宝HD の歴代社長

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1966年1970年1980年1990年2000年2010年2020年2026年

大宮隆退任

1966年社長就任

取締役社長

久木田稔退任

1986年社長就任

取締役社長

大宮久退任

1993年社長就任

1968年入社1974年取締役代表取締役社長

柿本敏男退任

2012年社長就任

1973年入社2003年執行役員代表取締役社長 〃 宝酒造㈱代表取締役社長

木村睦現任

2018年社長就任

1985年入社2002年取締役代表取締役社長
創業社長の関係
創業

1905年に四方卯之助氏が興した四方合名会社を母体に、1925年9月、京都市伏見区で資本金55万円の寳酒造が設立され、四方卯三郎氏が初代社長に就いた。清酒の名産地にありながら主力は焼酎と味淋で、1916年に宇和島から迎えた大宮庫吉氏が始めた連続式蒸留の新式焼酎が、その後の柱になっている。

社長登用の傾向
登用

直近の3代はいずれも生え抜きで、入社から社長までに25年から39年をかけている。柿本敏男氏は宝酒造の副社長、木村睦氏はタカラバイオの取締役と副社長を務めてから本体へ戻っており、2002年の持株会社化のあとは事業会社のトップを経てから社長へ就く順になっている。

社長任期の傾向
任期

1966年からの大宮隆氏と1993年からの大宮久氏がそれぞれ20年近く在任し、前者はビール事業の全面撤退と中央研究所の設置を、後者は2002年の持株会社化とタカラバイオの分割上場を担った。構造を組み替える仕事を一人へ長く負わせてきたと思われる。直近2代は6年と8年目である。

いまの体制への含意
含意

直近の3代は全員が社内から出ており、外から迎えた代はない。木村睦氏はタカラバイオの副社長を務めた人物で、2026年にそのタカラバイオを総額541億円のTOBで完全子会社化し、23年続いた親子上場を自ら解いた。出身事業を整理できる立場に、長い社内歴を持つ社長が置かれている。

氏名 社長在任期間 退任年は推定 在任年数 推定状況出自役職在任中の決断施策
四方卯三郎(1925年就任)1925〜1940年1925年就任15年退任取締役社長
大宮隆1966〜1986年1966年就任20年退任取締役社長決断1967年キリン・サッポロへ工場売却1970年中央研究所設置で遺伝子工学着手
久木田稔(1986年就任)1986〜1993年1986年就任7年退任取締役社長決断1986年Tomatinを設立
大宮久(1993年就任)1993〜2012年1993年就任19年退任生え抜き代表取締役社長決断2002年タカラバイオ分社
柿本敏男(2012年就任)2012〜2018年2012年就任6年退任生え抜き代表取締役社長 〃 宝酒造㈱代表取締役社長決断2017年宝酒造インターナショナル設立
木村睦(2018年就任)2018年〜現任2018年就任9年現任生え抜き代表取締役社長1985年4月に入社し、2002年4月にタカラバイオの取締役、2009年6月に同社の代表取締役副社長となった。バイオ側で12年を過ごしたのち、2014年6月に持株会社の取締役と宝酒造の専務取締役を兼ね、酒類の事業会社へ移った。2016年6月に代表取締役副社長、2018年6月に代表取締役社長へ進んだ。決断2026年タカラバイオをTOB子会社化
歴代社長の在任期間 全6代
1925年1930年1940年1950年1960年1970年1980年1990年2000年2010年2020年2026年

四方卯三郎退任

1925年社長就任

取締役社長

大宮隆退任

1966年社長就任

取締役社長

久木田稔退任

1986年社長就任

取締役社長

大宮久退任

1993年社長就任

1968年入社1974年取締役代表取締役社長

柿本敏男退任

2012年社長就任

1973年入社2003年執行役員代表取締役社長 〃 宝酒造㈱代表取締役社長

木村睦現任

2018年社長就任

1985年入社2002年取締役代表取締役社長

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