セメント事業からの完全撤退(2022年・デンカの決断)

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論点セメントを自社で続けるか撤退するか
デンカ:業績の推移
売上高(億円)営業利益率(%)
採掘の停止と、石灰石の調達・副産物処理の太平洋セメントへの移管

何をなぜ決めたか:採掘の停止と、石灰石の調達・副産物処理の太平洋セメントへの移管

概要

2022年10月25日、デンカの取締役会はセメント事業から完全に撤退すると決議した。セメント販売事業を新設の100%子会社へ吸収分割で承継させ、その全株式を太平洋セメントへ譲渡する契約を同じ日に結んだ。あわせて、2025年上期を目途に青海工場のセメント生産と石灰石の自社採掘を止めることも決めた。この期の代表取締役社長は今井俊夫氏である。

撤退は、青海工場の原料と副産物の流れの組み替えと一体で決まった。自社採掘をやめた後は、カーバイド生産に使う石灰石を太平洋セメントから購入する。工場で出る副産物は、太平洋セメントの100%子会社である明星セメントが原燃料として受け入れる。明星セメントと検討してきた糸魚川市の石灰石鉱山の開発計画は変えず、セメント事業の社員は人員整理をせずに重点分野などへ配置転換するとした。

背景

デンカは1954年にセメント事業へ参入した。新潟県糸魚川市の青海工場では、隣の黒姫山で採れる石灰石のうち、カーバイドに使えない純度やサイズの石をセメントの原料にしてきた。カーバイドやクロロプレンゴムの製造で出る副産物と社外の廃棄物も、セメントの原燃料に回した。デンカはこの仕組みを「カーバイドチェーン」と呼ぶ。しかし北信越地区を含む国内のセメント需要は低調で、老朽設備の更新とカーボンニュートラル対応の大型投資も避けられなくなっていた。経営計画「Denka Value-Up」では、セメントを事業再構築の必要なコモディティー事業と位置づけていた。

決議の直前、2022年3月期のセメント事業の売上高は11,347百万円で、連結売上高384,849百万円の2.9%だった。セメントは独立した報告セグメントを持たず、エラストマー・インフラソリューション部門に含まれる。この部門は2021年3月期に3,553百万円、2022年3月期に3,473百万円のセグメント損失を計上し、セメントは原燃料価格の高騰を一部しか価格に転嫁できなかった。石炭価格の上昇に対し、デンカはサーチャージ制をとらず、2021年11月の1トン2,300円に続いて2022年8月に3,000円の追加値上げを発表した。

内容

新会社に承継させる資産は973百万円、負債は519百万円で、いずれも2022年3月末の帳簿価額である。吸収分割の効力発生日と株式の譲渡日はともに2023年3月31日に置き、新会社の商号はTDセメント販売となった。譲渡金額は、株式譲渡契約の秘密保持義務を理由に開示していない。2023年4月1日からは、青海工場で生産したセメントを新会社が「太平洋セメント」のブランドで販売している。

会計面では、2023年3月期に事業整理損18,830百万円を特別損失に計上した。うち17,536百万円は青海工場などの自社鉱山とセメント製造設備の減損で、将来のキャッシュ・フローが見込めないとして使用価値をゼロで算定している。鉱山を閉じる際の緑化や坑口の閉塞の義務も履行時期が見積れるようになり、資産除去債務を1,694百万円増やした。セメント撤退分の特別損失は177億円で、決議時に見込んだ約190億円を下回った。

含意

撤退は計画どおりに進んだ。セメント製造設備の減損は、2024年3月期に788百万円、2025年3月期に666百万円を追加で計上した。青海工場のセメント生産は2025年6月に終わり、2025年度上期の特別損失94億円のうち、米国子会社デンカパフォーマンスエラストマー社の関連損失84億円を除く分は、主にセメント撤退の残務処理費用だった。同じ2023年度からは新経営計画「Mission 2030」が始まり、2030年までに事業を「3つ星事業」へ集中させる方針を掲げた。

