日産自動車 の歴代社長

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1996年2000年2010年2020年2026年

塙義一退任

1996年社長就任

取締役社長

カルロス・ゴーン退任

2000年社長就任

1999年入社取締役社長、最高執行責任者

西川廣人退任

2017年社長就任

2015年執行役員取締役社長兼CEO

内田誠退任

2019年社長就任

2003年入社2016年執行役員代表執行役社長兼CEO

イヴァン・エスピノーサ現任

2025年社長就任

2016年入社2018年執行役員
創業
1933年12月、鮎川義介氏が日本産業と戸畑鋳物の共同出資で自動車製造株式会社を設立し、初代社長に就いた。翌1934年に日産自動車へ改称している。鮎川氏が社長の座にあったのは1930年代までで、敗戦後の公職追放で首脳が一掃されて以降、創業家出身の社長は一度も戻っていない。
登用
直近20年のトップは4人で、うち2人が外国人である。ルノーから送り込まれたカルロス・ゴーン氏、1977年入社の西川廣人氏、日商岩井を経て2003年に移った内田誠氏、同じ年にメキシコ日産へ入ったイヴァン・エスピノーサ氏。新卒の生え抜きが順に上がる型はすでに崩れている。
任期
1957年から16年の川又克二氏、1999年の着任から2018年に会長を解かれるまで19年のカルロス・ゴーン氏と、危機のたびに長い政権が生まれた。直近3代は西川廣人氏が2年5か月、内田誠氏が5年4か月、現任は2025年4月からで、いずれも短い。
含意
2019年6月に監査役会設置会社から指名委員会等設置会社へ移った。取締役11名のうち7名が独立社外で、後継者計画を持つ指名委員会も5名中4名が社外、社長兼CEOは委員に入っていない。ルノーが取締役2名を推薦する構図も残り、トップの首は社内の論理だけでは決まらないように見える。
氏名 社長在任期間 退任年は推定 在任年数 推定状況出自役職在任中の決断
箕浦多一1947〜1951年4年退任生え抜き取締役社長(当時の社名は日産重工業)
浅原源七1951〜1957年6年退任生え抜き取締役社長(復帰)
川又克二1957〜1973年16年退任外部出身取締役社長決断1966年日産自動車とプリンス自動車工業の合併(1966年成立)
岩越忠恕1973〜1977年4年退任生え抜き取締役社長
石原俊1977〜1985年8年退任生え抜き取締役社長決断1984年英国サンダーランド進出の決断——石原俊氏と労連会長・塩路一郎氏の攻防
久米豊1985〜1992年7年退任生え抜き取締役社長決断1987年「構造不況企業」からの脱却——久米豊氏の企業文化刷新と欧州現地生産
辻義文1992〜1996年4年退任生え抜き取締役社長決断1993年座間工場の車両生産中止と「最適成長企業」への転換
塙義一1996〜2000年4年退任生え抜き取締役社長決断1999年ルノーとの資本提携と日産リバイバルプラン
カルロス・ゴーン2000〜2017年17年退任外部出身取締役社長、最高執行責任者
西川廣人2017〜2019年3年退任生え抜き取締役社長兼CEO決断2017年完成検査の無資格問題と国内全工場の出荷停止・大規模リコール2018年カルロス・ゴーン会長の逮捕と会長職の解職
内田誠2019〜2025年5年退任生え抜き代表執行役社長兼CEO
イヴァン・エスピノーサ2025年〜現任2年現任生え抜き代表執行役社長兼最高経営責任者決断2025年経営再建計画「Re:Nissan」——7工場の統廃合と2万人削減
1947年1950年1960年1970年1980年1990年2000年2010年2020年2026年

箕浦多一退任

1947年社長就任

取締役社長(当時の社名は日産重工業)

浅原源七退任

1951年社長就任

取締役社長(復帰)

川又克二退任

1957年社長就任

1947年入社取締役社長

岩越忠恕退任

1973年社長就任

1952年取締役取締役社長

石原俊退任

1977年社長就任

1954年取締役取締役社長

久米豊退任

1985年社長就任

1973年取締役取締役社長

辻義文退任

1992年社長就任

1954年入社1985年取締役取締役社長

塙義一退任

1996年社長就任

取締役社長

カルロス・ゴーン退任

2000年社長就任

1999年入社取締役社長、最高執行責任者

西川廣人退任

2017年社長就任

1977年入社2015年執行役員

内田誠退任

2019年社長就任

2003年入社2016年執行役員代表執行役社長兼CEO

イヴァン・エスピノーサ現任

2025年社長就任

2016年入社2018年執行役員

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