoxtaleへ出資し戦略的提携

2026年1月1日、コーセーは持株会社体制に改組し、株式会社コーセーホールディングスに商号を変更した[128]。事業会社として新しい株式会社コーセーを置き、その代表取締役社長には田中慎二氏が就いた[129]。移行時点の小林一俊氏は持株会社の社長を務め、事業会社コーセーの取締役会長を兼ねた[130]。同じ時期に投下資本利益率を役員報酬の評価指標へ組み込み、各事業部門にも在庫削減などの目標を設けた[131]。2026年3月27日の定時株主総会をもって持株会社の社長は交代し、経理部長や社長室長を務めた澁澤宏一氏が代表取締役社長グループCOOに就く体制となった[132]。持株会社の社長を創業家以外から迎えるのは初めて[133]で、小林一俊氏は代表取締役会長グループCEOとなった。

  • コーセーホールディングス 有価証券報告書 第84期(2025年12月期)【沿革】
    • [128]2026年1月1日に持株会社体制へ移行し株式会社コーセーホールディングスへ商号変更
  • コーセーホールディングス 有価証券報告書 第84期(2025年12月期)【役員の状況】
    • [129]事業会社コーセーの代表取締役社長に田中慎二が就任
    • [130]小林一俊は持株会社の代表取締役社長で事業会社コーセーの取締役会長を兼務
    • [132]2026年3月に澁澤宏一が代表取締役社長グループCOOに就任、経理部長・社長室長を歴任
  • コーセー 2025年12月期 決算説明会 質疑応答(2026年2月12日)
    • [131]ROICを役員報酬の評価指標に組み込み各事業部門にも在庫削減目標などのKPIを設定した
    • [133]創業家以外から社長が出たのは初めてで小林一俊は代表取締役会長グループCEOへ
  • KOSÉ REPORT 2024(コーセー、2024年)「価値創造の軌跡」
    • [116]コロナ禍で口紅をはじめとした化粧品需要が落ち込んだ
    • [118]コロナ禍で化粧品需要が落ちるなかマスク着用でも崩れない商品を出しメイク キープ ミストが大ヒットした
  • コーセーホールディングス 有価証券報告書(連結財務諸表)
    • [117]2021年3月期の連結売上高2,794億円・経常利益187億円まで減少
    • [119]2021年に決算期を3月から12月へ変更し2021年12月期は9か月の変則決算で売上高2,250億円
    • [124]2025年12月期の連結売上高3,302億円・経常利益215億円
  • コーセーホールディングス 有価証券報告書 第84期(2025年12月期)【沿革】
    • [120]2022年4月に市場区分見直しで市場第一部からプライム市場へ移行
    • [121]2020年4月にトラベルリテール事業をコーセーコスメピアへ統合しコーセートラベルリテールへ社名変更
    • [126]2024年12月にタイのPURI CO.,LTD.を子会社化、2025年1月にインドのFoxtaleへ出資し戦略的提携
    • [128]2026年1月1日に持株会社体制へ移行し株式会社コーセーホールディングスへ商号変更
  • コーセー 2024年12月期 決算説明会 質疑応答(2025年2月12日)
    • [122]中国本土は2024年に構造改革を要し2025年も減収計画だった
    • [123]2024年に中国本土で在庫処分と店舗・人員整理の構造改革を実施し特別損失44億円を計上
  • コーセー 2025年12月期 決算説明会 質疑応答(2026年2月12日)
    • [125]タルトの2025年度営業利益率は7.9%だった
    • [127]インバウンド売上は2024年113億円から2025年91億円へ減少、12月は渡航規制で客数減
    • [131]ROICを役員報酬の評価指標に組み込み各事業部門にも在庫削減目標などのKPIを設定した
  • コーセーホールディングス 有価証券報告書 第84期(2025年12月期)【役員の状況】
    • [129]事業会社コーセーの代表取締役社長に田中慎二が就任
    • [130]小林一俊は持株会社の代表取締役社長で事業会社コーセーの取締役会長を兼務
    • [132]2026年3月に澁澤宏一が代表取締役社長グループCOOに就任、経理部長・社長室長を歴任
    • [133]創業家以外から社長が出たのは初めてで小林一俊は代表取締役会長グループCEOへ

