豪州乳業1位・2位を買収(2008年・キリンHDの決断)

更新:
論点 国外の成長軸を豪州乳業に求めるか
キリンHD:業績の推移
売上高(億円)当期純利益率(%)
現地の乳製品市場を一挙に押さえる巨額M&Aへの経営資源の集中

何をなぜ決めたか:現地の乳製品市場を一挙に押さえる巨額M&Aへの経営資源の集中

概要

2007年12月に豪州の乳業・飲料首位ナショナルフーズの親会社を株式の取得価額76,965百万円で取得し、2008年11月には同社を通じて2位デアリーファーマーズを取得して、キリンホールディングスがオーストラリアの乳製品市場で圧倒的地位を確立した経営判断。加藤壹康社長の主導によるアジア・オセアニア戦略の中核であった。

背景

国内では少子高齢化とビール系飲料の需要減で酒類・飲料事業の頭打ちが続いていた。キリンは長期構想"KV2015"で2015年に売上高3兆円を掲げ、成長市場であるアジア・オセアニアに活路を求めていた。持株会社制へ移行した2007年に、海外の大型買収を立て続けに決めている。

内容

ナショナルフーズの親会社はフィリピンのサンミゲルから取得した。取得が決算日直前であったため暫定的な会計処理となり、連結開始時ののれんは164,271百万円に達した。翌年に取得したデアリーファーマーズを含む新規連結子会社の株式の取得価額は74,311百万円、のれんは51,907百万円で、所在地別のアジア・オセアニアの売上高は2007年の210,621百万円から2008年には438,097百万円へ倍増した。

含意

だが豪州の乳飲料事業はその後伸び悩み、キリンは2019年12月期にオセアニア綜合飲料事業で57,118百万円を減損した。2021年1月25日にオセアニア飲料事業をベガチーズへ譲渡し、受取対価44,103百万円に対して子会社株式売却益はわずか23百万円であった。

いつ何が起きたか 7件
考察:制覇と撤退のあいだ
考察

考察:制覇と撤退のあいだ

この判断の核心にあったのは、国内で稼いだ資金を成熟市場に留め置くことへの危機感であった。少子高齢化でビールが細っていくなかで、成長するアジア・オセアニアへ資金を振り向け、首位と2位を同時に押さえて市場を一気に制するという発想それ自体は、当時の攻めの機運のなかで理にかなった選択とみられる。所在地別の売上高でみれば、アジア・オセアニアは2007年の210,621百万円から2008年には438,097百万円へと一年で倍になった。ただ、市場シェアの高さと事業の稼ぐ力とは別物であり、豪州の乳飲料が置かれた流通構造への読みが十分であったかは、後から問われる点として残った。

その後の展開は、買う判断よりも買った後に統合する判断のほうが難しいことを示している。ナショナルフーズの取得で計上したのれんは連結開始時に164,271百万円に上ったが、2019年12月期にはオセアニア飲料事業の減損でのれん15,237百万円とブランド22,789百万円を含む57,118百万円が落とされ、翌期にもさらに6,039百万円が減損された。そして2021年1月の譲渡で計上された子会社株式売却益は23百万円にとどまる。減損を重ねて簿価を落とし切ったうえでの譲渡であり、損失の大半は売却の前に会計へ織り込まれていたことになる。約10年をかけて制した市場を約10年で手放した軌跡には、成長を海外に求める戦略の正しさと、個別市場の構造を見極める難しさとが同居しているだろう。

Yutaka Sugiura, 2026年7月
数字で見る 3表

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図と表

キリンHD:のれんと無形固定資産の推移

のれん(百万円)のれん以外の無形固定資産(百万円)
キリンHD:のれんと無形固定資産の推移
(百万円) のれん無形固定資産総資産 備考
2004年12月期 62,291134,9451,823,790 営業権22,016と連結調整勘定40,275の合計をのれんとした
2005年12月期 60,921135,8761,937,866 営業権22,509と連結調整勘定38,412の合計
2006年12月期 96,853169,6991,963,586
2007年12月期 258,780386,9152,469,667 ナショナルフーズの親会社の取得でのれんが16万を超えて増えた
2008年12月期 343,975449,4692,619,623 デアリーファーマーズと協和醱酵工業の連結が加わった
2009年12月期 605,210734,6882,861,194 ライオンネイサンの完全子会社化による増加
2010年12月期 562,492658,3572,649,197
2011年12月期 713,749816,2612,854,254 ブラジルのスキンカリオール取得による増加
2012年12月期 642,190821,9482,951,061
2013年12月期 649,519836,9362,896,456
出所:キリンホールディングス 有価証券報告書 第166期〜第175期(連結貸借対照表)
出所:キリンホールディングス 有価証券報告書 第166期〜第175期(連結貸借対照表)

