デンカ三井物産との共同出資によるDuPontのクロロプレンゴム事業の譲受と、米国DPEの設立

青海一拠点で作り続けるか、北米に第2拠点を持つか——吉髙紳介 社長は元祖の設備をなぜ買ったか

時期 2014年12月
意思決定者(推定) 吉髙紳介 デンカ 社長
論点 クロロプレンゴムの生産拠点配置
概要
2014年12月、デンカが三井物産と共同で米国にDenka Performance Elastomer(DPE)を設立し、DPEを通じてDuPontのクロロプレンゴム事業を譲り受ける契約を締結した経営判断。2015年10月31日に手続きが完了し、ルイジアナ州ラプレースのPontchartrain工場が青海工場に次ぐ第2の生産拠点となった。
背景
1962年に日本で初めて企業化したクロロプレンゴムは、2014年には世界約80カ国へ供給する最大級の事業に育っていた。ただし生産はアセチレン法による青海工場の1拠点に限られ、主要ユーザーが多く立地面で優位な北米に自前の工場を持たなかった。
内容
出資比率はデンカ70%・三井物産30%、買収金額は100億円から140億円を想定し、対象事業には約235名の従業員が含まれた。ブタジエン法という別の原料系統の設備を得て、買収後のクロロプレンゴム事業はおよそ500億円規模を見込んだ。
含意
取得時点で想定していなかった排出削減設備の費用と米国内のインフレが重なり、2024年4月にはEPAが排出量の大幅な削減を求める新規制を発表した。2025年5月、デンカは減損損失約161億円を計上して製造設備を期限を定めず暫定停止し、供給を青海工場の生産品へ戻した。
筆者の見解

買った設備に付いていたもの

買った工場には、1931年にこの合成ゴムを世に出した会社の名前が付いていた。1962年に世界3社目として参入した側が、53年後に元祖の設備と約235名の従業員を引き取る——象徴としては申し分がなく、実務としても、青海1拠点という供給体制の弱みを突く選択であった。吉髙紳介 社長はこれを中核事業への投資と語り、長年の販売パートナーである三井物産と70対30で担いでいる。判断の筋は通っていたとみられる。

ただ、引き取ったのは設備と顧客だけではなかった。クロロプレンモノマーの発がん性をめぐるEPAの評価は取得の5年前から手元にあり、3,500万ドルを投じて85%の排出削減を果たしても、2024年の新規制は避けられなかった。161億円を減損して止めた第2拠点が、最後は需要家を青海工場の生産品へ送り返している。供給を二重にするための買収が、10年かけて青海への依存を測り直す結果になったといえる。

Yutaka Sugiura, 2026年7月

背景

青海一拠点で作り続けた製品

1962年に青海工場で始めたクロロプレンゴムは、2014年には世界約80カ国へ供給する最大級の事業に育っていた。製法はアセチレン法という自社独自の技術で、生産は新潟県糸魚川市の青海工場だけが担う。世界でも数社しか作らない製品でありながら、主要ユーザーが多く立地面で優位な北米に自前の工場を持たないことが、供給体制の弱みとして残っていた[1][2]

売り手は、この合成ゴムを世に出した当の会社であった。DuPontは1931年に世界に先がけてクロロプレンゴムを開発し、ネオプレンの名で知られる。ルイジアナ州ラプレースのPontchartrain工場でブタジエン法により生産し、北米・南米・欧州向けに供給していた。同社のパフォーマンスポリマーズ部門は、この製品ラインを手放して革新的な新製品へ資源を集中する方針を示していた[3][4]

「生産体制の最適化」という位置

発表資料は、この買収を経営計画「DENKA100」の新成長戦略のひとつ「生産体制の最適化」の最重要テーマと呼び、数値目標の早期達成につなげると書いた。青海のアセチレン法に、立地面で優位な北米のブタジエン法を加えれば、高品質で安定的な供給体制が強まり顧客満足度が上がるという説明である。設備を増やすためではなく、拠点の置き方を変えるための買収であった[5]