コーセーホールディングスの沿革1946〜2026年における主な出来事を抜粋

年月社長・CEO出来事重要度
化粧品の製造販売を目的に東京都北区で小林合名会社を設立★★★
会社組織を変更し小林コーセーを設立★★
販売部門を分離しコーセー商事を設立★★
高級化粧品の製造会社アルビオンを設立★★
フランス・ロレアル社との技術提携と、外資との合弁の受け入れ外資を競争相手として遠ざけるか、提携相手として迎えるか——創業17年の小林コーセーが結んだ38年の関係 詳細を読む★★★
埼玉県に狭山工場を設置
東京都北区に研究所を開設
東京都中央区日本橋に本社を移転
香港に香港高絲私人有限公司を設立
シンガポールに新加坡高絲私人有限公司を設立
マレーシアに高絲化粧品(馬)有限公司を設立
群馬県に群馬工場を設置
小林禮次郎タイにKOSÉ (THAILAND) CO., LTD.を設立
小林禮次郎台湾に台湾高絲股份有限公司を設立
小林禮次郎サロンルート化粧品販売のクリエを設立
小林禮次郎中国に春絲麗有限公司を設立★★
小林禮次郎自社製品の販売会社コーセー化粧品販売を設立★★
小林禮次郎一般品ルートの販売会社コーセーコスメポートを設立★★
小林禮次郎CI導入による販路別ブランド開発への転換と、小林コーセーからコーセーへの商号変更どの売り場にも同じ商品を渡すか、売り場ごとに別のブランドを立てるか——外資台頭下の流通対応 詳細を読む★★★
小林禮次郎障がい者雇用の特例子会社アドバンスを設立
小林保清日本証券業協会に株式を店頭登録
小林保清東京証券取引所市場第一部に株式を上場
小林保清韓国にKOSÉ KOREA CO., LTD.を設立
小林保清ドクターコスメのフィルインターナショナルを子会社化
小林保清OEM・業務用の販売会社コーセーコスメピアを設立
小林保清秋田県に広域受注機能を持つ受注センターを開設
小林保清台湾高絲の新竹工場を設置
小林保清中国に高絲化粧品銷售(中国)有限公司を設立
小林保清ジルスチュアートブランドを日本の化粧品市場に導入★★
小林一俊東京都北区にコーセー王子研修センターを開設
小林一俊化粧品通信販売のプロビジョンを設立
小林一俊インドにKOSÉ Corporation India Pvt. Ltd.を設立
小林一俊インドネシアにPT. INDONESIA KOSÉを設立
小林一俊米国のメークアップブランド「タルト」の株式93.5%の取得と北米市場への参入アジア一辺倒だった海外事業をどう組み替えるか——工場を持つ会社が、工場を持たない会社を買った 詳細を読む★★★
小林一俊米国にKOSÉ AMERICA, Inc.を設立
小林一俊生産子会社コーセーインダストリーズを設立
小林一俊ブラジルに販売子会社を設立
小林一俊群馬工場の新生産棟が稼動
小林一俊ミルボンとの合弁コーセー ミルボン コスメティクスを設立★★
小林一俊フランスのリヨンにコーセー研究所の分室を開設
小林一俊東京都北区にコーセー先端技術研究所を開設
小林一俊マルホとの合弁コーセー マルホ ファーマを設立★★
小林一俊トラベルリテール事業を統合しコーセートラベルリテールに商号変更
小林一俊東京証券取引所プライム市場へ移行
小林一俊フランスのパリに支店とコーセー研究所の分室を開設
小林一俊中国生産子会社の持分譲渡と、在庫処分・店舗整理による中国事業の構造改革値引きの応酬を続けるか、規模を落として利益を取るか——日本メーカー首位から36年後の整理 詳細を読む★★★
小林一俊タイのPURI CO.,LTD.の株式を取得し子会社化
小林一俊インドのFoxtale Consumer Pvt. Ltd.へ出資し戦略的提携★★
小林一俊純粋持株会社体制への移行と、創業家以外からの社長選出創業家で継ぐか、外に開くか——創業80周年の組織再編と、社長職の行方 詳細を読む★★★
出典・参考

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