タイ・アユタヤ銀行(クルンシィ)のTOB買収——アジア商業銀行基盤の獲得
2013年実施国内で稼ぐ力が細る銀行が、なぜ約5,360億円を投じてタイ第5位の銀行を買い、自前のバンコク支店までそこへ明け渡したのか
- 概要
- 2013年、三菱UFJフィナンシャル・グループは子会社の三菱東京UFJ銀行を通じ、タイ第5位の商業銀行アユタヤ銀行(現地呼称クルンシィ)をTOBで買収した。約72%を約5,360億円で取得し、成長するアジアで自前の商業銀行基盤を持つ判断に踏み込んだ。当時のMUFG社長は平野信行。
- 背景
- 国内は超低金利で預金と貸出の利ざやが細り、既存の法人取引だけでは稼ぐ力を保ちにくくなっていた。三菱東京UFJ銀行はバンコク支店で50年以上タイの日本企業を支えてきたが、個人や中小企業を相手にする現地の営業網は持たなかった。
- 内容
- TOBは1株39バーツ、最大75%・最大約5,600億円の計画で始まり、株式の約25%を持つGEキャピタルが全株を売却した。2013年12月に約72%を約5,360億円で取得し、クルンシィは三菱東京UFJ銀行の子会社になった。
- 含意
- 翌2015年、タイの一行主義に沿って三菱東京UFJ銀行はバンコク支店をアユタヤ銀行へ吸収合併させ、買収した側の支店が現地5位の相手に飲み込まれた。10年後の2022年度、クルンシィの純利益は買収前の2.1倍に伸び、MUFGの海外経常収益は初めて国内を上回った。
支店を差し出してでも、現地の基盤を取りにいった
この判断が普通の海外進出と違うのは、既にある法人取引の延長を選ばず、個人と中小の預金・貸出を抱える現地の銀行そのものを買い取った点にある。技術や商品を持ち込むのではなく、成長するタイ市場の顧客基盤を丸ごと取り込む。しかもタイの一行主義に従い、資産規模で現地最大級だった自前のバンコク支店を、買った相手へ差し出してまで一つの銀行にまとめた。稼ぐ現場を海外の成長市場へ移すという選択を、これほど明快に形にした案件は多くない。
もっとも、成長市場の銀行を高値で買う戦略は、為替と信用と規制の危険を抱え込む。バーツ安は円に直した利益を目減りさせ、タイ経済の減速は不良債権を膨らませかねない。10年後の数字は成功をうかがわせるものの、真の評価は、インドネシアのダナモン銀行など後続の買収を重ねた投資群の全体が、国内の細る稼ぎを補い切れるかどうかで定まる。海外の稼ぎ頭がアジアへ移る流れのなかで、この一件はその転換を告げる最初の大型実例として残った。
Yutaka Sugiura, 2026年7月
背景
国内の低金利と、アジアで銀行そのものを持つ構想
2010年代前半のMUFGは、国内の超低金利で預金と貸出の利ざやが細り、国内の商業銀行だけでは稼ぐ力を保ちにくい環境に置かれていた。子会社の三菱東京UFJ銀行はバンコク支店を50年以上構え、進出した日本企業を支えてきたものの、タイの個人や中小企業を相手にする現地の営業網は持たなかった。三菱東京UFJ銀行が描いたのは、法人取引の延長ではなく、アジアで総合的な商業銀行の基盤そのものを築くという構想であった[1]。
売り手GEと、資産規模でタイ5位のクルンシィ
買収の相手は、資産規模でタイ第5位の商業銀行アユタヤ銀行、現地でクルンシィと呼ばれる銀行だった。ラタナラック財閥が主要株主に名を連ね、米GEキャピタルが約25.33%にあたる15億3836万5千株を持っていた。GEはこの持分を手放す方針で、三菱東京UFJ銀行はその株を含めて過半を握り、GEに代わる大株主として現地財閥と組む道を選択した[2]。
決断
2013年7月2日、1株39バーツのTOB
2013年7月2日、三菱東京UFJ銀行はGEキャピタルと株式応募契約を結び、クルンシィ株に1株39バーツで自主的な公開買付を仕掛けると発表した。ラタナラック財閥が応じないと見て、買付の上限を発行済み株式の約75%、投じる資金を最大で約5,600億円と置いた。過半の取得を明確な目標に掲げた買付だった[3][4]。
この規模の海外買収を成立させるには、日本とタイ双方の当局の承認が要った。日本の金融庁からは三菱東京UFJ銀行がクルンシィを子会社として抱える認可、タイ側からは中央銀行と財務省による外資の出資枠の緩和が前提になる。決断の主は平野信行で、MUFGの社長と三菱東京UFJ銀行の頭取を兼ね、持株会社と実務を担う銀行の双方を率いていた[5][6]。
TOB成立とクルンシィの子会社化
買付は2013年11月7日から12月13日まで続いた。応募の結果、三菱東京UFJ銀行はクルンシィの発行済み株式の約72.01%にあたる43億7371万4120株を、約1706億バーツ、円換算で約5,360億円で取得する。うち約25.33%はGEキャピタルが手放した分だった。12月18日に代金の決済を終え、クルンシィは三菱東京UFJ銀行の子会社となり、MUFGの傘下に入った[7]。
結果
バンコク支店の「逆合併」(2015年)
買収の翌々月から、両行は一つの資本系列で二つの銀行を持てないタイの一行主義への対応を迫られた。2013年9月18日の支店統合契約に沿い、2015年1月5日、三菱東京UFJ銀行は自前のバンコク支店をアユタヤ銀行へ吸収合併させる。対価として1株40.49バーツで12億8161万8026株の新株を受け取り、持株比率は76.88%へ上がった。買収した側の大型支店が、買収先の現地5位の銀行に飲み込まれる逆向きの統合だった[8]。
10年後、アジアの稼ぎ頭へ
買収から10年後の数字は、この賭けの成果を映した。2022年度、クルンシィの純利益は307億バーツ、円で約1300億円に達し、買収前の2012年度と比べて2.1倍に伸びる。タイの大手5行のなかで自己資本利益率は9.3%で首位、不良債権比率は2.3%で最も低い。MUFG全体でも海外の経常収益が2022年度に初めて国内を上回り、日本を除くアジア・オセアニアが地域別の経常収益の19%を占め、10年前の9%から比重を高めた[9]。
- 三菱UFJフィナンシャル・グループ/三菱東京UFJ銀行 プレスリリース(2013年7月2日)「Strategic Investment In Thailand ~BTMU/KRUNGSRI Strategic Partnership~」
- 三菱UFJフィナンシャル・グループ/三菱東京UFJ銀行 プレスリリース(2013年12月18日)「Results of a Voluntary Tender Offer by BTMU to Krungsri」
- 日本経済新聞(2013年7月2日)「三菱UFJ、アジアで中小・個人開拓 タイ大手銀買収発表」
- M&A Online(2013年7月2日)「三菱UFJ<8306>、タイのアユタヤ銀行をTOBで買収へ」
- マイナビニュース(2015年1月7日)「三菱東京UFJ銀行、バンコック支店とアユタヤ銀行の統合が完了」
- 日本経済新聞(2023年11月)「三菱UFJ、タイで挑んだ『逆合併』 アユタヤ銀買収10年」