完成検査の無資格問題と国内全工場の出荷停止・大規模リコール

制度の根幹を揺るがす検査不正に、西川廣人社長は品質保証体制をどう立て直そうとしたのか

更新:

時期 2017年10月
意思決定者 西川廣人 日産自動車 社長兼CEO
論点 完成検査体制の是正と品質保証の再構築
概要
2017年9月、国土交通省の立入検査で、日産自動車の国内全6工場において無資格の従業員が新車の完成検査を担っていた事実が発覚した。同社は約116万台・38車種のリコールを届け出たうえ、是正後も検査が続いていたことが判明したため、10月に国内向け全車両の出荷を止めた経営判断である。
背景
型式指定車の完成検査は、国に代わって有資格者が行う制度上の要である。日産では補助検査員が正規の検査員に代わって印を押す慣行が長く続き、栃木工場では1979年ごろから常態化していたとされる。検査員の不足と、制度の重みへの意識の鈍りが底にあった。
内容
日産は2017年10月6日に2014年1月以降製造の約116万台・38車種をリコール届け出た。だが社内基準を直した後も日産車体湘南工場など4工場で無資格検査が続き、10月19日に国内6工場すべてで国内向け車両の出荷を停止した。11月に原因分析と再発防止策を国交省へ提出した。
含意
検査員約100人の増員や教育体制の見直しを掲げ、西川廣人社長は報酬の一部を返上した。もっとも翌2018年には燃費・排出ガスの抜取検査で測定値の書き換えが判明し、品質保証体制の立て直しは一度の再発防止策では終わらなかった。
筆者の見解

制度への信頼と、現場の手順の距離

この判断の核心は、リコールの台数や出荷停止の期間よりも、国に代わって安全を担保する制度が現場でどれだけ軽く扱われていたか、という点にあったとみられる。数十年にわたって続いた慣行を、日産は検査員の増員と教育、有資格者だけを検査に就かせる仕組みで正そうとした。手順を厳格に縛る対策そのものは理にかなっていた一方、根にあった規範意識の鈍りは、人員や設備の手当てだけで消えるものではなかった。

翌年に燃費・排ガスの書き換えが続いたことは、一度の再発防止策で品質保証の文化までは組み替えられないことを示している。この時期の日産はカルロス・ゴーン体制の拡大路線のもとにあり、生産の量を追う圧力と、検査という手間のかかる工程の軽視がどこかで結びついていた可能性もある。制度への信頼を現場の手順にどう根づかせるかという問いは、その後の経営の混乱を越えて、なお残されているといえる。

Yutaka Sugiura, 2026年7月

背景

制度の要としての完成検査と、その形骸化

自動車メーカーが量産する型式指定車は、国の検査を一台ずつ受ける代わりに、メーカーが登録した有資格の完成検査員が保安基準への適合を最終確認する仕組みになっている。国に代わって安全を担保する制度の要であり、誰が印を押したかが記録に残る。日産自動車ではこの完成検査を、資格を持たない従業員が担う慣行が長く続いていた。2017年9月、国土交通省の抜き取り立入検査で、その事実が明るみに出た[1][2]

慣行の根は深かった。第三者を交えた調査で、日産では補助的な立場の従業員が正規の完成検査員に代わって検査印を押す運用が、複数の工場で1990年代にはすでに常態化していたことが分かった。栃木工場では1979年ごろから続いていた可能性も指摘された。数十年にわたって現場に染みついた手順であり、単発の逸脱ではなかった点に、この問題の重さがあった[3]

検査員の不足と、規範意識の鈍り

なぜ制度の要が空洞化したのか。日産が後に国交省へ出した報告書は、原因を検査員の不足に求めた。完成検査員という特殊な資格を要する人員の配置が、生産の実態に見合うだけ計画されていなかった。有資格者が足りない現場では、補助検査員が穴を埋めるほかなく、それが常態として引き継がれていった。人の手当てを欠いたまま量産を回し続けた構造が、慣行を温存させたとみられる[4]

不足だけが理由ではなかった。報告書は、国に代わって行う完成検査の重大性を現場が十分に認識しておらず、規範意識が著しく鈍っていたと自ら断じた。本社や管理層の意識の低さ、現場との意思疎通の不足も挙げられた。制度の意味が伝わらないまま手順だけが回り、問題があっても声が上がらない状態が続いていたことが、後の調査からうかがえる[5]

決断

116万台のリコールと出荷の一時停止

発覚を受け、日産は2017年10月6日、無資格検査の対象となった車両のリコールを国交省に届け出た。対象は2014年1月から17年9月までに製造した約116万台・38車種にのぼった。売れ筋の「ノート」約35万台、「セレナ」約23万台、「エクストレイル」約17万台が含まれ、いすゞ・スズキ・マツダ・三菱へOEM供給した車両も対象となった。軽自動車を除く3年9か月分の国内向け車をほぼ網羅する、異例の規模であった[6][7]

リコールと並行して、日産は国内向け完成車の出荷そのものを止めた。無資格の従業員が押した検査印では、車両を新規登録して顧客へ引き渡す前提が崩れる。正規の検査員による検査をやり直さない限り出荷できず、その体制が整うまで工場の出口を閉じる判断であった。出荷停止は生産と登録の停滞に直結し、10月の登録車販売を押し下げる要因になった[8]

是正後も続いた不正と、全工場の出荷停止

ところが、事態はいったんの是正では収まらなかった。日産は9月に国交省の指摘を受けて全拠点で検査体制を直したとしていたが、その後も無資格検査が止まっていない工場があった。子会社の日産車体湘南工場では、社内基準を変えた9月20日から発覚する10月11日までのあいだに、要件を満たさない検査で3800台分の完成検査証が発行されていた。追浜工場や栃木工場、日産自動車九州でも、届け出た場所とは違う工程で無資格者が検査していたことが判明した[9]

是正したはずの現場で不正が続いていた事実は、問題が慣行として根深いことを露わにした。日産は2017年10月19日、国内6工場すべてで国内向け車両の出荷を停止すると発表した。信頼を回復するには一部の手直しでは足りず、検査工程を全面的に組み直すほかないという判断であった。全工場の出荷再開には2週間程度を要するとみられ、出荷停止は100億円規模の減益要因になりうると報じられた[10][11]

結果

再発防止策と、繰り返された検査不正

日産は2017年11月17日、原因分析と再発防止策をまとめた報告書を国交省へ提出した。原因は検査員の不足や規範意識の低さなど7項目、対策は10項目に整理された。2017年度中に完成検査員を約100人新たに育成して増やし、顔認証による入退場管理で有資格者だけが検査に就く仕組みを敷き、係長層を巻き込んで現場と管理層の距離を縮めるとした。西川廣人社長は10月分の報酬の一部を自主返上し、経営会議のメンバーも足並みをそろえた[12][13]

それでも、品質保証をめぐる問題はこの一件で幕を引けなかった。翌2018年7月には、抜き取りで行う燃費・排出ガスの検査で測定値を書き換える不正が判明した。同年12月には追浜工場などで全数検査の不適切な運用が新たに見つかり、国交省は過料の適用を裁判所へ通知した。現場の手順を短期間で直す難しさが残り、検査不正は完成検査から燃費・排ガスへと形を変えて続いたとみることができる[14]

出典・参考