中川不器男
トヨタ自動車・元取締役社長
社長就任 1961年8月
生年月日 —
学歴 神戸高等商業学校
出自 —
社長就任までの出自
社長に選ばれた経緯
抜擢
1961年8月、石田退三氏の会長就任に伴って副社長から社長へ上がった。銀行出身者がトヨタのトップに立つのはこれが初めてである。就任前年度にあたる1960年11月期の売上高は1027億円であった。乗用車の量産投資が本格化し、調達できる資金の量が経営の制約になりつつあった。融資の側を知る人物を充てた人事である。
在任中の主な施策
施策
在任中の主題は大衆車であった。1960年のコロナ、1961年のパブリカが不具合を重ねたのち、1962年から長谷川龍雄氏を主査に排気量1000cc級の新型車の開発が始まった。1965年5月には約125万平方メートルの用地買収に着手し、1966年9月にカローラの第1号車が高岡工場からラインオフした。1工場1車種の集中生産は原価を切り下げ、競争の軸を販売網から設備投資の規模と速度へ移した。
在任の評価
評価
執筆予定
経歴 1921〜1967年
在任中の業績
就任前(FY60)1,381億円
退任時-
変化-
就任前-
退任時-
変化-