一方、セメントを含む部門の損益は、撤退の後もすぐには好転しなかった。エラストマー・インフラソリューション部門のセグメント損失は、2023年3月期の1,100百万円から2024年3月期に9,295百万円へ広がり、2025年3月期も7,962百万円だった。主な要因は、米国子会社の修繕費・労務費や固定費の増加である。撤退後の収支改善を、デンカは2018〜2022年度の平均比で10億円程度と見込んでいた。部門が68百万円の黒字に転じたのは、米国の製造設備を2025年5月に暫定停止した後の2026年3月期である。

いつ何が起きたか12件
当時の取締役9名

当時の取締役(2022年6月株主総会決議)

考察:同じ市内に受け手がいた撤退
考察

考察:同じ市内に受け手がいた撤退

なぜデンカは、セメントを縮小して続けるのではなく、採掘まで含めて撤退したのか。セメントの売上高は連結の2.9%にすぎない。それでも老朽設備の更新と脱炭素の投資は避けられず、この規模では回収が難しいと判断したのだと考えられる。ただ、セメントは単独の製品ではなかった。カーバイドに使えない石灰石を引き取り、工場の副産物を燃やす役目も担っていた。太平洋セメントは、石灰石の供給と副産物の受け入れを同じ糸魚川市内で引き受けられる。この相手がいたから、デンカは製造まで止める決断ができた。

もっとも、撤退でカーバイドチェーンの負担が消えたわけではない。デンカは石灰石を自社で掘る会社から、太平洋セメントから買う会社に変わった。副産物の行き先も、明星セメントに依存することになる。原料と副産物の両方を、1つの企業グループに預けた状態である。取引の条件が変われば、カーバイドとクロロプレンゴムのコストに直接響くだろう。この撤退は、相手が太平洋セメントであることを前提に成り立っている。2018年からの鉱山の共同開発が、その前提を支えてきた。

撤退の作業そのものは、計画の範囲に収まった。セメント撤退分の特別損失は177億円で、決議時の見込みの約190億円を下回った。一方、セメントを含む部門の損益を左右したのは、米国のクロロプレンゴム事業だった。撤退の後も部門の赤字は続き、黒字に転じた年でも利益は68百万円にとどまる。撤退による収支改善が本当に効いたかどうかは、米国の休止の影響が落ち着いた後の部門損益で確かめるしかないのかもしれない。

Yutaka Sugiura, 2026年7月
数字で見る3表

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図と表

デンカ:エラストマー・インフラソリューション部門の推移

外部顧客への売上高(百万円)セグメント利益率(%)
デンカ:エラストマー・インフラソリューション部門の推移
(百万円)外部顧客への売上高セグメント利益セグメント資産備考
2021年3月期91,851△3,553162,544翌期の区分変更に伴う組替後の値。セメントを含む区分はこの期から
2022年3月期106,879△3,473167,847セメント事業の売上高11,347はこの区分の内数にあたる
2023年3月期123,827△1,100166,6193月末に販売事業を譲渡。減損17,536を事業整理損として計上した
2024年3月期111,354△9,295169,802損失の主因は米国クロロプレンゴム事業。セメントの減損は788
2025年3月期111,673△7,962158,633セメント製造設備等の減損は666。大船工場の稼働停止も決めた期
2026年3月期97,58368145,5146月にセメント生産を終了。区分を設けてから初めての黒字
出所:デンカ 有価証券報告書 第163期(2022年3月期)〜第167期(2026年3月期)(セグメント情報)
出所:デンカ 有価証券報告書 第163期(2022年3月期)〜第167期(2026年3月期)(セグメント情報)