吉髙紳介 社長は英文のリリースで、クロロプレンゴムは中核事業であり、DuPontからの取得は持続的な成長に大きく寄与すると述べた。高品質な製品による柔軟な供給体制を築けること、研究開発と技術サービスという自社の強みとの相乗を期待することにも触れている。買収の理由を、規模の拡大ではなく中核事業の足場固めとして語った点に、この判断の置きどころがうかがえる[6]

決断

70対30で担いだ買収

2014年12月9日、電気化学工業と三井物産はDuPontと契約を締結し、11日に共同で発表した。米国に設立した共同出資会社Denka Performance Elastomer(DPE)の出資比率はデンカ70%、三井物産30%で、設立日は同年12月8日である。DPEがDuPontのクロロプレンゴムの製造・販売事業を譲り受ける形をとり、対象はラプレースのPontchartrain工場と約235名の従業員であった。買収金額は100億円から140億円を想定した[7][8]

単独で買わなかったところに、この判断の性格が出ている。三井物産はグローバルな販売網を持ち、長年にわたりデンカと協力して「デンカクロロプレン」の販売に携わってきた相手であった。買収後のクロロプレンゴム事業はおよそ500億円規模を見込む。1962年に世界3社目として参入した会社が、1931年にこの合成ゴムを発明した元祖の設備と従業員を引き取る側に回った[9][10]

譲受完了と二拠点体制

各国所管当局の承認を経て、2015年10月31日に事業取得の手続きが完了した。翌11月1日、DuPontのPontchartrain工場のクロロプレンプラントはDPEのプラントとして動き出す。デンカは青海工場に加えて北米に第2の生産拠点を持ち、高品質で安定的な供給体制の強化を掲げた。DPEの資本金は6,200万ドル、当時の換算で約74億円であった[11][12]

得たのは拠点の数だけではなかった。青海はアセチレンから、ラプレースはブタジエンから作る。主原料の異なる二つの設備を持てば、片方が止まっても他方から供給を続けられる。譲受による2016年3月期の業績への影響は軽微と説明されており、当座は損益ではなく供給体制の整備として語られた買収であった[13]

結果

規制と地震に挟まれた十年

取得後のDPEは、環境規制との折衝に多くを費やした。ルイジアナ州環境品質局とEPAとの協議に基づいて総額3,500万ドル以上の自発的な環境投資を行い、排出削減設備の導入によって2019年時点で2014年比85%のクロロプレンモノマー排出削減を達成している。それでも2024年4月9日、EPAは2010年の発がん性評価を土台に、DPEを含む製造施設へ排出量の大幅な削減を求める新規制を発表した[14][15]

同じ時期に、事業の採算も細っていった。2023年11月の決算説明会で同社は、インフレによる修繕費と労務費の高騰に加え、設備の老朽化への対応で修繕項目が増え、クロロプレン事業の収支を圧迫していると説明している。2024年1月の能登半島地震では青海工場のクロロプレンゴム製造プラントが1月末まで止まり、販売影響▲11億円・コスト影響▲23億円が重なった。二拠点体制の両端が同じ年に傷んだ[16][17]

暫定停止と、青海への一本化

2025年5月13日、デンカはDPEの製造設備を再稼働させず、期限を定めずに暫定停止すると発表した。取得時点では必要と想定されなかった排出削減設備の設計・導入と運用、そのためのエネルギーコストと要員の確保、米国内のインフレによる原材料費と修繕費の上昇が重なり、当面の収益性の改善は困難という判断であった。2025年3月期に関連固定資産の減損損失として約161億円を特別損失に計上している[18][19]

停止後の処理は在庫の出荷から始まった。DPE品の在庫は2025年度上期におおむね出荷を終え、認定作業を済ませた需要家から青海工場の生産品へ切り替えが進む。クロロプレンゴム事業の対策効果は上期18億円から下期68億円へ広がり、2025年3月期に▲123億円だった純損益は、2026年3月期には157億円の黒字へ戻った。ただし2026年2月の説明会では、DPEに関連する特別損失が翌年度以降も同規模で続くかは現時点では言えないと述べている[20][21][22]

出典・参考

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