日本新薬国産初のアンチセンス核酸医薬ビルテプソの承認取得と、米国での自社販売開始

導出で世界へ届けるか、自ら売り場に立つか——ウプトラビとは逆の道を選んだ理由

時期 2020年8月
意思決定者(推定) 前川重信・中井亨(社長) 社長
論点 新規モダリティの上市と海外販売体制
概要
2020年3月にデュシェンヌ型筋ジストロフィー治療剤「ビルテプソ」が国内で承認され、同年8月12日に米食品医薬品局の迅速承認を得た。日本新薬は情報収集の拠点であった米国子会社NS Pharmaを販売会社へ作り替え、8月19日から米国で自社販売を始めた。同社にとって初めての海外自社販売品目となった。
背景
核酸医薬の研究は1990年代後半に始まり、技術的な壁から一度は社内で撤退の話も出た。国立精神・神経医療研究センターから声がかかり2009年に共同研究へ入ったことで開発が動き、国産初のアンチセンス核酸医薬に結実した。米国の拠点NS Pharmaは1999年設立で、販売の機能を持っていなかった。
内容
2019年5月の第六次5ヵ年中期経営計画は米国事業の項に「NS-065/NCNP-01の発売に備え、販売体制の構築」を掲げた。ニュージャージー州パラマスのNS Pharmaに医薬情報担当者とメディカル・アフェアーズ担当者を置き、専門の医療機関・患者団体・保険者に直接向き合う体制を敷いた。
含意
2024年度のビルテプソ売上は米国171億1,700万円と国内46億6,400万円の3.7倍に達した。一方、迅速な承認の条件であった国際共同第Ⅲ相試験RACER53は2024年5月に主要評価項目を達成できず、米国での扱いは当局との協議に委ねられている。
筆者の見解

相手が数えられるなら、自分で立てる

セレキシパグでは日本以外の全世界を渡した会社が、ビルテプソでは米国に自社の人員を置いて売った。同じ難病領域で正反対の届け方を選べたのは、届け先の輪郭が違ったからだとみられる。エクソン53の変異を持つ患者は、専門の医療機関と患者団体、保険者という数えられる相手に集約される。広い営業網を持たない中堅でも、相手が数えられるなら自分で立てる——2024年度に米国売上が国内の3.7倍へ届いた事実は、その読みが外れていなかったことを示している。

ただ、自ら売る足場の下は揺れている。承認の条件だったRACER53試験は主要評価項目を達成できず、後続試験のプロトコルを提出した段階で、米国での扱いはなお当局との協議に委ねられている。保険適用の更新審査が厳しくなり、投与から外れた患者も出た。先に承認を取り、あとから検証する制度に乗って早く届けた分だけ、届けた後の証明が重く残る。1990年代後半に一度は畳まれかけた研究の帰結は、なお確定していないといえる。

Yutaka Sugiura, 2026年7月

背景

一度は畳まれかけた核酸医薬の研究

日本新薬が核酸医薬の研究に着手したのは1990年代の後半であった。遺伝情報に直接はたらきかけるという発想は実用の手前にあり、技術的な壁も高く、開発は難航した。社内では一度、撤退の話も出たとされる。それでも経営の強い意向で研究は止まらず、研究員を減らした体制のまま、肝がんの治療薬などを細々と続けていた。国内大手でも武田薬品工業が2008年にがん領域で着手し、第一三共は2013年から筋ジストロフィー向けの開発に取り組んだが、いずれも実用化には届かなかった[1][2]

転機は外から来た。デュシェンヌ型筋ジストロフィーの治療法を研究していた国立精神・神経医療研究センターが、原因となるジストロフィンタンパク質の欠損を核酸で抑える仕組みを突き止め、その薬をつくれる企業を探した末に、地道に研究を続けていた日本新薬に行き着いた。両者は2009年から共同研究に入る。筋ジストロフィー患者の筋線維膜は脆弱で人工の核酸が比較的入りやすく、細胞への到達という核酸医薬の難所が、この疾患では低かった[3][4]

販売の機能を持たない米国拠点

米国での足がかりは細かった。1997年に開いたニューヨーク事務所を引き継ぐ形で、1999年7月にNS Pharmaを設立し、2002年にニュージャージー州へ移している。設立の目的は米国の製薬企業やベンチャー、研究機関から研究開発の情報を集めることにあり、販売のための組織ではなかった。日本新薬はこの時点まで、海外で自社の名前で薬を売った経験を持っていなかった[5]

決断

二つの承認

2020年3月25日、厚生労働省はNS-065/NCNP-01(一般名ビルトラルセン)を「ビルテプソ点滴静注250mg」として承認した。ジストロフィン遺伝子のエクソン53を人為的に取り除いてアミノ酸の読み取り枠のずれを直す薬で、対象は該当する遺伝子変異を持つ患者に限られる。承認は条件付き早期承認制度によるもので、市販後に第Ⅲ相試験とレジストリー調査で有効性と安全性を検証することが条件とされた。国内での発売は同年5月であった[6][7]

米国の承認は5カ月後に続いた。2020年8月12日、米食品医薬品局が迅速承認の枠組みでビルテプソを承認し、19日から販売が始まった。核酸医薬を国内の製薬会社として初めて開発した薬であり、米国での承認は日本に次ぐ2例目にあたる。対象となる患者は国内で約5,000人、欧米で3万人程度とされた。数の乏しさは、この薬を託せる相手が見つかりにくいことをも意味していた[8][9]

自ら売り場に立つ

米国で誰が売るかは、承認より前に決まっていた。2019年5月に前川重信社長の名で示された第六次5ヵ年中期経営計画は、米国事業の項に「NS-065/NCNP-01の発売に備え、販売体制の構築」を掲げている。情報を集めるための子会社を、医薬情報担当者とメディカル・アフェアーズ担当者を抱える販売会社へ作り替える方針であった。セレキシパグで選んだ「創って託す」とは逆の道を、この薬では選んだ[10]

自ら売る体制は、狭い相手に向き合う形で組まれた。対象がエクソン53の変異を持つ患者に限られるため、届け先は専門の医療機関と患者団体、そして保険者に集約される。日本新薬は後年、これらの関係者とのやり取りをより密にするために組織を厚くしたと説明している。ビルテプソは同社にとって初めての海外自社販売品目となり、ニュージャージー州パラマスに置いたNS Pharmaが医薬品情報の提供と収集を担った[11]

結果

米国が国内を上回る

売り場に立った結果は数字に出た。2024年度のビルテプソの売上は、日本国内46億6,400万円に対し米国171億1,700万円で、米国が国内の3.7倍に達している。同社は米国で自社販売5年目を迎えたこの薬について、医療関係者や患者団体、保険者との対話のために組織を厚くした結果、前年度比で20%を超える成長になったと説明した。導出で世界へ届けたウプトラビとは別の形で、海外の収益が立った[12][13]

一方で、迅速な承認と引き換えに負った条件は、まだ果たされていない。2024年5月27日、承認条件であった国際共同第Ⅲ相試験RACER53の解析結果の速報で、主要評価項目である床からの立ち上がり速度に統計学的な有意差は認められなかった。同社は規制当局と連携して今後の進め方を決めるとし、2025年2月末には後続の303試験のプロトコルを米食品医薬品局へ提出している。米国では保険適用の更新審査が厳しくなり、病態が悪化した患者が投与から外れる例も出た[14][15][16]

出典・参考

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