海外日本食材卸事業を成長の主軸に据える戦略転換

国内酒類が縮むなか、宝ホールディングスはなぜ「日本酒を売る会社」から「日本食を売る会社」へ主力を移したか

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時期 2017年7月
意思決定者 木村睦 社長
論点 成長軸の再定義と海外日本食材卸への展開
概要
宝ホールディングスが、成熟する国内酒類に代えて、海外の日本食レストラン向け食材卸を成長の軸に据えた戦略転換。2010年のフランスFOODEX買収以降、欧州・米国・豪州の日本食材卸を相次いで傘下に収め、2017年7月に宝酒造の海外事業を分割して宝酒造インターナショナルを独立した統括会社とした。木村睦社長のもとで「日本酒を売る会社」から「日本食を売る会社」への再定義が進んだ。
背景
清酒・焼酎・本みりんという国内酒類は、人口減と和食離れ、アルコール消費の細りで構造的に縮小していた。一方、健康志向を背景に世界で日本食市場が広がり、現地の飲食店・小売店へ食材や和酒を供給する卸の需要が増していた。内需の頭打ちと海外の追い風という非対称が、成長の主軸を海外へ移す動機となった。
内容
2010年代を通じ、FOODEX(仏)・Tazaki Foods(英)・Cominport(西)・Mutual Trading(米)・Nippon Food Supplies(豪)と欧米豪の食材卸を過半出資で連結子会社化し、2020年には調達側の東京共同貿易も傘下に収めた。2017年7月の新設分割で海外事業を宝酒造インターナショナルへ切り出し、酒類事業と並ぶ独立した器とした。
含意
2025年3月期には宝酒造インターナショナルグループが連結売上の53%を占め、国内酒類やバイオを上回る最大の柱となった。買収は2024年のドイツKagerer取得などへ続く一方、食品規制・外食市況・子会社間の固定費という壁にも直面していた。酒造会社が日本食の流通業者へと性格を変えた転換とみることができる。
筆者の見解

酒をつくる会社から、日本食を運ぶ会社へ

この転換の芯にあるのは、酒をつくって売る会社が、日本食そのものを世界へ流通させる会社へと主力を移した点である。国内の清酒・焼酎・みりんが成熟した市場のなかで伸び悩む一方、海外では日本食の広がりが黒子役の卸を押し上げていた。宝ホールディングスは自前のブランドを海外で売り伸ばすより、現地で日本食材を配る流通網を買い集め、2017年の分社でそれを独立した統括会社として束ねた。ものをつくる会社が、ものを運び届ける会社の性格を強めていった過程とみることができる。

もっとも、流通業としての規模は、酒造業とは異なるリスクの置き方をともなう。買い集めた各国の卸を一つのグループとしてどう噛み合わせ、外食市況や関税、食品規制といった外部環境の揺れをどう吸収するかは、本稿の時点でなお答えの出ていない問いである。海外が売上の過半を稼ぐ主力になったことは、同時に会社の浮沈が海外の外食需要に左右される構造を意味する。酒どころ伏見の老舗が選んだ「日本食を売る会社」という像が、次の百年でどこまで安定した柱になるかは、これからの統合の巧拙にかかっているとみられる。

Yutaka Sugiura, 2026年7月

背景

縮む国内酒類という前提

宝ホールディングスの母体である宝酒造は、京都伏見に本拠を置く清酒・焼酎・本みりんのメーカーであった。だがその国内酒類事業は、人口減少と和食離れ、アルコール消費の細りのなかで長く構造的な縮小に直面していた。2024年5月の決算説明会でも、同社は宝酒造が減収となる計画の理由として、焼酎の需要が市場全体で減っていることと、コロナ下で原料用アルコールを消毒用に供給してきた特需が引くことを挙げていた。主力の酒類が国内市場の成熟に押される構図は、成長の軸を別に求める動機となっていた[1]

セグメントの構成にも、その変化が表れていた。2005年3月期には、連結売上高の91%を国内を中心とする酒類・食品事業が占め、バイオ事業は7%にとどまっていた。国内酒類を主柱とする姿は、この時点ではなお揺らいでいなかった。成熟した市場のなかで既存の柱が伸び悩む一方、会社は世界の需要をどう取り込むかという問いに向き合い始めていた[2]

世界に広がる日本食という追い風

内需の頭打ちと対をなしていたのが、海外での日本食の広がりであった。健康志向の高まりを背景に、日本食は世界各地で市場を広げ、現地の日本食レストランや小売店へ食材・調味料・和酒を供給する卸売の需要が増していた。宝ホールディングスは食材卸網の拡大を発表する適時開示のなかで、近年の健康志向の高まりなどによる世界での日本食市場の広がりを、その背景に据えていた。国内で縮む酒類と、世界で伸びる日本食という非対称が、成長の主軸を海外へ移す動機となった[3]

