張富士夫

トヨタ自動車・元取締役社長就任

Cho Fujio(敬称略)

更新:
社長就任 1999年6月
生年月日 —
出自 —
社長就任までの出自
出自

東京都に生まれ、東京大学法学部を卒業して1960年4月にトヨタ自動車工業へ入社した。管財課・生産管理部を歩み、1987年7月に米国のケンタッキー工場(TMM)の執行副社長、1988年12月から1994年10月まで同社社長を務めた。同工場は全従業員を自動車生産の未経験者から採用し、日本製と同等の品質を絶対条件に立ち上げている。進出当初は情報が地元に十分に伝わらず、トヨタへの反感が広がる土壌があった。

社長に選ばれた経緯
抜擢

1999年6月、奥田碩氏が会長へ移るのに伴い、副社長から社長に就任した。1998年6月の副社長就任からわずか1年での昇格である。奥田氏に続く非創業家の社長で、豊田家以外のトップが2代続く形になった。就任前年度の1999年3月期は連結売上高12兆7490億円・当期純利益3561億円。奥田体制が広げた拡大路線を、北米の単独生産を現地で立ち上げた生産畑の人物に引き継がせる人事だった。

在任中の主な施策
施策

中国事業の拡大と、仕事の進め方を明文化した「トヨタウェイ」の体系化を進めた。2000年7月に金融統括会社トヨタファイナンシャルサービスを設立し、2001年4月には産業車両および物流システム事業を豊田自動織機へ譲渡して事業の輪郭を整理した。2001年8月には35年に及ぶ提携を経て日野自動車を子会社化。2002年8月に中国第一汽車集団と基本合意し、2004年9月には広州汽車集団との合弁で広州トヨタ自動車を設立して中国参入を本格化させた。 2010年グローバルビジョンの策定

在任の評価
評価

執筆予定

経歴 1960〜2009年
在任中の業績 FY98→FY04
就任前(FY98)127,490億円
退任時(FY04)185,515億円
変化(6カ年)+46%
就任前-
退任時(FY04)9.0%
変化-

免責事項およびポリシー