トヨタ自動車 ケンタッキー工場の建設 合弁に頼らず北米で単独現地生産へ踏み出す決断
更新:
何をなぜ決めたか
- 概要
-
1985年7月の臨時取締役会でトヨタが米国・カナダへの単独工場進出を決め、米国では2,000cc級乗用車を年産20万台規模で生産する工場を建設することとした経営判断。米国29州・カナダ8州のオファーからケンタッキー州ジョージタウン近郊を選び、1986年1月にトヨタ モーター マニュファクチャリング U.S.A.(TMM)を設立した。GMとの合弁NUMMIで得た手応えを踏まえ、逃げ場のない単独工場の建設に着手した。
- 背景
-
1980年代初頭、日本車の対米輸出自主規制と米国議会のローカルコンテント法案の動きが、トヨタに北米での現地生産を迫った。北米販売が100万台に達して供給が逼迫するなか、1984年に設立したGMとの合弁NUMMIは、北米の労働環境でトヨタ生産方式が機能するかを検証する実験の場となった。
- 内容
-
1985年7月の臨時取締役会は、米国で2,000cc級乗用車を年産20万台規模、カナダで1,600cc級乗用車を年産5万台規模とし、いずれも1988年中の立ち上げを計画した。同年8月に北米事業準備室を発足させ、米国29州・カナダ8州のオファーを部品調達・物流・電力・労働力・治安の観点で分析している。
12月にケンタッキー州ジョージタウン近郊とオンタリオ州ケンブリッジ市を選び、1986年1月にTMMとTMMC(カナダ)が発足した。TMMは米国トヨタ80%・トヨタ20%の出資で、楠兼敬氏が両社の社長に就任した。
- 含意
-
単独進出は失敗の逃げ場がない。TMMは米国トヨタ80%・トヨタ20%の出資で発足し、親会社の直接保有を2割とする形をとった。決定から立ち上げまでは3年で、1988年5月にケンタッキーでカムリの第1号車がラインオフする。ジョージタウンの法人は20年後には資本金11億8,000万米ドル・議決権比率100.00%の完全子会社となり、輸出主導から現地生産主導へと構造が移った。
いつ何が起きたか 7件
筆者の見解
合弁で確かめ、単独で投資する
この決断の核心は、合弁で確かめてから単独で投資する二段階の手順にある。トヨタはNUMMIで、北米の労働環境でも自社の生産方式が機能すると確かめたうえで、ケンタッキーに単独工場を建設した。引き金は対米輸出自主規制という外圧であったが、トヨタはそれを規制回避の受け身の投資にとどめず、未経験者を一から育てて日本製と同等の品質を出すという、より重い課題を自らに課した点に特徴がある。工場用地の選考を『歴史のなかで最も困難なことの一つ』と呼んだ慎重さも、逃げ場のない単独投資の重みを物語る。
単独進出は、合弁と違って失敗の逃げ場がない。それでも段階を踏んでリスクを見極めたトヨタは、ケンタッキーを北米事業の中核へと育て、輸出主導から現地生産主導へ構造を移した。外からの圧力をどう自社の競争力へ転じるか——ケンタッキーの選択は、のちのグローバルな現地生産の原型となった。規制と現地化の圧力にどう応えるかという問いは、電動化と地政学に揺れる今日の生産戦略にも、形を変えて残り続けている。
Yutaka Sugiura, 2026年7月
業績の推移
単独進出の条件
単独進出の条件
| 科目 | 概要 | 備考 |
|---|---|---|
| 進出の決議 | 1985年7月の臨時取締役会 | 米国とカナダへの単独工場進出をあわせて決定した |
| 建設地 | ケンタッキー州ジョージタウン近郊 | 1985年12月に決定。カナダはオンタリオ州ケンブリッジ市 |
| 候補地の母数 | 米国29州・カナダ8州 | 1985年8月発足の北米事業準備室が、部品調達・物流・電力・労働力・治安の観点で分析した |
| 生産する車種と規模 | 2,000cc級乗用車を年産20万台規模 | カナダは1,600cc級乗用車を年産5万台規模 |
| 立ち上げの計画 | 1988年中 | 実際にケンタッキーでカムリの第1号車がラインオフしたのは1988年5月 |
| 現地法人 | トヨタ モーター マニュファクチャリング U.S.A.㈱ | 1986年1月設立。現在のトヨタ モーター マニュファクチャリング ケンタッキー㈱ |
| 設立時の出資比率 | 米国トヨタ80%・トヨタ20% | 同時に設立したカナダのTMMCと合わせ、楠兼敬氏が両社の社長に就任した |
| 現地法人の所在地 | Georgetown, Kentucky, U.S.A. | 2006年3月期時点の関係会社の状況に記載された所在地 |
| 現地法人の資本金 | 1,180,000千米ドル | 2006年3月期時点。設立時の払込資本と投資総額は会社の公表資料に記載がない |
| 議決権比率 | 100.00% | 2006年3月期時点。全額が間接所有(100.00%) |
出所:トヨタ自動車75年史「北米への単独進出―TMMとTMMCの設立」/トヨタ自動車 有価証券報告書 第102期(2006年3月期)【沿革】【関係会社の状況】
連結売上高と当期純利益の推移
トヨタ自動車:連結売上高と当期純利益の推移
| (億円) | 売上高 | 当期純利益 | 備考 |
|---|---|---|---|
| 1983年6月期 | 53,236 | 2,281 | |
| 1984年6月期 | 59,089 | 2,948 | 1984年2月にGMとの合弁NUMMIを設立 |
| 1985年6月期 | 67,702 | 4,058 | |
| 1986年6月期 | 66,462 | 3,455 | 1985年7月の単独進出決議は6月期決算のこの期に入る。1986年1月にTMMを設立 |
| 1987年6月期 | 66,754 | 2,607 | |
| 1988年6月期 | 72,157 | 3,109 | 1988年5月にケンタッキーでカムリの第1号車がラインオフ |
| 1989年6月期 | 80,210 | 3,462 | |
| 1990年6月期 | 91,928 | 4,413 | |
| 1991年6月期 | 98,551 | 4,134 |
出所:会社年鑑(トヨタ自動車・連結売上高および当期純利益)
同じ問いに直面した会社
参考文献
- 日経ビジネス 1985年6月24日号(409号 p38-40)
- 日経ビジネス 1986年12月8日号
- Decide=決断 1990年10月号(サバイバル出版)張富士夫TMM社長インタビュー
- 会社年鑑(トヨタ自動車・連結業績)
- トヨタ自動車 社史「トヨタ自動車75年史「北米への単独進出―TMMとTMMCの設立」」
- トヨタ自動車 有価証券報告書「第102期(2006年3月期)【沿革】【関係会社の状況】」