デンカ:特別損失と撤退にともなう損失

うちセメント関連の減損損失(百万円)それ以外の特別損失(百万円)
デンカ:特別損失と撤退にともなう損失
(百万円)特別損失合計事業整理損うちセメント関連の減損損失備考
2018年3月期1,9281,928−特別損失は全額が事業整理損。セメントに係るものではない
2019年3月期1,108389−災害による損失718を含む
2020年3月期1,303940−災害による損失249と合併関連費用113を含む
2021年3月期3,250−−主因は訴訟関連損失2,997。事業整理損の計上はない
2022年3月期1,940−−米国子会社のれんの減損968と製品自主回収関連費用972
2023年3月期18,83018,83017,536特別損失は全額が事業整理損。撤退関連は177億円と説明された
2024年3月期8,4337,573788事業整理損の大半はドイツ子会社ののれん等の減損6,785
2025年3月期25,0747,852666大船工場の稼働停止に伴う減損2,105を含む
2026年3月期25,98721,112−主因は米国クロロプレンゴム事業。青海工場は休止資産の建物764を計上
出所:デンカ 有価証券報告書 第160期(2018年3月期)〜第167期(2026年3月期)(連結損益計算書、【連結損益計算書関係】事業整理損・減損損失) / デンカ 2022年度決算説明会資料(2023年5月11日)
出所:デンカ 有価証券報告書 第160期(2018年3月期)〜第167期(2026年3月期)(連結損益計算書、【連結損益計算書関係】事業整理損・減損損失) / デンカ 2022年度決算説明会資料(2023年5月11日)

譲渡と撤退の条件

譲渡と撤退の条件
科目概要備考
分離する事業セメント及びセメント関連製品の販売取引先との売買契約や需要家へ貸与中のセメントサイロ等も承継する
承継させた新会社TDセメント販売株式会社新設した100%子会社。公表時点では商号も所在地も未定であった
分離先企業太平洋セメント株式会社国内最大手。100%子会社の明星セメントが同じ糸魚川市に工場を持つ
取引の法的形式簡易吸収分割と株式譲渡会社法784条2項の要件を満たすため株主総会の承認を経ずに行った
株式譲渡契約の締結日2022年10月25日同日の取締役会で決議。2025年上期を目途とする完全撤退も同時に決議
事業分離日2023年3月31日吸収分割の効力発生日と株式譲渡実行日を同じ日に置いた
譲渡株式数発行済株式のすべて譲渡前の議決権保有割合は100.0%、譲渡後は0株・0.0%となる
譲渡金額開示していない株式譲渡契約の秘密保持義務による。第三者算定機関の評価等で決めた
承継する資産合計973百万円2022年3月末の帳簿価額で流動519・固定454。効力発生日までの増減を加除
承継する負債合計519百万円全額が流動負債。資産との差引は454百万円
分割する事業の売上高11,347百万円2022年3月期。連結売上高384,849百万円に対して2.9%にあたる
吸収分割の対価割当ておよび交付はなし分割会社に対する株式その他の金銭等の割当てはない
資本金の増減なし
取引の前提条件独占禁止法等の許認可の取得関係当局からの必要な許認可等の取得完了が条件とされた
見込んだ特別損失約190億円決議時の見込み。2023年3月期の年間配当予想145円の修正はしていない
計上した事業整理損18,830百万円2023年3月期。減損18,066・棚卸資産処分損527・固定資産処分損237
セメント設備等の減損損失17,536百万円青海工場他の自社鉱山とセメント製造設備等。使用価値をゼロで算出
撤退関連の特別損失177億円2023年3月期。事業整理損188億円のうちセメント事業に関わる分
資産除去債務の追加計上1,694百万円鉱山閉山に伴う緑化・坑口閉塞費用。履行時期を見積れるようになった
製造と採掘の停止2025年上期を目途2025年6月に青海工場のセメント生産を停止した
分離後の販売ブランド「太平洋セメント」へ変更2023年4月以降、青海工場で生産したセメントを新会社が販売する
撤退後の石灰石太平洋セメントから購入カーバイド生産用。副産物は明星セメントが原燃料として受け入れる
従業員の扱い人員整理は行わない石灰石の採掘を含むセメント事業の社員は重点分野等へ配置転換する
出所:デンカ 有価証券報告書 第164期(2023年3月期)【沿革】【連結損益計算書関係】(会計上の見積りの変更) / デンカ 適時開示「当社のセメント販売事業の会社分割(簡易吸収分割)による当社完全子会社への承継、当該当社完全子会社株式の譲渡(子会社の異動)及び当社のセメント事業からの撤退に関するお知らせ」2022年10月25日
出所:デンカ 有価証券報告書 第164期(2023年3月期)【沿革】【連結損益計算書関係】(会計上の見積りの変更) / デンカ 適時開示「当社のセメント販売事業の会社分割(簡易吸収分割)による当社完全子会社への承継、当該当社完全子会社株式の譲渡(子会社の異動)及び当社のセメント事業からの撤退に関するお知らせ」2022年10月25日
当時の取締役9名

