この判断の核心は、世界一という繊維の看板を掲げたまま、あえて手薄な非繊維へ社運を振り向けた点にある。強みが際立つ会社ほど、その成功体験に縛られて次の収益源を育てそこねる。越後正一氏が就任と同時に非繊維部門の拡充を"最重要目標"と言い切り、人員の配置換えと不況直前の資本増強までを一続きの戦略として進めた運びには、強みに安住しない規律がうかがえる。繊維を捨てずに非繊維を伸ばす二正面の経営を14年やり切ったことが、総合商社・伊藤忠の骨格を形づくったのだろう。
ただ、広げた事業のすべてが果実になったわけではない。石油や不動産をはじめとする重化学分野の多角化は、のちに大きな損失の源にもなり、非繊維化の勢いは新たな重荷と表裏であった。繊維依存を脱するために参入した領域が、次の世代の課題を生む——その循環は、のちに岡藤時代の伊藤忠が"非資源で稼ぐ"という別の解を掲げるまで続いた。強みからの脱皮をどこまで、どの分野で進めるべきか。越後正一社長が開いた問いは、総合商社の事業構成をめぐる論点として、今日にも通じているだろう。