この判断の核心は、独り勝ちの資金力で"規格"を買おうとした点にあると推察される。経営権を取らない15〜20%の出資は、W-CDMAとiモードの普及を後押しする布石としては一応の筋が通っていた。ただ、その実行が通信株バブルの頂点と重なり、時価の膨らんだ株式を1兆円単位で引き受ける形になったことは、時期の不運と切り離せない。そして本業の絶好調が巨額損失を吸収できたために、投資規律への問いが株主から厳しく突きつけられないまま過ぎた面もうかがえる。
一方で、この失敗はドコモだけのものではなかった。同時期には欧州の通信事業者も第3世代の免許と買収に巨費を投じ、多くが減損に沈んでいる。ドコモの特異さは損失の大きさよりも、マイノリティ出資ゆえに出資先の経営へ関与できず、経験を積む機会も得られないまま撤退した点にあった。海外へ出る企業が経営権と出資比率をどう設計するか。約1.9兆円の出資が残したこの問いは、その後の日本企業のクロスボーダーM&Aにも通じているといえる。