当時の取締役(2022年6月株主総会決議)

参考文献

参考文献

参考
  • デンカ 有価証券報告書 第164期(2023年3月期)【コーポレート・ガバナンスの概要】
  • デンカ 有価証券報告書 第164期(2023年3月期)【経営方針、経営環境及び対処すべき課題等】
  • デンカ 有価証券報告書 第163期(2022年3月期)【セグメント情報】【経営者による財政状態、経営成績及びキャッシュ・フローの状況の分析】
  • デンカ 2022年度第1四半期 決算説明会 主な質疑応答(2022年8月5日開催)
  • デンカ 有価証券報告書 第164期(2023年3月期)【沿革】
  • デンカ 有価証券報告書 第164期(2023年3月期)【注記事項】(連結損益計算書関係)
  • デンカ 有価証券報告書 第164期(2023年3月期)【注記事項】(会計上の見積りの変更)
  • デンカ 2022年度決算説明会資料(2023年5月11日)
  • デンカ 有価証券報告書 第165期(2024年3月期)【注記事項】(連結損益計算書関係)
  • デンカ 有価証券報告書 第166期(2025年3月期)【注記事項】(連結損益計算書関係)
  • デンカ 2025年度第2四半期 決算説明会 主な質疑応答(2025年11月10日開催)
  • デンカ 有価証券報告書 第164期(2023年3月期)〜第167期(2026年3月期)【セグメント情報】
  • デンカ 有価証券報告書 第165期(2024年3月期)【経営者による財政状態、経営成績及びキャッシュ・フローの状況の分析】
  • デンカ 有価証券報告書 第166期(2025年3月期)【経営者による財政状態、経営成績及びキャッシュ・フローの状況の分析】
  • デンカ 2022年度第2四半期 決算説明会 主な質疑応答(2022年11月8日開催)
  • デンカ 有価証券報告書 第167期(2026年3月期)【経営方針、経営環境及び対処すべき課題等】
  • デンカ 有価証券報告書 第164期(2023年3月期)【沿革】【経営方針、経営環境及び対処すべき課題等】
  • デンカ 有価証券報告書 第167期(2026年3月期)【セグメント情報】
  • デンカ 有価証券報告書 第163期(2022年3月期)〜第167期(2026年3月期)(セグメント情報)
  • デンカ 有価証券報告書 第160期(2018年3月期)〜第167期(2026年3月期)(連結損益計算書、【連結損益計算書関係】事業整理損・減損損失)
  • デンカ 適時開示「当社のセメント販売事業の会社分割(簡易吸収分割)による当社完全子会社への承継、当該当社完全子会社株式の譲渡(子会社の異動)及び当社のセメント事業からの撤退に関するお知らせ」
  • デンカ ニュースリリース「セメント事業からの撤退及びカーバイドチェーン再構築によるポートフォリオ変革について」
  • 太平洋セメント 適時開示「デンカ株式会社のセメント販売事業の譲受に関するお知らせ」
  • デンカ 決算説明会 質疑応答「2022年度第1四半期 決算説明会 主な質疑応答(2022年8月5日開催)」
  • デンカ 決算説明会 質疑応答「2022年度第2四半期 決算説明会 主な質疑応答(2022年11月8日開催)」
  • デンカ 決算説明会資料「2022年度決算説明会資料」
  • デンカ 決算説明会 質疑応答「2025年度第2四半期 決算説明会 主な質疑応答(2025年11月10日開催)」
  • デンカ 有価証券報告書「第164期(2023年3月期)【沿革】【経営方針、経営環境及び対処すべき課題等】【注記事項】」
  • デンカ 有価証券報告書「第160期(2018年3月期)〜第167期(2026年3月期)(セグメント情報、連結損益計算書、【注記事項】)」

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