- 創業
- 1933年に豊田自動織機製作所の自動車部として始まり、1937年8月、豊田利三郎氏を初代社長にトヨタ自動車工業が独立した。創業者の豊田喜一郎氏が社長に就いたのは1941年で、人員整理の責任を負って退く1950年までの9年である。豊田家出身の社長は豊田章男氏まで5人を数え、2023年に途切れた。
- 登用
- 直近20年の社長は渡辺捷昭氏・豊田章男氏・佐藤恒治氏・近健太氏の4人で、全員が新卒でトヨタに入り、入社から就任まで25年から41年をかけている。外から迎えた社長は豊田自動織機出身の石田退三氏と帝国銀行出身の中川不器男氏までさかのぼり、以後60年以上出ていない。
- 任期
- 在任が10年を超えたのは石田退三氏・豊田英二氏・豊田章一郎氏・豊田章男氏の4人で、うち3人が豊田家である。北米生産に踏み切った豊田英二氏の15年が最長で、リコール危機を引き受けた豊田章男氏の14年が続く。直近3代は14年・3年・就任1年目と落差が大きい。
- 含意
- 2025年に監査等委員会設置会社へ移り、取締役10人のうち社外は5人と半数まで来た。ただし後継案を練る役員人事案策定会議は3人中2人が社外でも議長は代表取締役副社長で、権限は取締役会へ上げる案の検討にとどまる。会長には豊田章男氏が残り、社長を代える判断は社内側にあるように見える。
1941〜1949年・9年/創業家
1950〜1960年・11年/外部出身
1961〜1966年・6年/外部出身
1967〜1981年・15年/創業家
1982〜1991年・10年/創業家
1992〜1993年・2年/創業家
1994〜1997年・4年/生え抜き
1998〜2003年・6年/生え抜き
2004〜2007年・4年/生え抜き
2008〜2021年・14年/創業家
2022〜2024年・3年/生え抜き
近健太現任
2025年〜現在・2年/生え抜き
近健太
こん けんた
生え抜き(1991年トヨタ自動車入社)。秘書・経理畑を歩みCFOを務め、ウーブン・バイ・トヨタのCFOを経て社長へ
佐藤恒治
さとう こうじ
生え抜き(1992年トヨタ自動車入社)。シャシー設計からレクサス・GAZOO Racingの統括を経て社長へ
豊田章男
とよだ あきお
創業家(豊田章一郎の長男。1984年トヨタ自動車入社)。14年ぶりに豊田家から出た社長
渡辺捷昭
わたなべ かつあき
生え抜き(1964年トヨタ自動車工業入社)。人事・購買から調達畑を歩み、元町工場長・経営企画部長を経て副社長から社長へ
張富士夫
ちょう ふじお
生え抜き(1960年トヨタ自動車工業入社)。管財課・生産管理部を経て米国TMMKの社長を務め、副社長から社長へ
奥田碩
おくだ ひろし
生え抜き(1955年トヨタ自動車販売入社)。経理部からフィリピン・アジア駐在を経て、副社長から社長へ
豊田達郎
とよだ たつろう
創業家(豊田喜一郎の次男。1953年トヨタ自動車販売入社)。副社長から、実兄・章一郎の会長就任に伴い社長へ
豊田章一郎
とよだ しょういちろう
創業家(豊田喜一郎の長男。1952年トヨタ自動車工業入社)。トヨタ自動車販売社長を経て、工販合併で発足したトヨタ自動車の初代社長へ
豊田英二
とよだ えいじ
創業家(豊田佐吉の弟・平吉の子で、豊田喜一郎のいとこ。1936年に豊田自動織機製作所へ入社)。副社長から、中川不器男の急逝を受けて社長へ
中川不器男
なかがわ ふきお
外部出身(1950年に帝国銀行から専務取締役として入社)。副社長を経て、石田退三の会長就任に伴い社長へ
石田退三
いしだ たいぞう
外部出身(豊田自動織機製作所社長からの兼任)。労働争議で豊田喜一郎が退いた直後の1950年7月、臨時株主総会で社長に就いた
豊田喜一郎
とよだ きいちろう
創業家(豊田佐吉の長男)。豊田自動織機製作所の自動車部を率いてトヨタ自動車工業を独立させ、初代社長・豊田利三郎の後を継いだ