ノスカールのつまずきは、三共が積み上げた創薬力の高さと、単独で世界市場を獲得することの難しさを同時に映していた。世界初の作用機序を自ら生み出す力がありながら、副作用という不確実性が現れたとき、一社で欧州から米国までを支え切る体力と販売網を欠いていた。第二の柱を一つの製品に託した構造の危うさが、発売初年の副作用問題で一気に表れた。
統合後の第一三共が掲げた自社開発・自社販売による利益増大という戦略は、ノスカールで描こうとした構図の延長線上にある。自ら創り自ら売るほど利益は大きいが、失敗したときの痛手も一社に集中する。その振れ幅を受け止める規模を単独では持てなかったことが、旧二社を一つの持株会社へ統合する遠因になったとみられる。