供給網の面でも、日本食は現地調達だけでは完結しない構造を持っていた。米国では日本食レストランが使う食材の多くを輸入に頼り、日本からの調達を担う卸が事業の要になっていた。2020年に宝ホールディングスが子会社化した東京共同貿易は、傘下の米ミューチャルトレーディングが日本から商品を仕入れる際の最大の取引先であった。日本食の広がりは、こうした黒子役の卸を押し上げ、酒類メーカーが流通網そのものを握る余地を生んでいた[4]

決断

欧州・米国・豪州の食材卸を連続買収

海外事業の拡大は、日本食材卸を次々に傘下へ収めることで進んだ。宝ホールディングスは2010年4月にフランスのFOODEX社の株式80%を取得したのを皮切りに、2013年に英国のTazaki Foods社、2014年にスペインのCominport社と、欧州の卸を相次いで買収した。2016年11月には米国のMutual Trading社を、2017年1月には豪州のNippon Food Supplies社を、いずれも過半の出資で連結子会社化した。買収は大宮久社長のもとで始まり、柿本敏男社長のもとで欧米豪へと広がった[5]

これらの買収は、外から持ち込まれた案件を受けるより、宝ホールディングスの側から働きかけて進めたものであった。木村睦社長は決算説明会で、M&Aは持ち込まれるというよりこちらから積極的にアプローチをして進めてきたと述べ、なお完了したとは考えていないとして今後も積極化する考えを示していた。進出できていないエリアへの自主進出もあわせ、買収と自力展開の両輪で日本食材卸の網を広げる構えであった[6]

宝酒造インターナショナルへの分社

買収で膨らんだ海外事業を、宝ホールディングスは独立した器へ移した。2017年7月、宝酒造の海外事業を新設分割し、新設した宝酒造インターナショナル株式会社に承継させた。同時に宝酒造は割り当てられた株式のすべてを剰余金の配当として宝ホールディングスへ交付し、宝酒造インターナショナルは持株会社の直接の連結子会社となった。酒造会社の一事業部門であった海外日本食材卸が、酒類事業と並ぶ独立した統括会社として切り出された節目であった[7]

この分社は、事業の呼び名の書き換えでもあった。宝ホールディングスは自らを、清酒やみりんを売る酒造会社から、和酒と日本食を世界へ広げる会社へと位置づけ直した。公式には、日本食レストランなどで使う食材・和酒・調味料から調理器具・食器までを世界の飲食店・小売店へ届け、日本食文化の世界浸透を推進すると掲げた。取り扱いも、水産品や和牛といった高付加価値の商材へ広げ、利益率の底上げをはかった。売る対象が、自社ブランドの酒から日本食そのものへと広がっていった[8][9]

結果

全社の過半を稼ぐ主力へ

主力の交代は、数字のうえで明確に表れた。2025年3月期には、連結売上高3,627億円のうち海外日本食材卸を担う宝酒造インターナショナルグループが1,854億円を稼ぎ、構成比で53%を占めた。国内酒類の宝酒造は1,188億円で34%、バイオのタカラバイオは450億円で13%となり、いずれも海外食材卸を下回った。かつて売上の9割を国内中心の酒類・食品が占めた会社は、海外の日本食流通が最大の柱となる姿へ変わった[10]

外部の集計でも、海外事業が全社を牽引する姿が確かめられる。2025年3月期第3四半期までの累計で、海外事業は連結売上高2,669億円のうち1,333億円、営業利益149億円のうち93億円と、売上の約半分・利益の6割超を稼いだ。宝グループは、この15年で日本食材卸により16か国へ拠点を広げていた。海外で売上高の55%を稼ぐ姿は、酒どころ伏見の老舗が創業100年を前に日本食を世界へ売る会社へと立ち位置を変えたことを示していた[11][12]

なお続く買収と、成長の壁

成長の軸に据えた以上、買収は分社の後も止まらなかった。宝ホールディングスは2024年9月、フィンランドの食品卸アグリカ社と、豊洲の鮮魚仲卸である築地太田などを完全子会社化し、北米・欧州での日本食材卸の拠点拡大を進めた。同年11月にはドイツ・ミュンヘン近郊のKagerer社の出資持分90%を宝酒造インターナショナルを通じて取得し、欧州中央部の流通網を加えた。世界での日本食材卸ネットワークの構築という掲げた方針のもと、買収による面の拡張が続いた[13][14]

もっとも、拡張は壁にも突き当たっていた。東洋経済オンラインは同社の食材卸事業が食品規制などの壁に直面していると報じ、とりわけ欧州では畜産由来のエキスを含む加工食品がほとんど輸出できず、現地調達で補う必要があると伝えた。当事者の説明も課題を認めていた。決算説明会で宝ホールディングスは、米国など各国で外食需要が2024年前半から強くない状況が続くとし、欧州の子会社間での固定費の効率化については現時点では手をつけておらず、事業間のシナジーを追求している段階と述べた。米国の相互関税についても、影響額はミューチャルトレーディングの売上約1,000億円に対し38億円で約4%にとどまり、価格改定で対応できると説明した。急拡大した卸網の統合と、外部環境の変動をどうさばくかが、次の課題として残った[15][16][17]

出典・参考