618億円を全額自己資金で投じたマレーシア新工場の建設

2008年実施

過去最高益のさなか、竹中裕紀氏はなぜ借入に頼らず巨額投資を選んだか

時期 2008年4月
意思決定者 竹中裕紀(社長)
論点 設備投資と財務規律
概要
2008年、竹中裕紀社長のもとでイビデンがパッケージ基板・プリント配線板・自動車向けDPFの増産に累計618億円を投じ、その全額を自己資金でまかなった経営判断。最大の投資先はマレーシアの新しい生産拠点だった。
背景
1996年のインテル取引開始後、ICパッケージ基板を主力に売上・利益が伸び、2008年3月期は連結売上4135億円・純利益460億円の過去最高益を記録した。三つの事業がそろって需要の拡大に向かっていた。
内容
618億円の主な内訳はパッケージ基板282億円、プリント配線板129億円、DPF35億円。2008年5月にマレーシアへ製造子会社を設け、2011年の稼働をめざして海外量産拠点を建てはじめた。資金は借入・増資に頼らず利益でまかなった。
含意
直後のリーマンショックで2009年3月期は純損失87億円に転じたが、借入依存が低く財務の危機には至らなかった。好況の利益を自己資金投資に回し、不況期に返済を負わない体が、のちの投資の機動性を支えた。
筆者の見解

堅実さが攻めの機動性を生むという逆説

この判断の核心は、618億円という金額の大きさより、その全額を自己資金でまかなった点にある。半導体部材は需要の振れが激しく、好況期に借りて増設すれば不況期に返済が重くのしかかる。イビデンは好況で稼いだ利益を次の設備へ回し、借入に頼らないことで、需要が落ちても資金繰りが揺らがない体をつくった。リーマンショックでも2017年の巨額減損でも財務の危機に至らず、赤字の翌年に投資を再開できたのは、この堅さがあってこそだった。堅実な財務が、かえって攻めの投資の機動性を支えた。

もっとも、財務の規律は投資そのものの巧拙までは救わない。マレーシアへの拡張は、2008年のリーマンショック、2017年のスマートフォン需要の読み違いと、2度にわたり巨額の損失に至った。自己資金ゆえに傷が浅く済んだにすぎず、需要の山を読み切る難しさは残ったままである。それでもイビデンは、この規律ゆえに損失を出しても倒れず、次のAI半導体向け投資へ向かっている。稼いだ範囲で賭け、負けても立て直す——需要変動の大きい部材産業で生き残るための、一つの型がここにある。

Yutaka Sugiura, 2026年7月

背景

インテル取引後の急成長と三つの柱

イビデンの主力は、1996年にインテルとの取引を始めたICパッケージ基板である。CPUを載せるこの基板で世界有数の供給者となり、連結売上高は2005年3月期の2475億円から2008年3月期には4135億円へ、当期純利益は121億円から460億円へ伸びた。2008年3月期は売上・利益ともに過去最高で、パッケージ基板、プリント配線板、ディーゼル車の排ガスを浄化する自動車向けDPFの三つの事業がそろって需要の拡大に向かっていた[1]

半導体パッケージ基板の需要は、パソコンやサーバー向けCPUの世代交代に合わせて増える。海外の顧客へ安定して供給するには、国内の工場だけでなく、人件費や立地で見合う海外の量産拠点がいる。イビデンは2000年にフィリピンへ製造子会社を設け、パッケージ基板の海外生産に踏み込んでいた。次の増産をどこに、どれだけの規模で置くかが、好況のさなかにある2008年の経営課題だった[2]

決断

618億円を全額自己資金で

2008年、竹中裕紀社長のもとでイビデンは、三つの主力事業の増産に累計618億円の設備投資を決めた。主な内訳は、パッケージ基板に282億円、プリント配線板に129億円、自動車向けDPFに35億円である。半導体部材の需要が世代ごとに跳ねる以上、供給能力を先回りで積み増す前方投資だった。特徴は資金の出どころにある。618億円のほぼ全額を、銀行からの借入や増資に頼らず、それまでに稼いだ利益でまかなった[3]

好況の利益をそのまま次の設備へ振り向けるやり方は、財務の堅さを示すと同時に、投資の規模や時期を自社の稼ぎに縛る面もある。それでも竹中社長は借入に頼らない道を選んだ。半導体部材は需要の振れが激しく、好況期に借りて増設すれば、不況が来たときに返済が重くのしかかる。稼いだ範囲で投じておけば、需要が落ちても資金繰りには響かない。この判断は、着手の直後に試された[4]

マレーシアという最大の投資先

618億円のうち最も大きな塊は、マレーシアの新しい生産拠点だった。2008年5月、イビデンはマレーシアに電子関連製品の製造子会社を設け、2011年の稼働をめざしてパッケージ基板とプリント配線板の工場を建てはじめた。2000年のフィリピンに続く東南アジアの量産拠点で、インテルをはじめとする海外顧客への供給力を一段引き上げる狙いがあった。国内・フィリピン・マレーシアにまたがる量産の網を、ここで整えようとした[5]

結果

リーマンショックと財務の耐性、そして2度目の誤算

着工の直後、2008年9月のリーマンショックが半導体の需要を一気に冷やした。イビデンの連結売上高は2008年3月期の4135億円から2009年3月期に3093億円へ落ち、当期純損益は87億円の赤字に転じた。だが借入への依存が低かったため、赤字が資金繰りの危機に直結することはなかった。全額自己資金という2008年の判断が、最初の試練で財務の耐性として働いた。マレーシア工場は2011年に稼働し、パッケージ基板の量産を始めた[6][7]

しかし、マレーシアへの投資はもう一度、需要の読み違いにぶつかる。スマートフォンの普及を見込んで積み増したパッケージ基板の生産は、市場の伸び悩みと競争の激化で稼働が上がらず、2017年3月期にイビデンは減損を中心に約600億円を特別損失として計上した。当期の最終損益は628億円の赤字で、その多くはマレーシアを中心とするパッケージ基板の製造設備の減損だった。2008年に築いた海外量産の網が、2度にわたって巨額の損失の場になった[8][9]

出典・参考