キリンHD:地域ごとの売上高の推移

日本(百万円)アジア・オセアニア(百万円)
キリンHD:地域ごとの売上高の推移
(百万円) 日本アジア・オセアニアその他 備考
2004年12月期 1,442,288156,81455,783
2005年12月期 1,415,790158,92457,533
2006年12月期 1,430,229177,80757,909
2007年12月期 1,528,876210,62161,666 取得が12月28日のため、ナショナルフーズの業績はほぼ含まれない
2008年12月期 1,787,875438,09777,596 ナショナルフーズの通年寄与とデアリーファーマーズの連結で倍増した
2009年12月期 1,759,670443,83574,967
2010年12月期 1,724,529393,29759,975
2011年12月期 1,531,467461,32578,980 この期から顧客の所在地を基礎とする区分に変わった
2012年12月期 1,520,757427,299238,121 その他の増加はブラジル事業の連結による
2013年12月期 1,465,054505,435284,095
出所:キリンホールディングス 有価証券報告書 第167期〜第175期(所在地別セグメント情報、セグメント情報の関連情報)
出所:キリンホールディングス 有価証券報告書 第167期〜第175期(所在地別セグメント情報、セグメント情報の関連情報)

買収と撤退の条件

買収と撤退の条件
科目 概要 備考
取得した会社(1件目) Kirin Foods Australia Holdings Pty Ltd 取得時の社名はSan Miguel Foods Australia Holdings。ナショナルフーズの親会社
譲渡元 San Miguel Corporation 当時のキリンの持分法適用関連会社
取得日 2007年12月28日 決算日直前の取得のため、資産と負債は暫定的な会計処理とした
取得した株式 発行済株式の全て 現金を対価とする取得。取得はKirin Holdings (Australia)が行った
株式の取得価額 76,965百万円 被買収会社の現金等を差し引いた取得による支出は70,589百万円
連結開始時ののれん 164,271百万円 企業結合等関係の注記では165,500百万円と記載。いずれも暫定的な金額
連結開始時の流動負債 247,001百万円 うち連結会社からの短期借入金150,284百万円。流動資産は55,244百万円
取得原価の配分 2008年12月期に完了 資産及び負債への配分額の修正による影響は軽微とされた
取得した会社(2件目) Dairy Farmers Limited ほか15社 2008年11月に全株式の取得を完了。ナショナルフーズを通じた取得
株式の取得価額 74,311百万円 当期に新たに連結子会社となった会社の合計。取得による支出は73,407百万円
連結開始時ののれん 51,907百万円 流動資産23,268百万円、固定資産31,285百万円を受け入れた
減損損失(2019年12月期) 57,118百万円 オセアニア綜合飲料事業。のれん15,237百万円、ブランド22,789百万円を含む
減損後の回収可能価額 70,292百万円 異常気象が乳価と安定供給に与えた影響の長期化を機に減損テストを実施した
追加の減損(2020年12月期) 6,039百万円 売却プロセスで回収可能価額41,544百万円が帳簿価額を下回ることが確認された
譲渡契約の締結日 2020年11月26日 譲渡先はBega Cheese Limited。譲渡価額は約409億円(1豪ドル73.00円)
譲渡日 2021年1月25日 オセアニア飲料事業に対する支配を喪失した
受取対価 44,103百万円 保有していた現金等を除く売却による収入は42,886百万円
子会社株式売却益 23百万円 その他の営業収益に計上。減損を先行させたあとの譲渡であった
出所:キリンホールディングス 有価証券報告書 第169期(2007年12月期)・第170期(2008年12月期)【企業結合等関係】【連結キャッシュ・フロー計算書関係】、第181期(2019年12月期)・第182期(2020年12月期)注記「9.非金融資産の減損」、第183期(2021年12月期)注記「27.キャッシュ・フロー」
出所:キリンホールディングス 有価証券報告書 第169期(2007年12月期)・第170期(2008年12月期)【企業結合等関係】【連結キャッシュ・フロー計算書関係】、第181期(2019年12月期)・第182期(2020年12月期)注記「9.非金融資産の減損」、第183期(2021年12月期)注記「27.キャッシュ・フロー」
参考文献

参考文献

参考
  • キリンホールディングス 有価証券報告書「第169期(2007年12月期)【企業結合等関係】【連結キャッシュ・フロー計算書関係】」
  • キリンホールディングス 有価証券報告書「第170期(2008年12月期)【企業結合等関係】(取得原価の配分手続の確定)【連結キャッシュ・フロー計算書関係】」
  • キリンホールディングス 有価証券報告書「第181期(2019年12月期)注記「9.非金融資産の減損」」
  • キリンホールディングス 有価証券報告書「第182期(2020年12月期)注記「9.非金融資産の減損」「15.売却目的で保有する資産」」
  • キリンホールディングス 有価証券報告書「第183期(2021年12月期)注記「27.キャッシュ・フロー」」
  • キリンホールディングス 有価証券報告書「第166期〜第175期(連結貸借対照表、所在地別セグメント情報、セグメント情報の関連情報)」

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