豊田達郎

トヨタ自動車・元取締役社長

Toyoda Tatsuro(敬称略)

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社長就任 1992年9月
生年月日 —
出自 —
社長就任までの出自
出自

豊田喜一郎氏の次男として生まれ、東京大学工学部機械工学科を卒業して1953年3月にトヨタ自動車販売へ入社した。ニューヨーク大学経営大学院も修めている。販売会社で経歴を重ね、1982年7月の工販合併で常務取締役、1986年に専務、1988年に副社長へ進んだ。創業家といっても資本の裏づけは薄い。1974年11月時点の大株主上位10位は銀行・生命保険と豊田自動織機、トヨタ自動車販売が占め、豊田家個人は入っていない。

社長に選ばれた経緯
抜擢

1992年9月、実兄の豊田章一郎氏が会長へ退くのに伴い、副社長から社長に就任した。豊田英二氏・章一郎氏に続く創業家出身の社長で、1967年から25年にわたり豊田家がトップを占める体制の延長だった。就任時の国内乗用車市場はバブル崩壊で縮み、ホンダの多目的車オデッセイなど他社の人気車種に商品構成が追いついていなかった。豊田家をトップに頂いた組織運営の長期化が意思決定の遅れを招いているとの指摘も、この時期に強まった。

在任中の主な施策
施策

在任の3年は、前任期に敷いた海外路線を引き継ぐ期間だった。北米では1986年設立のケンタッキー工場が1988年10月から本格生産に入り、1989年には高級車ブランド「レクサス」を北米で発売、同年12月に英国へ生産会社を設立して欧州の現地生産へ広げていた。国内では1991年2月に設立したトヨタ自動車九州が加わる。一方で1994年12月、国内登録車シェアは11年ぶりに40%を割り込み、商品構成の立て直しは次代へ持ち越された。

在任の評価
評価

執筆予定

経歴 1953〜1995年
在任中の業績
就任前(FY91)101,633億円
退任時-
変化-
就任前-
退任時-
変化-

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